第134話 シンプソン伯爵夫妻と サザンテイル辺境伯の場合
「お寛ぎのところ、大変申し訳ございませんが、至急お聞き届けいただきたき事柄がございます。発言を、ご許可ください」
小真希が屋敷に到着し、ミンツがルイーゼの専属侍女となった後日。
普段は沈着冷静な
「どうした、バートン。お前らしくない」
普段なら主家の団欒に、不要な介入をしない
珍しいと、シンプソン伯爵は表情を作り損ねた。
「
言葉を継ぐごとに、いささか興奮気味になるのも初めてだと、伯爵は苦笑した。そのすぐ後で、何やら嫌な気配がして問い返す。
「待て。それは、我が家族全員が認知すべき事かな? 」
「……できますれば、奥様と旦那様、おふたりに 」
ハッと我に返った
「わかった。執務室にて、聞こう」
夫婦揃って談話室を出たところで、家庭教師のミセス・エバンズが控えていた。
「先生。どうされましたの? 」
歩み寄った
「まことに申し上げ難いお願いに、まかりこしました。どうか、お聞き届け頂きたい、お願いがございます」
こちらも
視線を交わした伯爵夫妻は、ふたりを伴って執務室へ向かった。
ミセス・エバンズにソファーを勧め、手早く
程よい温度のお茶を一口味わったミセス・エバンズが、おもむろに立ち上がって深く頭を下げた。
「ご期待に添えず、申し訳ございません。わたくしでは、コマキィお嬢様のお役に立てそうもありません。コマキィ様は、稀に見る自由なご見識をお持ちと判断いたしましたっ」
フルフル揺れる細い肩が、強張っている。
淑女らしくない、悲痛な声音の訴えが途切れた途端、ガバッと上げたミセス・エバンズの顔が、情けなく引き攣った。
「とても、わたくしでは、判断致しかねるご意志です……わ わた く し もぅ 無理でございますっ ぅぅ」
淑女の鏡と謳われた
「エバンズ夫人⁉︎ 」
驚いた伯爵は視線を外らして見ぬふりをし、バートンは壁と同化し、
「気を確かにお持ちになってっ、ミセス・エバンズ? 」
宥めすかし、緊急かつ秘密裏に医者を呼び寄せ、大事にならぬよう細心の注意を払い、目立たぬようひっそりと、ミセス・エバンズは終の住処へと送り出された。
目が飛び出るくらいの見舞い金と、感謝の報酬を乗せた馬車が、追従したのは言うまでもない。
俗に言う(小真希の悪評の)口止め料と、世に才媛と名高い
精魂尽き果てた伯爵夫妻と、
「なんだか とてつもない者を引き取った気がするな」
「ええ。父の要請とは言え、頭が痛みますわ」
弱音が口に上る夫妻に、深く礼をした執事は、爆弾を投下した。
「身の程を知らぬ申し出を致します。お許しください。どうかコマキィ嬢を、辺境伯様へお返し頂きたく存じます。あの方は我が伯爵家にとって、強大な力をもたらすかも知れませんが、災の種となり得るお方と愚行いたします」
「なに⁉︎ 」
ギョッとする夫妻に、バートンは決意を込めた眼差しを向ける。
「どうか一日も早く、辺境伯様に、お引き取りくださいますよう。お願い申し上げます。お迎えにお越しいただけますよう、ご連絡を。シンプソン伯爵家の、存亡に関わるかもしれぬ大事でございます」
滑稽なほど決死の覚悟を決めた面構えの
本心は、何を馬鹿な事を、である。
「理由を述べよ」
寄り親の、それも妻の親から頼まれた事を、
それでもバートンの報告が進むうちに、冷や汗が溢れた。
(荒唐無稽な
「わかった。手紙を送ろう。用意してくれ」
******
王都のタウンハウスへ到着した辺境伯に、シンプソン伯爵家から二通の書簡が届いていた。
一通はシンプソン伯爵から。もう一通は、小真希の護衛騎士から家宰への手紙だ。
旅装を解いて湯浴みをし、こざっぱりと身仕舞いをした後、ようやく
「ん? 」
何度か読み返し、非常に不機嫌な表情を浮かべる辺境伯。
この仕草を見て、家宰のアルバン・クライスが、お茶の準備をするよう専属侍女に合図を送った。
次に開いた
これもじっくりと読み返し、渋面を隠しもせずに眉間を揉んだ。
「まさか。そんなにか? 」
思わず溢した辺境伯の言葉は、端的に事態を表している。
二通の手紙を回された
「それほどの戦力なら、塩湖の守備を任せた方が有意義ではなかろうか」
思わず口走った自分の呟きに、自分で呆れ返る。
ならば初めから、取り上げるような真似は止めればよかったと。。
「お館様。国難の回避が、先でございましょう」
「むぅ 」
キッパリはっきり切って捨てる
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