第152話 間話 因果の法則(1)

 その日。実母キャロリーヌの使いで、辺境伯家の侍女長が訪れ、急遽集められた数人が伯爵夫人の執務室に居た。


 この度の介入に関し、不在のシンプソン伯爵には、事前に寄親の辺境伯から申し入れがあった。

 相談と言う形は取っていても、実質的な指導であって、了承は成立している。


 伯爵夫人のカテリーナ。

 呼び出されて学院の寮から帰ってきた、娘のルイーゼ。

 この度執事長に昇格したバートン・クルウ。

 家政婦長シシィ・モンゴメリ。ルイーゼの専属侍女ミンツだ。


 向かい合わせのソファーに座るカテリーナ夫人と、娘のルイーゼ。同席する使者のマリィ。それ以外は、静かに佇んでいる。


 ローテーブルに広げられた手紙は辺境伯夫人キャロリーヌからで、カテリーナは読み終わった途端に頭を抱え、動かなくなった。


 お誕生席に座り、並々ならぬ威圧を放つマリィ。


 壁際で控える執事長バートン・クルウは硬く口を閉じ、状況を見極めようと俯瞰している。

 執事になる前、数年を辺境伯家で過ごしたバートンは、侍女長マリィの実態を知っていた。


 対して不機嫌さを醸し出す家政婦長シシィ・モンゴメリは、敵でも見るようにマリィを睨みつけている。


。そろそろご理解いただけましたか? 」


 背を伸ばして座り、丹田に両手を重ねるだけで、豊満な胸部装甲がお色気魔人……辺境伯家サザンテイル侍女長マリィが口を開く。


「伯爵夫人に対しその物言い、失礼ではありませんか? 」


 カテリーナ夫人の傍に控える家政婦長シシィ・モンゴメリが、凍てつく声色で抗議するも、マリィは鼻で笑った。


「だまらっしゃい。ルイーゼ嬢ちゃまの専属に、碌でもない思想の持ち主を付けたが、この度の原因ではないの? 」


 執事長バートン・クルウと並び、壁際で控えているミンツが唇を噛み締めて顔を上げ、思うところのあるルイーゼは目を見張った。


 マリィとは、お互いに上級侍女を束ねる立場のシシィ。黙って拝聴する必要などないと、反論した。


、ルイーゼお嬢様の優秀な専属を譲り、付けさせて頂いたのが、ですわ」


 幼い者を見る目で、マリィは顎を引いてクスリと笑う。


「ならば、であるを返品した上で、ルイーゼ嬢ちゃま同様に、私が鍛え直して差し上げます。


 ミンツを顎で指すマリィ。

 あまりの暴言に、家政婦長シシィは言葉を無くした。

 いくら爵位が上で、主人カテリーナの実母が寄越した使者であっても、婚家への干渉が酷すぎる。


。いい加減に大奥様のお心配りをご理解ください。何がどう転ぼうとも、嬢ちゃまには王太子妃の座を守り抜いて頂かねばなりません。国と民のため、今までご苦労なさって、王太子妃の座をルイーゼ嬢ちゃまに用意なさったのは、辺境の大奥様ですからね」


 無表情になったマリィに、家政婦長シシィの貼り付けた微笑みが消える。


「大奥様からへの伝言です。『お前は、いつから、生まれた場所を、軽蔑するような、愚か者になったのでしょう。よもや母との約束を、忘れたのでは、ありませんよね』との、お言葉です」


 頭を抱えていたシンプソン伯爵夫人が、ふるりと肩を振るわせて顔を上げた。


「いいえ忘れては……ぃぇ、すべて筒抜けなのね」


 優秀な辺境伯家の関係者は、王国全土に散っている。

 王家よりも幅広い情報網を持つ実家サザンテイルだ、実の娘とは言え、見逃すはずはない。

 

「分かりました。お母様のおっしゃる通りにするわ。確実にルイーゼを、王太子妃にしてくれるなら、お母様の納得なさるまで、家政の権限をあなたに委譲します」


「懸命なご判断です。では、全ての使用人に、本日ただ今より、シンプソン伯爵家の女主人に代わり、わたしが家政を統轄する旨、知らしめてください」


 やれやれと表情を和らげたマリィ。


「待ちなさい! お母様に対して無礼です。わたくしは納得いきません」


 立ち上がって抗議するルイーゼに、マリィは優しげな微笑みを向ける。


「ルイーゼお嬢ちゃまには、この後ゆっくりを致しましょう。今お伝えできる範囲で申し上げれば。人を見る目がない。先が見えていない。専属のサーラが外れただけで、簡単に箍が外れて愚かな暴走をする。十分に反省させよと、大奥様から言いつかりました」


「なんですって?! 」


「わたしは再教育をも、大奥様から言いつかっております。優しくはございませんので、お覚悟を」


 両手を握りしめて震えるルイーゼに、マリィはため息混じりに肩をすくめる。そうしてから、ポンと手を打った。


「失礼、。もうひとつ伝言がございました。ガイツ枢機卿には、マルグルリット嬢の軽率な行動に、伯爵家として抗議をなさいますようご指示がございました。軽くで良いとも、伺っております」


「……わかったわ。身の程を弁えるようにと、書面にすれば良いのね」


「左様でございます。


 いかにも取って付けた、侍女らしいマリィの言い回しに、カテリーナはこめかみを揉んだ。


「はぁ。娘時代を思い出したわ。 シシィ、手紙の用意を」


「はい。奥様」


「バートンは皆を集めて、指図してちょうだい。シンプソン伯爵家の恥になる事は、控えるようにと」


「かしこまりました。奥様」


 退出したふたりに続いて、マリィも立ち上がる。


「では、ルイーゼお嬢様。お部屋に参りましょう。ついでに、そこのあなた。付いていらっしゃい」


 唇を噛んで動かないルイーゼとミンツに、マリィは凄みのある笑顔を見せる。


「大奥様からは、お嬢様に対し、は許可すると、ご指示をいただいております。王宮は魑魅魍魎の巣窟。ある意味、辺境よりも熾烈な戦いの場所。命懸けであると、ご自覚ください。でなければ、心も身体も、死にますよ」


 目を見開いて驚くルイーゼに、マリィは見惚れるほど妖艶な微笑みで、優雅に応えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る