第151話 優良物件は、若いうちに買う?
「なぜですの? なぜ急に、酷い仕打ちをなさるの? 」
取り縋るマルグリットの手を拒み、サーシスは小さく
「酷い仕打ちは、君の方ではないか? 分からないなら 」
「サーシス様」
現状を理解しないマルグリットを、サーシスは切ろうとした。それを止めようと、
言葉を止めたサーシスは、先ほどの話し合いを思い出したのか、微かに首を振った。
「わからないなら、分かるまで待っても良い。気持ちを落ち着けて、よく考えるんだな。パーティーの
このままでは、確実にひとりになる。
はっきりと思い知らされたマルグリットは、見開いた目に怒りを
今までチラとも疑わなかった自分の、世界の常識が、無理やり捻じ伏せられたと思ったのだろう。
「それは、王女殿下の、お気持ちも同じだと、おっしゃるの? 」
「そうだ」
硬く握りしめた両手を、マルグリットは祈るように額に当てた。
忙しなかった息遣いが治り、大きく息を吸い込んで天を仰ぐ。
「分かりましたわ。メンバーの加入を申し込みます」
決してパーティーの
「よろしくお願い致しますわ。王女殿下」
あれほど取り入ろうとしたルイーゼも、見下したリノも、侮った小真希も、もはや眼中にはない。ましてや、ジーニスなど毛ほども意識に入れない。そう、態度に現した。
ある意味、
午後、二時間目のチャイムが鳴った。
「席に着いて。使い魔、相棒の能力について、授業を始める」
クラスに入ってきた
******
王城、本宮の一角。他の場所より綺羅輝羅しい正妃宮の一室で、部屋に負けない絢爛豪華な王女が、献上された数種類のお茶を楽しんでいた。
本来ならこの時間は、大学院で講義を受けている筈。
優雅に和んでいるのは、おかしい。
「王女殿下。研究成果を提出するよう、大学院より連絡が入っております。いかように返事をすれば、よろしいですか」
いつでも遠慮なく苦言を呈する女官が、非常に冷めた口調で伺いを立てた。
「面倒くさいわね。いいわ暇だし、今から出席するわ。そう伝えてちょうだい」
言い訳を考えるのもうんざりした様子で、王女は席を立った。
******
さっき配られた書面で、明日からの授業時間を確認しながら、小真希はパーティーメンバーを追って、初めて誘われた
小真希の横にはマルグリット。押しのけられて下がったリノは、後ろに付き従う従者扱いだ。
「厚かましい」
肩越しにリノを罵るマルグリットを、小真希は足を止めてやり過ごした。
「リノは同級生。学院生ですわ。勘違いなさらないでね」
振り返ったマルグリットの微笑みに、小真希も微笑んだ。
予想通りの態度で面白いが、ほんっとに! むかつくと、若干、小真希のこめかみがヒクついた。
「わたしの従者をどう扱おうと、主人であるわたしの勝手です。身の程知らずにも逆らうなら、お父様に言って後見をやめ、援助を切りますわ」
傍らにいるリノが、息を呑んで顔色を変える。
(よっしゃっ! 言質取ったっ むっふっふ)
素早く扇子を開き、小真希は声を立てて笑った。
「よろしくってよ。ガイツ枢機卿令嬢。今の言葉、辺境伯家の者として、受け取りました。絶対に、取り消しは許しません。今この瞬間から、リノは辺境伯家で、後見しますわ。ほら、あなたの従者ではなくなった。以後、リノに絡むのはやめて頂きます」
まん丸な目と落ちた顎で、マルグリットが変顔になる。
扇子の影で高笑いする小真希は、まさに悪役令嬢さながらだ。
振り返ったメンバーも、反応に困って微妙な表情をした。
「よかったわねぇ、リノ。卒業したら、家族で辺境にいらっしゃい。さっそくお義母様に報告しなきゃ」
変顔から怒りの形相になったマルグリットの目は、火を吹きそうに燃えている。
脅しのつもりで言った軽口は、家の威光を傘にきた小真希の受諾で、口約束が成立した。
隙なく軽口を口約束にする。貴族の口約束は、契約を交わしたと同義。反故にできる筈もない。おぉぉ、こわ〜い。。
「ねぇ、コマキィ嬢? ご両親の許可は出るんだよね? ほんとに、頼むよ。これって、冗談じゃないよね? 信じていいよね? じゃなきゃ、家族で路上生活者なんだけど? 」
「本気よ。青田買いするなら、今でしょっ」
「あ! 」
リノが口にした路上生活者を、すんなり聞き流した小真希。
小真希が返した青田買いに今でしょっ。
思わず問いかけようと、口を開いたリノより先に、
急に後戻りして、隠れるように小真希の背後へ隠れる。
学舎を繋ぐ渡り廊下がすぐ先で交差し、馬車乗り場の廊下から華やかな一団が、横切ろうと近づいていた。
「ごめんなさい、コマキィ。姉に会いたくないの」
ものすごく困った様子の
「よろしいですわよ。念の為、認識阻害もかけましょう」
ふわりと辺りを包んだマナを感じる。これで、誰かが居ると思っても、誰なのかは認識できない。
何気なく華やかな一団を見遣った小真希の顔に、うっそりと、不穏な笑みが広がった。
「失礼ですが、王女殿下。ド派手……綺麗なあの方は、どなたですか? 」
俯き加減の
「わたくしの姉ですわ。アレクシア王女です」
(おぉぉぉぉぉっ。ド派手美人!! みっけ〜〜 これで、たぶん、任務完了ぅ? やったぁ! )
******
その日の夜。辺境伯家
夕食を終え、まったりと食後のワインを楽しんでいた辺境伯は、手紙を読み終えた途端、片手ガッツポーズで気合を入れた。
「良い知らせですの? あなた」
細長い優美なワイングラスを指でなぞり、妻のキャロリーヌが問いかける。それに応えて手紙を渡し、
「まぁ、優秀な人材を確保したのね。なんて賢い娘でしょう。これは、お小遣いを振り込んであげなくては……あら、まぁまぁ」
キャロリーヌは、小真希が召喚された異世界人だと知っている。夫婦の情報共有は、夫婦円満の秘訣かも。。
「次席入学のリノの両親は、コマキィの関係者だと聞いている。
「早急な期待は、
せっかちな
「分かっておるよ。リノの後見人、いや、元後見人のガイツ枢機卿も、周りを探らせよう。貧困救済を
「聖教会は派閥がありすぎて、正直 難しいですわね」
互いに見合って、グラスを合わせる。
リィンと、涼やかな音がした。
「やはり、王女だったか。それほど玉座が欲しいのか? 」
「玉座。そう、でしょうか。何か、引っかかるわ」
キャロリーヌのカンは鋭い。玉座でなければ何を望む? と、思案顔になる
「ともあれ詳細を探らせる。とりあえず、ガイツ枢機卿とランドン子爵には、やんわりと釘を刺しておこう」
「それでよろしいかと。ルイーゼは、あれを使わして鍛え直します。腹黒い有象無象に、王太子妃の座は渡せません。国と民の為に」
「そうだな。国と民の為に」
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