第150話 空気 読もうよ

 教壇に両手をつき、俯いたまま動かないマルグリット。

 足元に近づいた白猫クインが、ドレスの裾の匂いを嗅いだ。

 おもむろにあざと可愛く首を傾げ、ルイーゼに鳴いてみせるが、呆然とする相棒ルイーゼは反応しない。

 ツンが終わった白猫クインは、かまってちゃんの時間か?


 カーターの使い魔緋色大型犬マルスも、白猫クインの真似をしたそうに相棒カーターを見上げるが、ステイされて潮垂れた。


「どうかしましたの? ガイツ枢機卿令嬢。わたくし達のメンバーは、合意の上で決定しましてよ。続きをなさいませ」


 頭が真っ白になったのか、王女の言葉に反応せず、ただただ立ち尽くすマルグリット。

 王太子の指が机を小突いた。


「ジーニス。進行役を代われ」


 見た事もない機嫌の悪さで、王太子レナルドが指示を出した。


「はぃ  では、王女殿下のパーティーは、決まりでよろしいですね」


 取り乱したままでも、ジーニスは指図に従った。


「ええ。パーティーのリーダーには、サーシスを推薦します」


 何事もなかったような王女ナスタシアに、小真希もリノも頷いた。

 サーシスもメンバーを見回して頷き返す。


「承知した。サーシス・グランズが、リーダーを務める」


「皆様も、よろしいですか? 」


 ジーニスの問いに、ロジェ皇子が手を挙げた。


「我々三人も、メンバーに参加希望だが。どうだろうか」


 ロジェの問いに、サーシスは首を振る。


「いえ。申し訳ございません、皇子殿下。いささか、問題が浮上するかと愚考いたします。メンバーではなく、レイドを組む方がよろしいかと」


 継承順位の低い王族と皇族だ。言ってみれば、他国の皇子と未婚の王女が同じパーティーに居るなど、あちこちを騒がせる原因にしかならない。


「そうだな。その節は、よろしく頼む」

 

 暗に、郊外実習の時はよろしく頼むと、皇子ロジェは引いた。


「では、二組が成立しました。王太子殿下は、側近以外に、側近候補も受け入れてくださいますか? 」


 混乱しながらも最善を選択して、ジーニスは伺いを立てた。


「殿下。わ わたくしもドヴァーですが、選んでくださいますか? 」


 ようやく流れに気付いたルイーゼは、心細く傍の王太子を見上げる。

 王太子レナルドの眉間に寄った皺が、困った表情のまま消えた。


でいるなら、側に居て守ろう」


 今なら王太子として何が言いたかったのか、ルイーゼは理解した様子だが。。


「はい  いぃえ。身を挺して、お支えいたします」


 ルイーゼの真意を見極めるように、しばし見つめ合う。

 不安に泣きそうになりながらも、ルイーゼは微笑んだ。


「今後、わたしの婚約者である意味を、忘れないでほしい」


「 はい。申し訳ございませんでした」


 何がいけなかったのかルイーゼが自覚するまで、まだ時間はかかりそうだなと、小真希は小さく首を振る。


 話し合いを進めるようにと、視線で王太子に示され、ジーニスはホッと息をついた。首の皮一枚で、立場が繋がったようだ。


「では確認します。王太子殿下をリーダーに。レックス様、カーター様、ルイーゼ様、わたしジーニスで、パーティー結成が成りました。よろしいですか? 」


 じっと王太子の顔色を伺い、ジーニスはメンバーを組む。もしここで自分が拒否されれば、立場がない。

 静かに頷く王太子に、大きな息がジーニスから漏れた。


「お待ち下さい!  ルイーゼ様、わたしは? わたしは、どうなるのですか? わたしはルイーゼ様と 」


 眼を逸らすルイーゼを庇い、王太子は手を上げてマルグリットを止める。


「悪いが、身分に対して著しい考えを持つ君に、ルイーゼと関わってもらいたくない。他のパーティーに当たってくれ」


「殿下! あんまりですっ」


 蒼白から真っ赤になったマルグリットは、声を張り上げた。

 なおも前へ出ようとする肩を、ジーニスが引き止める。


「言葉を慎め、ガイツ枢機卿令嬢。これ以上は不敬だ」


「ひどいわ、ジーニス。あなた、裏切ったのね」


 罪悪感があるのか、ジーニスは目を泳がせた。


「誤解しないでくれ。正常な自分に戻っただけだ」


 言い訳としては最悪なパターンだと、周りも本人も目を逸らす。


「裏切り者っ。もういいわ。リノ、わたしと代わりなさい。平民のお前なら、ひとりで充分よ」


 マルグリットらしいといえば、それらしい言い分だ。ただ、不機嫌さを増したサーシスが立ち上がる事で、マルグリットは怯えて後退った。


「リーダーのわたしを差し置いて、勝手なことを言うな。リノは大事な戦力だから、変更は無い。優秀ドヴァークラスに帰って、好きにパーティーを組むと良い」


「どうしてっ  みんな、ひどい! 」


 飛び出して行くマルグリットを、誰も止めない。

 立ち上がりかけたアルシェも、そのまま動きを止めた。


「どうした? アルシェ」


 ロジェ皇子の問いかけに、気まずそうな顔で微笑もうとし、失敗する。


「マルグリット様を受け入れるパーティーは、ドヴァーに無いかと」


 皆まで聞かずとも、皆の想像はついた。


「  特殊な考えだったな。そうだな 」


 気遣いの皇子ロジェも、言葉選びに苦慮している。


「コマキィ  もしかしたら、僕はマルグリット様と、パーティーを組まなくちゃならないかも……」


 どこか諦めの表情で、リノは囁く。

 肩に乗った黄金スライムキンカが、スリスリとリノの顎に寄り添った。


「あら、その時はわたくしも、リノと一緒ですわ。あの方、結構面白いですもの。揶揄い甲斐からかいがいがありましてよ」


「そ そうか。よかった、の かな」


 とても黒い笑みを見せる小真希に、リノは落ち着かない。


「まぁその時は、メンバーに迎えてもよろしいでしょうか、王女殿下」


 仕方なしに、本当に仕方なしに、サーシスが伺いを立てた。


「そうですわね。意地悪は、いけませんわね  そう、です」


 立場上、発言や行動に配慮が欠かせない為、王女は何事も公平にと躾けられる。

 王太子と同じ態度なら、マルグリットは悪と断じられ、立場を失うだろう。それは、人としてどうなのかと、思うわけで。。

 

 気が抜けそうな空気をぶち破って、マルグリットが飛び込んできた。


「リノ! あなた、わたしの従者でしたわっ。わたしのパーティーに、入りなさい!! 」


 何がどうすれば、そうなるのか。。まるでオークのような唐突さだ。

 それは普段温厚な王女を、プチッとキレさせた。


「お黙りなさい、マルグリット。リノはわたくしのお友達で、パーティーメンバーです。わたくしたちのリーダーを無視して、履き違えた命令はやめなさい」


 ここで空気を読まない? 読めない? のか。。

 マルグリットの勢いは止まらなかった。


「王女殿下は優し過ぎます。いい気にさせれば、平民はつけ上がります。身の程をわからせるのが主人あるじの、わたしの務め。王族の体面を、王女殿下もお忘れになっては成りません」


 やらかしたと、皆が思った。

 すでに不敬だけでは、済まないかもしれない。


 深呼吸して気持ちを宥めた王女ナスタシアが、怒りの表情で静かに言葉を発した。


「いつからあなたは、わたくしの教育係ガバネスになったのかしら? それこそ、不敬ですよ」


 これ以上マルグリットが前に、サーシスは会釈して王女を止めた。そして、しっかりマルグリットの視線を自分へ向けさせる。


「私たちのパーティーに入りたいなら、私たちの決まり事ルールに従ってもらう。ひとつでも破れば追放だ。それでいいな? 」


 文句を言いそうになって周りの視線を感じたのか、マルグリットは唇を噛んだまま頷いた。


「君がメンバーを尊重せず、不当に扱った場合。パーティーからは外れてもらう。身分云々とメンバーを侮るな。連携を乱すな。相手を敬え。それができるなら、パーティーの一員として迎えても良い」


 同意を求めたサーシスに、王女も小真希も頷いた。リノも気まずそうに小さく頷く。

 リノの態度が気に障ったのか、マルグリットは淑女らしくない舌打ちをした。


「汚らしい平民を受け入れよと、馴れ合えと、本気でおっしゃるの? 」


 汚いの? あぁそうですか。と、小真希は眉を顰めた。

 これは親の教育の賜物なのか。聖教会の枢機卿なのに? と。


「人として、対応しろと言っている」


 だんだんとサーシスの苛立ち具合が悪くなる。

 もう止めようよ。と、小真希も頭を押さえる。

 いったぁ。もぅほんと、頭痛ー。


「なぜ? 平民なんかと」


 あー、サーシスが切れた。


「なら、この話は御破算だ。好きなように、好きな所へ行くがいい」

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