第153話 間話 因果の法則(2)
読んでいた手紙を握りつぶし、司教は奥歯を噛み締めた。
手の中で潰れた手紙は二通。
高位であっても辺境の猿と見下していた
丁寧な言葉と言い回しで包んだ辛辣な抗議文を送られ、激昂するサー・ガイツ・バードック司教。
バードックは、王族が冠する国名だ。
「マルグリットを呼んで来いっ。わしに恥をかかせおって。ただでは済まさん! 」
部屋で控えていた世話係の修道女が、転がるように飛び出して行った。
「王家に繋がる枢機卿のわしを、辺境の猿どもが非難するなど、不敬も甚だしいっ」
ガイツ司教の母親は前国王の妾妃で、ガイツ本人には継承権は無いものの、一応は王族の末席の末席くらいには細い繋がりがある。
母親の妾妃が存命の間は、枢機卿の地位に在れたのだが、崩御とともに司教に降格された。のだが。。
「王家の血筋を聖教会は軽んじて、不当に扱うのか」と異議申し立てをした挙句、反教皇派の御輿に乗って名誉枢機卿などと言う前代未聞の地位を兼任した。
実質的には枢機卿ではない為、教会内部やガイツを厭う者からは司教と呼ばれ、一部の貴族からは枢機卿と侮りを込めて呼ばれていた。
王族だった身分に固執する愚か者とか、王家を厭う聖教会の中で、ありもしない位に縋り付く小物と言う揶揄だったりするのだが、本人は察していない。
名誉なので、実質的に枢機卿の身分や権力は無い。
影響力も無いのだが、ガイツにとって枢機卿である事実は、重要な血筋を示すものだったりする。
苛々と待つ間に昼を過ぎて、授業を終えたマルグリットが顔を見せた。
「貴様! 学園で何をしでかしたっ!! 」
挨拶をしようと礼をしたマルグリットに、父の怒号が落ちた。
「え 」
「何をしでかしたと、聞いておるのだっ。愚か者! 」
投げられた手紙が、マルグリットの足元に舞い落ちた。
拾い上げて読むうちに、怒りで顔がのぼせ上がる。
「辺境の猿とその娘のシンプソンが、枢機卿の娘であるわたくしに、暴言を吐いたのですかっ」
親が親なら娘も娘だ。
部屋の隅で控える修道女は、頭を下げて嘲に塗れた顔を隠す。
「おい、お前。出て行けっ、不敬罪で罰するぞ! 」
表情を見られていたと知った修道女は、慌ただしく部屋から逃げ出した。
充分に廊下の気配が遠ざかった頃合いで、ガイツは長々とため息を吐き出す。
「シンプソンなどどうでも良い。辺境伯は、平民の養女に近付くなとほざいている。その上、辺境伯家がリノを後見しただと? いつ、わしが、
「……申し訳ございません。言葉尻を取られて、無理やりリノを奪われました」
「迂闊な物言いをしたと?
思ってもいない言葉をかけられ、マルグリットは青ざめた。
いつも優しい顔しか見せなかった弊害かと、ガイツも苦々しく顔を顰めた。
「お父さま。どうして 」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、救いようのない馬鹿だったとは。バカすぎて使えん駒だ。もういい。お前は母親と同じで、卑しい女だったと言うことだ。これ以上ワシを失望させるな」
蒼白になったマルグリットは、床に崩折れた。
揺さぶられるように震えながら上げた顔は、絶望一色に染まっていた。
「勘当されたくなくば、おとなしく過ごせ。問題を起こすな。能無しらしく、隅にすっ込んでいろ」
******
同じような時刻。
ジーニスは実家から呼び出され、父の執務室にいた。
「直接に辺境伯家から、我が家に抗議文がきた。令嬢に対し、無礼な態度をとったようだな」
コツコツと執務机を指で小突きながら、自分を見つめる父に、居た堪れない。
項垂れたジーニスは、父に対して膝をついた。
「申し訳ございません。如何様にも、ご処分ください。わたしが愚かでした。廃嫡されても、致し方ないと思っています」
ある程度、覚悟はしていた。ただ、表情を和らげる父に、心のどこかが安堵する。
低い身分でありながら、王太子の側近候補になれた事を、父は誇りにしてくれた。
子爵家にとってジーニスは、ただひとりの後継者なのに、とんでもない失態だと、今になって震えがくる。
「お前を謹慎させ、側近候補も辞退させると詫びを入れたいが、処罰は不要と、ご配慮の文もいただいている。ただし、よくよく教え諭して、二度と我が娘に関わるなと
ランドン子爵家はグランズ侯爵家の寄子。
辺境伯家と敵対する派閥ではないが、親しくもない。
手紙の内容はともかく、
寄子の失態は、
父も辺境伯の配慮に頭が下がったと、疲れた顔で苦笑いした。
「首の皮一枚で繋がったな。だが二度はない。自重して、極力令嬢とは関わるな。この事で、王太子殿下の側近になれなくとも、お前を責めはしない」
「はい。申し訳ありませんでした」
話は終わりだと仕事を始めた父に、ジーニスは深く頭を下げる。
退出した廊下で立ち止まり、袖で目元を拭った。
「廃嫡されなかった……よ よかった。助かった 」
平民落ちしたら、生きてはいけない。
漠然と、そう思う。
日常のすべてを使用人に任せる生活以外、ジーニスは知らないから。。
「辺境で平民だったコマキィ嬢って、逞しいのだろうな……よし、見習って いや、観察だ。観察して、参考にしよう。ひょっとして平民落ちした時に、役に立つ。はず……たぶん」
迷走しだす思考は、相変わらずかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます