第53話 妖精の盾

 肌寒いもやが掛かった湖畔までは、なだらかな坂道と、まばらな林以外に生き物の気配はない。

 ここがダンジョンなのか、はたまたどこかの地上なのか、判断に困る静謐な雰囲気だ。


「ダンジョン……だよね? 」


 今ひとつ納得できない声音で、リムが呟く。

 小真希の探索範囲では、向かっている湖に魔獣の赤点が泳いでいる。

 それだけなら地上のと変わりはないが、確かに洞窟内の天井は察知できた。


「ダンジョンに間違いないよ。天井があるもの」


 小真希の探索技能スキルを信頼している皆は、改めて警戒を強める。

 おそらくはミトナイ村に所属するダンジョン内だろうが、万能なはずの小真希の探索マップが、なぜか地上まで広がらない。

 この階層もある程度離れると靄が濃くて、視認で場所の特定が難しい状態だ。


「ミトナイ村のダンジョンだと仮定して、十六階層から十八階層は、沼のダンジョンで、十九階層と二十階層は、湖の階層だと聞いている」


 生真面目なホアンは、ダンジョンの踏破された階層の情報を、把握しているようだ。


「じゃぁ、ここは十九階層か二十階層ってこと? 」


 湿ってくる短杖をローブの裾で拭いながら、リムが聞き返した。


ドロップ品の種類で、大体の階層が割り出せる。魔獣のドロップ品が銅鉱石と銀鉱石なら、十九階層の確率が高いし、金鉱石なら二十階層で確定だ」


 図ったように、前方の林で赤点が湧いた。


「右前方。発生ポップ三。遭遇まで二十拍二十秒


 小真希の警告で、陣形が変化した。

 やる気満々のリムが前へ出る。

 負けじとミズリィも進み出て、リムの隣りへ陣取った。

 保護者なホアンがソアラと並び、最後列にウェドが下がる。

 小真希は隊列から離れ、遊撃の位置についた。


「狩ってみれば、分かる」


「だね」


 真逆な外見で、中身が同類脳筋なミズリィとリム。

 大剣と短杖を構えた前に、靄を割って黄土色の巨躯が飛び出した。

 見慣れない色だが、ミズリィの肩ほどまである森狼だ。

 続いて現れた二頭は鮮やかな黄色でやや小さく、それでもリムと変わらない大きさだ。


「【∽※≧‖※∽≧拘束】」


 リムの短杖からほとばしった水蔦が、巨躯の森狼を絡めとる。


「【‰≧≧‥§‥∂風盾】」


 シュルリと後方から風が渡り、鮮やかな黄色が二頭、空中で弾かれ悲鳴を上げた。反転して着地した途端、牙を剥く。

 空中に静止した透明な盾に亀裂が走り、端から解けて崩れ始める。


「! 一回で【‰≧≧‥§‥∂風盾】を壊した? 」

 

 絶対の自信があったのか、ウェドが僅かに狼狽えた。


「さすが、下層ねっと! パーティーに【防御プロテクト】」


‰≧≧‥§‥∂風盾】が砕け散る寸前、小真希の防御魔法が全員を包み込む。


「下がれ、ソアラ」


 ソアラ目掛けて跳躍した派手な黄色を、ホアンの剣が受け止める。

 首を裂いた傷は浅く、反転して着地した頭にソアラのメイスが的中した。

 すかさずホアンが首の傷を狙い、とどめを指す。


「【盾攻撃シールドバッシュ】」


 時間差で跳躍したもう一匹の黄色を、小真希の放った小盾がふたつに切り裂く。

 それが地に落ちて形を無くすと、手のひらに収まるくらいの金塊が残った。

 振り返れば、同じような金塊を拾うソアラの側で、ホアンが剣を構え、ウェドが次の詠唱に入っている。


 水蔦を操って、暴れる四肢を拘束するリム。

 軽々と翻るミズリィの大剣は、振りかぶった森狼の前足を切り飛ばした。


「散開! 」


 ホアンの指令でリムとミズリィが飛び退く。


「【‰≧≧√〻≦≦√§≦≦∬≧風刃乱舞】」


 長杖の魔石が煌めき、透明な刃物の群れが森狼を切り刻んだ。


「おっしゃっ! 」


 リムの歓声と共にミズリィの大剣が振り切れ、水蔦に絡め取られた森狼は、首を飛ばして沈む。

 巨体が消えた後には、拳大の金塊と指輪が残っていた。


発生ポップ無し。……この靄って、【探索】を阻害してる。所々、確認できないから、油断しないでね」


 靄が漂っている場所は、そのままの形で地形を隠している。

 本来が小心者の小真希にとって、物凄く苛々する状況だ。


「ホイ、鑑定して」


 リムから渡された指輪には、発光する石が三個、並んでいた。

 白色やら金色やら、目まぐるしく変化する不思議な石だ。


「【鑑定】……ん? 妖精の盾……指輪なのに? 盾。乙女を防御する妖精の祈りが宿っている……だったら、はい。ソアラ」


 乙女といえばソアラだろ。と、誰も文句はないようで、小真希は差し出していた。


「いいの? わたしで」


「え? 他に誰が……」


 ソアラの驚いた視線で、ふと気がついた。

 小真希だって乙女なのに、周りの野郎どもから反応が無い。


「ぁはっ……盾の技能スキル持ってるし、いいよ」


 ちょっとだけ傷ついたを誤魔化して、ソアラに押し付けた。


が持ってても、しゃぁない仕方ないわな」


 ケラケラ笑うリムを睨んで、口が歪んだ。


(このぉ、今に


「ありがとう」


 左中指でキラキラする指輪を掲げて、ソアラが嬉しそうに笑った。


(……まぁ、いいか)


 結局は、ソアラに甘い小真希だ。


「行くぞ。湖には宝石魚がいる。こいつの鱗は、金貨一枚だ」


「うん。冬支度に、がっぽり稼ごうね」


 随分と現実的な小真希の発言に、周りはほんのちょっとだけ、引いていた。

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