第121話 お国の事情?

 腕組みして、黙考タイムの辺境伯。

 夜明けが近い今、睡魔に飲み込まれる寸前の小真希は、が発動したサバイバル逆境を生き抜く処世術【心身回復】で眠気を飛ばしてもらった。


 アルバン家宰はお茶の用意を始め、騎士のひとりが、運んできた朝食のパンを窯で温めている。


「コマキィ嬢、不便をかけた。食事が終われば、領城の部屋へ案内させよう。王都の辺境伯邸タウンハウスへ出立するまでは、目立たぬように居てもらいたい」


 難しい顔で思案していた辺境伯は、あらかたの算段をつけたのか、薄く笑みを浮かべている。

 領城に行っても目立たない端っこに閉じこもるより、誰も寄りつかない別宮幽霊屋敷の方が気楽そうだと小真希は思う。


「あの、ここに居てはダメですか? それに、どうしてわたしが王都に行くんでしょう」


 意外そうに少し顎を引いて、辺境伯は悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。


ここ別宮が気に入ったのであれば、許可しよう。ただし、信頼できる者を揃えるまで、かなり時間はかかる。それでも、ひとりで生活すると言えるのかな? 」


「大丈夫です。あ、でも、食料はください」


「分かった。この者に届けさせよう」


 即答する小真希に、辺境伯の許可も迅速だ。

 朝食を運んできた騎士は、辺境伯に浅く頭を下げた。


「仰せのままに。  コマキィ嬢。バルトです。お見知り置きを」


「はい。小真希です。お願いします」


 随分あっさりと、今後が決まった。


「なぜコマキィ嬢に、王都へ向かってもらうのか。だったな。一番の目的は、コマキィ嬢の言うが、我々の認識する女性と同一人物か否かを、目視で確認してもらいたいが為だ。他にも小真希の許容範囲で頼みたい事もあるが、もう少し考えてから伝えたい」


 小真希の許容範囲で、などと言っているが。平民は貴族に逆らえない。口では頼みと言っても、命令と一緒だ。


 簡単な食事を終え、辺境伯一行は領城へ帰って行った。

 食料配達係の騎士バルトは、夕方までに食材を届けると言い残した。


「出発まで一ヶ月くらいかな」


 思わず独り言と、ため息が出る。

 ある程度雪が溶けて街道整備が終われば、一般人の行き来が始まる。それまで、ほぼ一ヶ月はかかるだろう。


「んじゃまぁ、掃除でもしますか」


『了解しました。サバイバル逆境を生き抜く処世術を発動します』


 一ヶ月でも、ゴミ屋敷に住むのは遠慮したい。

 小真希は張り切って、歩き出した。。


*****

 雪を削り、特別仕立ての馬車は進む。

 車輪に鋭い突起を埋め込んだ雪原専用の馬車は、非常に乗り心地が悪い。これなら魔犬に引かせたソリの方が、疲労は少ないと思われる。


 狩人や伝令兵が使役する魔犬ソリの使用を、許される身分ではないと分かっていても、辺境伯は愚痴りたかった。


も改良が必要だな」


 縦揺れ横揺れ、不意に襲う浮遊感と着地の衝撃。集中的な臀部の強打。長期間の連続乗車は、激しい痛手になるだろう。


「改良の指示を出します」


 応える家宰アルバンも、しかめ面だ。


「ときに閣下。コマキィ嬢は確かに、嘘はついていません。が、秘密は囲っていますでしょう。この際、すべてを吐かせて仕込めば、優秀な間者に育つやもしれません」


 貴族家の家宰として、アルバンの思考は当然だ。主家の存続と繁栄を思えば、優秀な平民を囲い込んで訓練するのは正しい考え方だ。


「分かっておる。心眼石も完璧ではないゆえ、嘘さえ吐かねば強力な技能スキルは隠せる。だがな、コマキィ嬢は無理やり召喚された上に、クズ扱いされて殺された身だ。精霊の思惑で生まれ変わった今、理不尽な仕打ちをした鹿に代わって、自由は守ってやりたいと思うぞ」


 他の貴族なら平民を巻き込むくらい、致し方ないと腹を括る。

 自家に有効と見れば、道具か家畜のように扱う貴族も居る。

 家を守る手段として扱うなら、貴族平民問わず駒のひとつでしかない。


「我らは平民の生活を統制し、安全に保たねばならないが、この世界の者ではないコマキィ嬢を、我らの政争に巻き込むつもりは無い。教会の横暴に腹を立てておるだろうに、さらに我らが利用すれば、この国を出奔するやもしれん」


 この国を厭うあまり、滅ぼしにかかられては勝てる気がしない。

 見かけはエリンの姿で幼く、無自覚ではあるが、宿る存在からは空恐ろしい力を感じた。それに、可愛い孫娘と同じ年齢に見えるコマキィエリンを、あえて利用しては心が痛む。


 特徴も何もない茶目茶髪のコマキィエリンは、平均的な平民だ。

 人混みに紛れた途端、埋没して居場所も分からない者を、できるなら駒にしたくは無い。


「それにしても、コマキィ嬢の言ったなら、組織教会もろとも処分せねばならぬな」


 頭が痛いと、拝聴する家宰アルバンは肩を落とす。

 重くなった空気に、辺境伯はコマキィのこれからを口にした。


「雪解けと同時にコマキィ嬢を王都の屋敷へ移し、シンプソン伯爵家の養女とする。コマキィ嬢エリンの姿カテリーナ辺境伯家四女の娘と同い年だな。秋の王立学院入学までに、形がつくよう淑女教育を施させ、孫と一緒に入学させる。入学式には大学院生代表として、が出席するはずだ」


 辺境伯の言を受けて、家宰アルバンが後を続ける。


「なるほど、新入生コマキィが確認できる良い機会です。入学といえば、王太子殿下も入学されますな。第三王女側妃の次女のナスタシア殿下。サー・ガイツ・バードック司教の御息女マルグリット嬢と、司教がも、入学と噂が……今年は、生徒数が跳ね上がる見込みです」


 教会の司教が養子を迎えるのは珍しい。早くから癒しの才能を発揮した者なら、神官見習いに抜擢される。


 以前なら「珍しい」と思うだけで見逃すような情報も、二度目の召喚で呼び寄せたでは無いかと、疑いが湧いた。


 マルボロー・サー・ガイツ・バードック司教。

 前王の長子に生まれながら、出生に疑惑を持たれて廃嫡された男。

 正式な妃になれなかった、強欲の妾妃が残した子。

 何が本当で、何が偽りなのか解明されないうちに廃嫡され、有耶無耶な裁定で司教の地位に封じられた男だ。


「詳細に、調査せよ」


 駒にされ、使い潰された挙句、体良くてがわれた地位ならば、さぞかし現国王を恨んでいるかもしれない。。


 愚かさに輪をかけ、さらに愚かな召喚を行なったのかと聞きたいが。。

 そんな疑問を持ちながら、辺境伯は命令を下した。

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