第120話 告白タイム〜

 冬の空は変わりやすい。

 張り出した雲に日差しが消え、雪が降り始める中、大型の馬車二両と、先導する騎馬。左右を並走する騎馬が近づいてくる。

 遠くに森と領城の尖塔がポツンと見え、緩やかな雪原を登ってくる一隊が、いつか見た映画の一コマシーンのようだ。


 手綱を引かれ、歩みを止めた馬の白い息が、風に舞い上がる。

 馬具の擦れる音も低いいななきも、凍った空気を震わせた。

 横付けされた馬車の扉が開き、アルバン家宰の後から恰幅の良い壮年の男が降りて来た。

 

「待たせたな、コマキィ殿。こちらが我が主人あるじ、サザンテイル辺境伯アーロン閣下であらせられる」


『隣国ウィンザードとの国境を守る辺境伯は、独自の軍を持っているので、将軍らしいです』


 取り説の説明はありがたいが、とても緊張してきた。


 紹介された無表情の美中年に視線を向けられ、背筋が伸びた。

 大口取引先の、やり手専務に面会した心地がする。ちなみに目の前に並ぶ頭の上では、緑から黄緑の三角マークが林立していた。


『マスター? ここは大人の対応が正解です』


( はぃ )


 どぉぉんと、かましてやると意気込んでいた小真希は、威圧感たっぷりの人物と取り説の指導で、もはや心が怯んでいる。

 脳裏に展開するソアラの説教に、燃える闘争心など一瞬で萎んだ。


「初めてお目にかかります。ミトナイ村の住人で、小真希と申します」


 気を取り直して、職場の先輩に叩き込まれた口上と姿勢で、綺麗な礼をする。上得意のお客様なら、これで正解だったと思う。


「ふむ。一般の民とは思えぬな。どこぞで貴族家に仕えていたか? 」


 耳に心地好い辺境伯の低音ボイス。もの凄く好みの声だ。でもって、こういう穏和そうな大物こそ、要注意人物だと先輩に言い聞かされていた。


「いえ、作法は上司に教えて頂きました。外は寒いので、どうぞ中へ」


 ここまでは及第点だろうか。

 グニュグニュ痛み出した胃が。胃がぁ。。

 なんで接待研修みたいな事をしているのか、頭が混乱してくる。


「……コマキィ殿」


 アルバン家宰の視線が、可哀想な子供を見るようだ。

 後続の馬車から、椅子を持った騎士が降りてくる。軽々と両手で抱え上げ、開け放った正面玄関を通って行った。


「長らく締めていた別宮だ。まともに使える家具は無いであろう。ひとまず椅子は用意した。面談の後に、然るべき部屋へ案内いたそう」


 アルバン家宰の説明に、なんでわざわざ別宮幽霊屋敷へ案内したのか、猛烈に問い質したい。


 小真希を残して玄関エントランスを潜った一行が、階段下の扉の前で立ち止まった。

 

「はて、随分と綺麗なのだが  」


 アルバン家宰の問いに、疑問に満ちた顔で全員が振り返った。

 両手に椅子を抱えたまま、不自然な体勢で振り返った騎士に、なんだか申し訳ない。


「廊下と厨房と続きの部屋は、掃除しましたよ。あ、あとはお風呂とかも。それ以外は、埃が積もったままです」


 物問いたげな辺境伯の目が、アルバン家宰を経由して小真希に向けられる。

 勝手に人の家を触りまくったに、我知らず後退った。


「いや、説明が不足していたようだ。手間をかけて申し訳ない」


 生真面目アルバン家宰の謝罪に、ちょっと良い人かもと思い直す。


「厨房しか温まっていませんが、そこでよろしいですか? 」


 なんちゃって社会人対応の化けの皮が、繕った顔から剥がれそうだ。


「案内を、お願いしよう。コマキィ嬢」


 心地好い美中年辺境伯に微笑まれて、満更でもないと頬が緩む。


「どうぞ、こちらです」


 うん。家の持ち主を案内する。何だかモヤモヤして、落ち着かない。


 勢いよく燃える調理用の釜戸の横へ、対面して椅子が置かれた。騎士たちは辺境伯の合図で、廊下へ出て行く。


 先に座った当主辺境伯に椅子を勧められ、小真希もぎこちなく腰を下ろした。

 アルバン家宰は辺境伯の斜め後ろで手帳を開き、胸ポケットからペンを出した。


「前触れもなく、このような別宮に案内して気の毒に思うが、コマキィ嬢が召喚された者だと、他に知られたくはない。わずかでも漏れれば、コマキィにどのような危害が及ぶか分からん。コマキィの周辺も巻き込まれて大事となる故、誰の目にも止まらぬ別宮に入ってもらった」


 領城に入れず、人目につかないここ別宮へ運んだ……案内した理由は納得できた。

 小真希はこの世界でも平民だから、偉い人辺境伯が謝る必要はない。


「ちょっとびっくりしましたけど、不満はありません」


 良い子の返事に、辺境伯の微笑みが返ってくる。本当は不満爆発だが、不敬罪で命に関わっては堪らない。


「感謝する。さて。家宰アルバスより受けた報告では、教会の召喚に巻き込まれたとの事。初めから、順を追って聞かせてくれ」


 今夜中に終わるのかなとゲンナリしながら、顔の筋肉を酷使して精一杯笑顔を貼り付ける。


『マスター、気をつけてください。マスターの固有技能スキルと時戻しは、とても有用な戦力兵器になります。バラしてはいけません。囲われて、使い潰されるかも。ですよ』


 取り説の注意に、ヒヤリとした。「鉄槌」のみんなやモルター子爵のように、良い人ばかりではない。

 小真希は差し出された心眼石を膝に置き、指を添えて慎重に、始まりから語り出した。


「買い物の帰りに足元が光って、動けなくなって、その間に召喚されたと思います。気がついたら、壁に囲まれた部屋で、一緒に召喚された人たちと居ました 」


 時戻りとサバイバル逆境を生き抜く処世術は黙秘で、ド派手な美人とか、クズ扱いされたとか。ゴミとして処分殺害されたとか。。


 エリンに関しては、精霊の加護で死ねない少女だった事と、精霊に気に入られた小真希が、エリンの身体で生き返ったと話す。


 ミトナイ村と開拓地のこと、一緒に召喚された人たちをダンジョンで見かけた事。ノルト村とミトナイ村の奪還戦。開拓地に戻れて、思い出した塩湖の事など、つっかえながらも話し終えた頃に、日付は変わっていた。


 聞き手に回っていた辺境伯が、頭の整理を終えたように、小真希と目を合わせる。そろそろ質問タイムかもしれない。


「召喚の場にいたド派手? の女性の事を、思い出す限り詳しく。人相や髪色、何でも良い」


 ド派手で美人な印象しか残っていないが、思い出せば綺麗なピンクブロンドだった。確か、銅貨を磨いたような、まっさらな十円玉のような目の色をしていた。

 髪の色を話した時点で、辺境伯とアルバン家宰の表情が強張る。


「……まさかと言うか、やはりと納得できるか 。もしそうなら、馬鹿な事をしたものだ」


 腕組みして小さく吐き捨てた辺境伯は、気持ちを切り替えるように首を振った。


「召喚された場所の、おおよその位置は分かるか? 」


「どこかの山の中と思いますけど。エリンも馬車で運ばれたので、場所はわかりません」


 窓のない運搬車で運ばれたエリンの記憶に、特定できる物はなかった。


「それにしても召喚された場所から、どうやって地上に帰ってきたのだ? その、死ねない身体で生き返ったコマキィ嬢も、不死なのか? 」


 片眉を上げた辺境伯が、ふと気付いたように質問した。

 できるだけ避けてきた事を突かれ、小真希は頭を抱える。けれど心眼石に嘘は通じない。

 仕方なく、召喚場所の地下の亀裂から出て、地下道を辿ったらダンジョンの最下層に出たと白状した。


「ミトナイダンジョンの最下層からの帰還だと⁈ どうやってっ! 」


 驚愕した辺境伯の怒鳴り声に飛び上がる。びっくりした勢いで、小真希も怒鳴り返した。


「エリンの精霊が助けてくれました! わたしの力じゃありませんってば‼︎ それに、不死とかは、怖くて試したくありませんっ」


 精霊に丸投げしよう、そうしよう。

 必死の叫びに、辺境伯が仰け反った。


 どうか、固有技能スキルがバレませんように。

 死なないかどうか実験されませんようにと、心の底から願いを込める。


(神様お願いっ。お手軽に使われるのは嫌だよ〜〜〜帰りたいよ〜〜)

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