第119話 とりあえず、掃除しよう

 最悪な気持ちで、小真希はアルバン家宰を睨んだ。じっと見つめるアルバン家宰の頭上に、ピコン! と、オレンジ色の三角マークが


「ん あれ? 」


の常時発動を再開しました』


「ほへ? 」


 そう言えば、いつの間にか見えなくなっていたお知らせマーク敵認定三角マーク

 今アルバン家宰の頭上に立っている三角は、黄色が混じったオレンジ色。とても曖昧な、普通に近い安全色だ。


(この人、微妙? )


『マスターへ向ける威圧、殺気、不快指数を総合し、平均値を色別で表示しています。悪意察知を中心に、魔力探知、鑑定などの技能スキルを複合した結果です』


「なるほど? 」


「何か、質問かね? 」


 との受け答えが、知らぬ間に口から零れていた。

 受ける厳つい印象とは違い、小真希に対する悪意は少ないと分かって、急に大胆になる。


「ちょっと聞きたいんですが、わたしって、犯罪者ですか。召喚って言う誘拐に遭ったのに、罪人扱いされてますよね。 最悪」


 上から目線で笑っていた顔が、慌て出す。もう、面白いほどに。。


「なっ  いや、そんな事は。犯罪者などと、我は思ってもいないが。貴殿の被害妄想であろう」


 黄色みを帯びたオレンジが、赤さを増した。

 アルバン家宰の上から目線な笑みはそのままで、が消えてゆく。

 目の前の顔は笑っているのに、腹の底は怒っているなんて、随分と器用だ。


「同じ質問を繰り返すのは、罪人への拷問。真実を知りたいんじゃなくて、心を折りたいやり方では? いっそ、奴隷にしたいとか? 」


 奴隷発言に、アルバン家宰の頭上三角が赤色から黄色へ変色した。

 困惑する表情と共に、どんどん緑へ変わっていく。


「とんでもないっ。何故そう思われたかは知らないが、誤解だ。確かに犯罪奴隷や借金奴隷はいるが、貴殿を奴隷にするつもりなど、さらさら無い。無実の者を奴隷にすれば、我れが重罪に問われる。ただ、主人に正確な情報を伝えねばと、性急だったのは否めない。申し訳なかった」


 最初の印象通り、冗談の効かない生真面目な顔が表面に出て、頭上三角は緑色で安定した。


「なら、同じ質問は無し。これ以上続けたら、頭が爆発して暴れます」


「むっ  」


 昼の休憩まで続いた気まずい沈黙は、午後の行軍から騎乗したアルバン家宰の行動で終了した。

 初めはホッとして、清々しく揺れていた馬車の中。だんだんとしれない不安に落ち込むも、後の祭りだった。

 

「言い過ぎたかな……おぉぅ ソアラに叱られる案件  」 


 目を三角にして腕を組むソアラが、脳内で鼻息を吐いた。


 反省しつつも粛々と馬車は進み、少々日数を要して辺境領へ到着した。

 アルバン家宰は報告のため本城へ別行動。残された小真希は、いい笑顔の騎士に引率され、馬車に乗ったまま、さらに領城内の別宮へと案内された。

 領主への挨拶は未定で、それまでここで待機だと言い渡される。


「主人の都合がつき次第、面会の場を設ける。それまでは、この宮で過ごすように。しばらくは宮の内から出さないよう、通達されている」


 少々威圧のこもった注意事項に、微笑むしかない。出歩かずに大人しくしておけ、と言う意味だろう。

 ちなみにこの騎士、基本的に黄緑三角だった。


 無言で渡された鍵を小真希が受け取ると、ニコリともせずに領城へ帰って行った。

 馬車を見送り、人影のない玄関で佇む。


 二階建ての小さな屋敷は、雪の積もる野原の真ん中に、ポツンと建っていた。

 傷みの目立つ汚れた外壁に、所々めくれた玄関扉は、元の色が分からないくらい老朽化してる。


「  幽霊屋敷でないなら、まぁ、いいか 」


レイスの痕跡はありません。築後、約二百年と解析しました』


 的確なの解説に、頷く小真希。立っていても冷えるだけで、出迎えは無さそうだ。


「お宅訪問〜 なんちゃって 」


 軋む鍵を回して重厚な扉を開ける。外は晴天の冬空で、鎧戸を締め切った室内は、薄暗い上に湿気てカビ臭い。

 一歩踏み出した玄関広間エントランスは、湿っぽい埃が積もっていた。


「うわぁぁぁぁ……さ・い・あ・く・ぅ? 」


 ポツポツと足形を残して、階段下の正面扉まで歩く。

 両脇から中央へ向けて登る階段は、どこぞの宮殿に似ていた。


 上部が円形の両開き扉は、なぜか片方しか動かない。その上全開しないで、細い隙間分だけ動いて止まる。

 エリンの身体は細いから良いが、これが小真希のままだったら。。


 入り込んだ先は幅広い廊下で、左の扉を開けば居間らしき部屋。廊下を挟んで右扉に、石畳の厨房を見つけた。

 厨房の隣りに、結構な広さの部屋がある。中には大きな寝台がひとつだけあり、半開きの金庫らしき分厚い扉が奥に見える。


「広いキッチンと、執事の部屋かな。あの金庫って、銀器カトラリーや高価な食器を入れてたのかな。  めちゃくちゃ寒いわ、ここ」


 陽の高いうちに風を通そうと、手当たり次第に窓を開けてゆく。

 一階は暖炉のある居間と執事部屋たぶん?。石造りの厨房に、タイル仕様の風呂と化粧室。使用人の部屋らしき大部屋がひとつ。

 大部屋の両壁に、狭いベッドの枠が三台ずつ並んでいた。


「とりあえず台所と執事の部屋くらい、住めるようにしたいわ。あ、トイレとお風呂も」


『了解です。厨房、執事部屋、化粧室、浴場の整備を始めます。マスター、移動してください』


 開拓地の道路整備をした時と同じで、ゆっくり歩く小真希に合わせて、部屋が修復してゆく。

 ただし、新しくなった形跡は無い。古いままで、手入れがされた古民家風洋館な仕上がりだ。


 厨房の隅にある裏口から台所庭キッチンガーデンだった場所に出て、片隅に積み上がった薪の山を見つけた。

 幸い差掛け屋根は健在で、薪は乾いている。


「んーーー。落ち着いた」


 崩れ始めた天候に戸締りをし、調理用の窯に火を入れ、少し緩まった室内にホッとする。

 一階の居間や二階は、面倒臭いのでそのまま放置した。


 綺麗になった執事部屋の寝台に、シプレン羊型巻毛種・もこもこタイプの厚い敷布団と羽布団をセット。収納ストレージの有り難さに感謝だ。


『マスター。接近する馬車を探知しました』


「わかった〜 ありがと」


 スッキリ綺麗になった玄関エントランスへの両扉を開け、迎え打つ気満々の小真希は、スキップで歩き出した。


『ソアラさんに叱られないよう、ほどほどに』


「う  はぃ」 


 今度はように、気をつけよう。

 正面玄関を開けて、小真希は大型の馬車が近づくのを眺めた。

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