第118話 プッツン!

 目が眩むほどの煌めきが収まって小真希が顔を上げると、腕組みしたアルバン家宰が殺気を放ちまくっていた。


「ひぇ〜  こわっ 」


 思わず椅子の上で、身体が固まる。転げ落ちなくて良かった。


「いま一度、問う。エリン ではないコマキィは、教会に召喚された者。処分されて、エリンと入れ替わった者。そう理解して、良いのだな? 」


 アルバン家宰の背中から、魔王が生えてきそうな迫力だ。

 小真希は固まったまま仰け反り返って、細かく頷く。


(地雷踏んだぉ⁉︎ ころ 殺しゃれるのー⁈ )


 怖くてポロリと零れた涙が、速攻で涙滝ナイアガラに進化しそうだ。


「なんという事を。議会にもかけず、我々の了承も得ず、教会の独断で、勇者召喚を行ったのか。教会は王の意向を、完全に無視したのかっ! 」


 何に怒っているのか分からない小真希は、怯えて縮こまった。もう、漏れてはいけない乙女の恥じらいが、決壊しそう。。


 しばらく独り言を言い続けていたアルバン家宰は、ふと現実に戻って小真希を凝視する。


「コマキィ 。いや貴殿は、召喚された勇者殿か? 」


「ひゃい……」


 何やらアルバン家宰の雰囲気が少し軟化して、小真希は息を吹き返した。


「しょ 召喚に巻き込まれた……けど、たぶん勇者じゃないです。一緒に召喚されたせんぱぃ 男の人と女の人が、勇者だと思いますけど……」


「けど? 何か? 」


 小真希はダンジョンの四十階層を思い出していた。騎士愚連隊みたいな集団と居たふたりは、酷い扱いを受けていた。


「ダンジョンに潜っている時、勇者の人を見かけたんですが。嫌な感じの騎士みたいな人たちと一緒に居て、奴隷みたいに扱われていて。嫌な騎士みたいな人が、どっかの国の人を殺してこいだとか、新しく召喚した勇者がすごいから、お前たちは要らないとか。聞こえました」


 小真希から視線を外したアルバン家宰が、沈み込むように息を吐いた。

 それからの沈黙が居た堪れなくて、アルバン家宰の後にいる使者に視線で訴える。

 なんとかしてぇ!


 使者の人は目を剥いて仰け反ると、高速で首を横に振った。

 当てにはならないようだ。。


「一度ならずも、二度も勇者を召喚しただと? 許せん」


 長い沈黙の末。アルバン家宰が復活した。


貴殿コマキィの密偵疑惑解明と、塩湖の有無。この度の報奨変更を了承して貰うべく、我々はここに参った。それが、思いもよらず勇者召喚の情報を得るとは……すまぬがコマキィ殿。我らと共に、辺境伯領まで同道を願いたい。なんとしても、同行をお願いする」


「ええっ! うそ〜」


「いや、誠だ。それにコマキィ殿の話は、内密に。他に漏れて危害を受けるのは、貴殿の仲間だと心得て貰おう」


 どこまでも厳格真面目な、アルバン家宰の受け答えだった。


 方針が決まれば、行動は迅速だ。

 開拓地で野営一泊。翌日には身の回りの荷物と共に、開拓民全員の移動が始まる。


 領主街へ行く時に改装した馬車へ乗り込んで、除雪する工兵隊の後を進んで行く。

 馬車内は、雪道と思えない快適具合だ。


「何が何だか分からないけど、コマキィの疑いが晴れて、良かったわ。一時はどうなるか、気が気じゃなかったもの」


 もふもふの毛皮絨毯に、ふかふかのクッション。ソアラの機嫌はとっても良好だ。


「ほんと、心配したわ」


 ソアラの隣りでレダも寛いでいる。

 乗員が十人で、ものすごく窮屈だが、一晩くらい座って寝ても、雪中行軍するよりマシだ。


 本当のところ、全員を纏めたのは、逃亡防止の処置だと思う。

 御者も辺境伯家の騎士だし。。


 粛々と行軍し、休憩場で一泊する。翌日の昼過ぎには、ミトナイ村へ到着した。

 ここからアルバン家宰の行動は、もっと早かった。


 工兵隊の三部隊を動員し、翌日の早朝に辺境伯領への行軍が始まった。

 勿論。小真希以外の同行は許されず、ひとりで連行……護送? される事を拒否できない。


「いい事? 何かあったら、逃げなさい。あんたならできる」


 迎えの馬車に乗る前、ソアラが耳元で囁いた。

 出発するまでの間、ずっとアルバン家宰に理不尽だと抗議してくれたソアラ。感動で、小真希の胸が暖かくなる。


「もうね、目を離した隙に、心配よぉ」


 ソアラの妄想の中では、小真希がのは確定事項みたいだ。。

 ごめん、おかん(仮)。でも、他の心配はないの⁇ 。


「  あー  行ってきます。、気を付ける 」


 馬車に乗り込んで扉が閉まると、訳もなく緊張してきた。いや、訳はあるのだが、誰にも言えない訳で気持ちが重たい。


「一言言っておくが、我が主人辺境伯は理不尽な方ではない。高潔な貴族だと思ってもらいたい」


 対面して座ったアルバン家宰が誇らしげに言い放った。


 それって、貴族として高貴な人にはでも、平民に対しては傲慢かも知れないじゃん。とは、口にできない小真希。


「貴殿の身の安全は、このアルバン・クライスが保証する」


「   はい。ありがとう  ございます」


 チラチラと、雰囲気で感じる上から目線。たぶん平民以下の小真希を本気で守ろうなんて、サービストークにしか思えない。


 モルター子爵領の領主街まで二日。そこからサザンテイル辺境伯領まで、十日はかかる見込み。

 雪道でなかったら、半分の日程で行けるらしい。


(ずっと、この人とって、なんの拷問よーぉー)


 小真希の胸中は、限界を越えそうなほど沈み込んだ。

 

 その日から、馬車内で繰り返される身元調査。

 毎日果てしなく繰り返される、同じ質問。質問。質問。。。


 小真希の話に齟齬はないか。どこがに嘘はないか。心眼石に指を触れて答えていく。


 これ、犯罪者に対する、拷問じゃね? 。。


「勇者召喚が真実であるなら、是非にも疑惑を晴らし、御身の潔白を証明する為にも、協力をお願いする」


 取ってつけた言い分を、そっちの都合が良いように、正当化してんじゃね? 。。


 積もり積もった苛立ちとマイナス思考。

 頭の中で、ブチブチと堪忍袋の緒が千切れ。。


『マスターの精神が限界値に達した為、サバイバル逆境を生き抜く処世術を機動します。精神強化、心身回復、危機察知、鑑定、発動しました』


 小真希の中で、何かがプッツンする寸前。

 のアナウンスが、頭の中で響き渡った。

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