第117話 心眼石

 呆気に取られているうちに、小真希は床に組み伏せられていた。

 踏み出したホアンやリムを、レオンが背中で遮っている。

 ミズリィは、ウェドを庇って威圧がすごい。


「コマキィとやら。お前が出身地と示した村に、コマキィと言う名の子供は存在せぬ。いったい何処の密偵か白状せよ。サザンテイル辺境伯領に害をなす者か。バードック神星王国に仇なす他国の間者か! 」


 の問いかけに、小真希はハッとした。すっかり忘れていたが、この身体と戸籍はエリンのものだった。

 なんで忘れていたのだろう。わたしのバカーーーーー。


「えぇっとぉ。戸籍の名前は、エリンですぅー。ごめんなさい、訳があって、名前かえましたぁー。コマキィが馴染んでたので、間違えましたぁ」


 痛いやら怖いやら、やらかした自己嫌悪で、小真希は半分泣いている。

 こんな時こそ恐怖耐性をマックスに!

 精神安定をくださいっ。

 身体強化はっ⁈ 

 どうしては、仕事しないのっ! 


 ビービー泣き出した小真希に、周りがドン引いた。

 赤子か‼︎

 何だか一気に緊張が抜けて、が太い指で眉間を揉んだり、子爵の使者が片手で目を覆ったり、出入り口を固めた騎士が、ポカンとしたり。他は言わずもがな。。


 小真希をねじ伏せている騎士は、どうしたものかとに視線で縋りついている。


「あーーー、家宰殿。如何いたしましょう……」


 いち早く復活した子爵の使者が、キラキラ筋肉貴族に書類の束を繰って、一箇所を指差した。

 無言で読んだキラキラ……辺境伯家の家宰が、浅く頷いて小真希の拘束を解くよう合図する。


「……腰を据えて、小娘の言い分を聞こう。ただし、一切の嘘は許さん。とくと心して、真実を述べるように。さすれば、嫌疑を覆そう。他の者は席を外せ。他国者と口裏を合わされては、堪らんからな」


 辺境伯家家宰アルバン・クライスの辛辣な言葉に、ウェドを守るミズリィが奥歯を噛み締めた。


「仰せのままに」


 平静を保って礼をしたホアンに促され、皆が動き出す。


「探索者ギルドの代表マスター。道案内、大義であった。その方も、席を外してくれ。ここからは、領内の問題である」


 真正面から見返したレオンは、決意を込めて顎を引いた。


「発言を、許可いただけますか。家宰様」


 服従に慣れている辺境伯家の家宰アルバンは、数瞬の沈黙の後、鷹揚に頷いた。


「ありがとうございます。では、申し上げますが。ここに居るコマキィが、今回の騒動において、多大なる貢献を致しました事、どうか、お心に留め置き下さいますよう、お願い申し上げます」


 レオンの申し立てに、アルバン・クライス辺境伯家家宰の口辺が微かに上がる。


「密偵の疑いが晴れれば、おのずと改まる。心配は無用だ」


 慇懃に頭を下げてレオンは踵を返した。

 部屋に残ったのは、アルバン・クライス辺境伯家家宰と子爵家の使者、警護の騎士が三人だ。


 部屋に持ち込んでいたテーブルを挟んで、小真希は家宰アルバンと対面して座った。


 子爵家の使者は、家宰アルバンの斜め後方に椅子を引き、膝に書類を広げる。

 騎士三人は、出入り口まで下がった。 


「さてエリン。村を出てから何をしたのか、事細かにすべて述べよ。嘘を言えば、心眼石が反応する。さすれば密偵と判断し、この場での処刑もあり得ると覚悟せよ」


 家宰アルバンは懐から手のひら大の石板を出して、テーブルの真ん中に置いた。


「指先を心眼石に置いて、まずは質問に「はい」とだけ答えよ」


「 はい 」


 何を聞かれるのか、小真希としては緊張する。

 エリンの記憶を辿って、正直に答えようとは思うが、精霊との関わりを聞かれたら、どうやって納得して貰えばいいのか悩む。


「お前は、モイノ村の教会で養われていたエリンか? 」


「はい」


 母が亡くなってから、エリンは神官に養ってもらった。

 石板の中央が白く発光する。


「嘘はないようだ。では、村の成人と集団で、王都に出稼ぎに来たのか? 」


「はい」


 再び石板が発光した。真実なら、石板は白く発光するようだ。


「王都に着いてすぐ、お前の消息が途絶えている。奉公が嫌で逃亡したとあるが、本当か? 」


「? いいえ」


 決められた答え方ではなかったが、石板は白く発光する。

 厳しかった家宰アルバンの顔から、わずかに鋭さが和らいだ。


「何があった? ゆっくりで良い。順序立てて話してみよ」


 薄れているエリンの記憶を掘り起こして、小真希はポツポツ話し出した。


 王都に到着した夜は、最下層民街スラムに近い安宿に泊まった。もちろんエリンは一人部屋で、幼馴染と憧れの人も一人部屋だったはずだ。


 翌日に仕事斡旋所へ行く途中。先に教会へ行こうと憧れの人が言い出して、最下層民街スラムの入り口にある教会へ行った。


「祈りの部屋に入った途端。従属の首輪を嵌められて、乙女勧誘の神官に売られました」


 従属の首輪は、拘束の首輪より制約はキツいが、隷属の首輪より制約が緩い。

 身体は命令に逆らえないが、思考までは縛られない。これが隷属の首輪になると、思考まで縛られて自我が無くなる。


「待て。教会の乙女勧誘に応募したのでは無く、教会に売られただと? 」


「はい」


 常に白く発光していた心眼石が、ひときわ白く輝いた。


「嘘ではない な。だが、祈りの乙女に選ばれた者は、神に一生を捧げると聞く。なぜお前は、ここに居るのだ」


 数年前から教会は、平穏を祈る乙女の勧誘をしていた。

 貧困や様々な事情で苦しむ乙女を救済しようと、慈善目的で始まった教会の活動だ。


「 信じてもらえないかも知れないけど、エリンは精霊の加護を持っていたから、勇者召喚の要になる生贄にされました。でも、失敗して、召喚する人数を間違えて、巫女に殴られて死にそうになった……エリンは精霊に加護を貰っているから、死ねません。もう辛くて、生き返りたくないって、エリンは思った。だから、目の前で死にかけていた人に。間違って召喚された人に。自分の人生を、代わりにやり直してほしいと、願ったんです 」


 信じられない。理解できない。そう思う家宰アルバンの目の前で、心眼石は白く発光し続けている。

 子爵の使者も、三人の騎士も、小真希の語る内容が、異国語に聞こえた。


「  サザンテイル辺境伯の代理として、家宰のアルバン・クライスが命ずる。ここで聞いた事は、すべて忘れよ」


 いっせいに低頭する皆を見渡しながら、家宰アルバンも半信半疑を否めない。ただ、主人辺境伯に報告するには、理解するしかない。


「 続けよ」


 真剣に見つめてくる家宰アルバンに励まされ、小真希は安堵の息をつく。なぜだか泣きたいくらい、心が軽くなった。

 

「生き返りたくないエリンの代わりに、生きてほしいと頼まれたのが、わたし、小真希です。召喚に巻き込まれただけなのに、役立たずのクズ技能スキルは要らないって、処分された殺されたわ。わたしが、小真希が、エリンの人生を貰って、エリンの身体で、コマキィとして、生き返りました  」


 全員が目を逸らすほど眩く、心眼石が煌めいた。

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