第145話 剣術判定。女子は見学オンリー?

 身体測定の後、小休止を挟んで剣術判定が始まった。

 場所は第二練兵場で、物理的な攻撃を外に出さない結界の中だ。

 武器使用に慣れていない新兵や、学院の新入生が、主に利用している。


 身体測定の一角では、普通クラスのサゥリが測定を始めていた。

 サゥリのクラスは、女子の比率が多そうだ。


 小真希とアルチェ以外の女子は着替えて、結界の外に設けられた長テーブルで、お茶を嗜んでいた。

 それなりの天幕を張り、授業とは思えない優雅さだ。


「まぁ、ルイーゼ様のおっしゃる通りですのねぇ」


 小真希を馬鹿にした口調は、マルグリットだ。

 俗に言う太鼓持ちに徹しているようだが、見かけは上品である。

 確実に王太子妃となるルイーゼに、今から取り入るつもり満々か。。


「ホホッ。ミセス・エバンズに匙を投げられるような、不名誉をなさった叔母ですから〜。お恥ずかしいですわ」


 直接的な言い回ししかできない女子ふたりルイーゼ、マルグリットから、できるだけ離れたナスタシア王女は、分厚い猫を被っていた。


「アルチェもコマキィも、活発でいらっしゃるのね。凛々しい騎士のようですわ」


 型をなぞるように剣を交えるアルチェとコマキィは、舞うようで綺麗だと思った。

 暗に近衛の女騎士を指す王女のフォローも、女子ふたりには通じない。


「おてんばが過ぎましてよ。まるで、野蛮人みたい あらあら、失礼」


 露骨すぎるマルグリットに、微笑んだままの王女は口を閉ざした。


「本当に辺境の山猿は  あら、ごめん遊ばせ」


 小真希の言う通り、ルイーゼは王太子妃に相応しいとは思えない言動をする。ナスタシア王女は、密かにため息を溢した。


 あからさまにならないよう、特定の人物を貶める貴族は、確かに存在する。

 社交場において、曖昧な噂程度の言い回しで、話題にエッセンスを投下するやり口は、品格的にグレーゾーンだが、時と場合によっては歓迎される話術ではある。


 それらに対し、言葉を包めない言い回しは、非常に品性を欠くと批判されやすいので、同調するよりは、黙してやり過ごす者の方が多い。


 コマキィに対するルイーゼの言動に、王女は落胆していた。ここまで愚かな女性だったとは、知らなかった。けれど今までは、決して、こんな人ではなかった筈だと、残念でならない。


「ルイーゼ様が、お気の毒ですわ」


 このままでは遠からず、王太子妃の座は危うくなる。

 なぜ、少し前の淑女ルイーゼで在れなかったのかと、胸が痛んだ。


(誰が、何が原因で、自分が変わろうとも、今を選んだのは自分自身。最低限、誰のせいでもないと、自覚してほしい。自分自身のために)


 ルイーゼの変化に、ナスタシア王女は、己が選ぶ人脈を修正するかどうか、思案を巡らしはじめた。



******

 側近候補カーター・ジーニス相手に、リノは躊躇っていた。

 単に力加減が難しく、相手に怪我をさせないよう、刃を合わせるので手一杯だった。


 何故だかそんなリノを見縊みくびって、メチャクチャな切り込みをする側近候補カーター・ジーニスたち。

 うっかりと、いつ切り刻んでしまうか心配で、リノの太刀筋は乱れた。


「ほらほら、頑張れよ。平民ごときに、剣の指南をしてやっているんだ。さっさと上達しろ」


 建前を整えれば、平民をどう扱おうが構わない。痛い思いをさせれば、従順な犬になって扱いやすくなる。

 嗜虐的な快楽で、ジーニスは息が上がっていた。


「初心者に、やりすぎではないか? まずは素振りを、教えてやったらどうだろうか。おい、ジーニス。聞いているのか? 」


 時々ジーニスを捉えるリノの剣筋を、カーターが弾いている。ただ、二対一でリノとやり合う方法は、素人を甚振るようで嫌な気分だと考えた。

 ジーニスほど、リノに思うところが無いからかも知れない。

 

 ゆるく振られたリノの剣をカーターが止め、ガラ空きになったリノの胴に、ジーニスが思い切り剣を叩き込む。


「やめろ、ジーニスっ」


 結果を思ったカーターは、冷や汗をかいて硬直した。

 柔革の胴着しか着けていないリノに、刃を潰しても模擬剣を叩きつければ、大怪我ではすまない。


 思わず目を閉じて、何かが折れる音に、カーターは恐る恐る瞼をこじ開けた。


「い た  痛 い。痛いよぉ」


 無茶苦茶な攻撃を仕掛けたジーニスは、少し離れた地面に転けて、腕を抱えたまま唸っていた。

 抱えた腕が、曲がってはいけない方に曲がって、プラリと揺れる。


「救護班っ! 」


 補助の先輩が叫ぶのに、アルチェが手を上げてジーニスに駆け寄った。


「治癒できます」


 泣き喚くジーニスに構わず、腕の形を整えたアルチェが、骨折した場所に手をかざす。すぐに青みがかった光が腕を包み、収束して染み込んでいった。


「どうですか? まだ痛みますか? 」


 荒い息を吐き、土気色をした顔に、びっしりと冷や汗を浮かべたジーニスだが、輪になって覗き込む同学年には、虚勢を張って身体を起こした。


「……礼を言う。大丈夫だ」


「なら、良かったです」


 アルチェに笑いかけられ、ジーニスの頬が赤らんだ。

 

「平民のくせに、生意気にも程がある。身分のある方を傷つけるなんて、恐ろしい事をしてくれたわね。本当に、何度教えれば分かるのでしょう。この、野蛮人! 」


 言うが早いか、マルグリットはリノの頬を平手打ちした。


「申し訳ございません。父が慈悲を持って後見する平民が、貴族のあなた様に怪我を負わせるなんて、決してあってはならない大罪です。けれど、どうかわたくしに免じて、お怒りをお鎮めください。お願い申し上げます」


 小真希から見れば、マルグリットの態度は、大仰に人を煽る小芝居だ。

 何がなんでもリノを制裁したい下心が、見え透いている。


「平民かどうかは置いといて、骨折させるほど暴力を振るわなくても、対人戦はできるよな」


 誰かのつぶやきで、周りの雰囲気が見知らぬ平民へ悪意を吹き込む。


「皆、やめなさい。迂闊な言動は、控えなさい」


 駆けつけたエバンズ教授の一言で、朧げだった善意と悪意が二分した。

 全く知らぬ者が掠め取った、次席入学の栄誉。

 快挙と讃えるよりも、仄暗い妬みや嫉妬が重い。


「貴族に怪我を負わせたら、ただでは済まない。罪を犯したら、罰を受けても仕方がないよな」


 無責任な誰かの言葉に触発され、味方を得たと確信したジーニスの手のひらに【火炎】が灯った。


「止めるんだ、ジーニス。頭を冷やせ。皆も、無責任な言動は、教授の権限で禁じる」


 教授エバンズが消滅魔法で制止する寸前、一時収束させた炎が膨れ上がり、リノを目掛けて放たれる。


 周りで悲鳴が上がった。

 巻き込まれて怪我人が出ても、不思議ではない。が。。


「剣術判定の場で攻撃魔法を使うなんて、王都では常識ですの? 実家辺境では、ついぞ経験した事がございませんわ」


 片手を掲げた小真希が、捕まえた火炎を弄んでいた。

 発動し、放たれた攻撃魔法を掴むなんて、常識はずれだ。


「傍にいたわたくしに何事もなくて、よかったですわねぇ。ランドン子爵令息。ですが、、両親に報告いたします。当然でしょう? 」


 非常識が、本当は常識だったように、小真希は弾ける寸前の【火炎】を、さも簡単に握りつぶした。


 ニコニコと周りに愛想笑いを振り撒く小真希に、安堵していいものか、恐怖していいものか、周りも神経が麻痺している。


「元平民が、バカにしやがってっ」


 唖然とした状態から覚めたジーニスが、思わず小真希に向けて口走った。上位貴族に対する、とてつもない失言だ。


「頭を冷やせ、ランドン」


 不用意な言動を注意するエバンズ教授だが、握りしめた拳は震えていた。それでも小さく息を吐き、気合いをいれる。


「リノとコマキィ嬢。これから卒業までの実習は、必ず二人で組むように。他の相手は、教授権限で禁止する」


 小真希の異常さに呑まれている生徒から、反発らしい感情は見えない。だが、ほんの一部。嫉妬と怒りに我を忘れている生徒がいた。


「特別扱いですか、教師なのに……失礼しました、エバンズ教授。ですが、依怙贔屓としか思えないご発言でしたので、驚いて口に出てしまいました」


 白々しい。

 周りで成り行きを見守っていた生徒は、腹の底でそう思う。

 実際にリノを甚振るジーニスのやり方を、咎める気持ちの者はいる。


「分かっていないのか。分かっての発言か。不用意な言葉は、責任が伴った時、後悔するんだが。仕方ない。自分の目で確かめると良い」


 エバンズ教授は、リノがカーターの剣を受け流し、胴に叩き込まれたジーニスの剣を軽々と弾き返したのを見た。

 尚且つ体を入れ替え、腕に一撃を入れて蹴り飛ばしたのも。。


 非常識を常識にする小真希。エバンズ教授が気づいたリノの技量。

 両者の模擬戦で、ジーニスが己の浅はかさに気づけばよいと、教授は期待した。


「首席と次席の模擬戦を行う。それ以外の生徒は、結界より出なさい」


 模擬戦披露を言いつかったリノと小真希は、手加減無用の対戦を期待して、それぞれでワクワクしていた。


「結界は張っているが、常識を弁えて逸脱しないように、節度を持って対するように。理解したか? 」


「はい! 」


 本当に理解したのかと、エバンズ教授は眉間の皺を深くする。

 結界の外側を、ぐるりと生徒が囲む。

 教授エバンズも結界を出て、ギリギリのラインで振り返った。


「相手の剣を落とすか、寸止めで急所を捉えるか。怪我を負わせた方が負け。結界から出ても負けとする。一本勝負。始め! 」


 向かい合って、小真希とリノは笑顔で礼をした。


「手加減できないかも。大丈夫かな、コマキィ嬢」


「どんと来い! ですわ〜」


 嬉しそうなリノが、大地を蹴った。

 巻き上がる砂塵と、剣がぶつかる高い音。ぶつかっては引く動きに、観衆の追いかける視線が、段々とついていけない。


 結界の両端でメキョ! と凄い音が……突然中央で鍔迫り合いをするふたり小真希・リノがいた。

 力比べにビクとも動かないふたりは、段々と相貌を崩し、大笑いを始める。


「もう一段、上げていい? 」


 楽しくてたまらないと、リノの声は弾んでいた。


「もちろん。行きますわよー」


 応える小真希も、ワクワクとニマニマが止まらない。

 楽しーい〜と、互いの剣を弾き飛ばし、距離を空けたふたりの大暴走が始まった。


 さっきのメキョ! が、結界を蹴る音だと、高速でくうを飛ぶふたりに気付かされる。

 続けて打ち合う剣が、信じられない爆音で反発し、衝撃波が結界を揺らした。


「え、どこ? 」


 霞む影が、一直線に地面を抉って、砂煙の線を付ける。

 身の危険を感じた観衆は、我れ先にと結界から遠ざかった。


「う。 やめぇ! とまれっ! 」


 エバンズ教授の制止とともに、激しくたわんだ結界が弾け飛んだ。


「【防御結界】!!!  やめんかっ 馬鹿者!! 」


 膨れ上がる爆風が、教授の構築した【防御結界】に包まれ、威力を落とす。

 魔法を構築するのに差し出した教授の腕で、蓄積魔力を使い果たした腕輪が弾け飛んだ。


 崩れ去った結界の中央で、振り切った剣が拮抗し、身動きが取れなくなった小真希とリノの頭に、拳大の氷塊が直撃する。

 

「いってぇ」


「ううっ いったーい」


 模擬剣を取り落として蹲ったふたり小真希とリノの脳天に、再度エバンズ教授の鉄拳が落ちた。


「!!! ……」


 声も出ないふたり小真希とリノの前で仁王立ちした教授エバンズが、底冷えする低い笑い声を漏らす。


「結界は張っているが、常識を弁えて、逸脱しないように、節度を持って、対するようにと、注意喚起した私の言葉は、理解しているか? 」


「あー 」


 頭を押さえながら、第二練兵場を見回したふたり小真希とリノ

 どこの戦場か、廃墟かと思えるほどの荒れ具合だ。


「自分の力を自覚しろ。設備を破壊する撃ち合いだと自覚したら、十分な加減を覚えろ。ここ第二訓練場を元通りにするまで、寮で謹慎だ」


「すみません。すぐに直します! 」


『マスター。地面に両手を付いて、【修復リペア】と詠唱を』


「あ、え……り リペア! 」


 蹲った小真希の両手の甲に、剣と杯の紋章が浮かび上がった。

 その手元の地面から、小さなうねりが起こり、さざ波のように広がる。


 唖然とする皆が見守る中、捲れ上がったり、放射状に切り裂かれたり、至る所に空いた大穴が、綺麗に整備されて行った。


「    え リペア? 」


「はい! リペアです! 」


 教授の問いに細っこい胸を張り、いつもの愛想笑いをする小真希。

 周りは思った。


(そんなわけ、あるかっー!!! )

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