第146話 魔術判定で
本日の食堂は、随分と静かだった。
王太子とその取り巻き。王女殿下に、留学生の皇族と従者は、ルイーゼの手配した特別室にいて、サロン風の食堂には居ない。
そう、小真希とリノ以外の
ちなみにガイツ司教の娘マルグリットは、いつの間にかルイーゼの学友枠で同席している。もちろん、アルチェは皇族の従者枠で。。
黙々と口を動かす生徒の視線が、時々ある一点に向き、恐ろしいものを見たように、目の前の料理の皿へ舞い戻った。
「見るな。後悔するぞ」
コソコソ、ヒソヒソ、交わされる陰口に晒されても、まったく意に介さず、向かい合って昼食をとる小真希とリノ。
ただ黙々と、大盛りの皿を制覇していた。
思いっきり運動した後は、しっかりエネルギー補充だ。
昼からの魔術判定に備えて、いつもより食べておかねば。と言う事で。
「デザート、もらって来るわ」
男子でも信じられない量を完食した小真希は、嬉々として立ち上がった。目指すは、配膳カウンターの端。
大好きなジェラートを添えた、オグニルの熱々パイだ。
「あ、僕も行く」
甘味好きらしいリノも、空になった食器を持ち上げる。
ふたりを目で追っていた
「はぁ〜。ムカムカするかも」
「ちょっと、気持ち悪い……」
各自それほど食べてもいないのに、目撃だけで体調不良が続出だ。
「お〜ぃ。時間だ。移動しろー」
引率の先輩も、胸焼け気味に声をかける。
食器の乗ったトレイを返却口へ運ぶ先輩方も、デザートを掻っ込むふたりを遠巻きにしていた。
「お前もか? 見てるだけで満腹だよな」
「ぃや、つられて食べ過ぎた……」
「あー。わかるわ」
「あれって、辺境の子だったよな。たしか……」
皆が黙し、決して触れなかった禁忌を口にした先輩のひとり。周りからの凄まじい威圧に、思わず飛び上がった。
「ばか、忘れろっ。紳士の嗜みだぞ」
「なに言って? ……いや、すまん。女子だったか、たしか… 」
淑女と思えない実力に、異性だという感覚が麻痺している。
「いやいやいやいや。おまえ、あの子の親が誰だか、忘れてるだろ」
「 ぁ 」
王家すら機嫌を伺う辺境の大貴族が、小真希の養父だった事を、思い出したようだ。
踏んだら危ない地雷原。触らぬ神に祟りなし。無事に卒業したいなら。
何かの標語になりそうな事案だ。
わらわらと食堂から出て、練兵場を二分する巨大な魔塔へ移動する。
途中から追い立て出した先輩に押され、駆け足で向かったのは、王城の尖塔より高いと言われる魔術師師団の謎めいた魔塔。
地上から見上げても、靄に遮られた最上階は見えない。
塔の建設時、奇才と伝説になった大魔導師が、永続的に稼動する【隠蔽】の魔法をかけ、実際にある高さを曖昧にしたからだ。
午後からの魔術判定と実技は、魔塔の地下演習場で行われる。
長い石段を下り、物々しい鉄扉を押し開けた先には、広々とした空間と中央に据えた三本の水晶柱があった。
大人と同じ高さと幅を持つ水晶柱には、細かな目盛りが刻まれている。
「これより、魔力判定を始める。念の為、首席と次席は、最後尾に並びなさい」
微笑みを浮かべる
なぜかホッとした空気が漂う。
「入学試験の折に、水晶球で魔力量を計ったが、
水晶柱から少し離れた長机に、初級ポーションが並べられている。
膨大な魔力が充填された水晶柱は、濃い翠の輝きで満たされた。
レックスの属性は水。魔力量は
カーターの属性は木と土。魔力量は水晶柱の三割程度。
明るい黄緑は、二属性の木と土の混ざった色だ。
カーターと交代した
火と土の二属性だったジーニスは、四割ほど水晶柱を満たした夕焼け色の光を、得意満面で見つめた。その横で、半分ほど満たされたサーシスの属性は水だが、曇り空を映す湖のように見えた。
「不思議な色だが、見ていると落ち着くな」
大人びたサーシスに似合う色だと、囁きが起きる。
小真希より先に判定できるのが嬉しかったのか、はたまた
ロジェ皇子も風属性。従者のレイモンが風と火。どちらも水晶柱を満たす魔力量だ。
アルチェが銀粉の舞う蒼の光を水晶柱に満たし、周りの歓声を浴びた。
「水属性の癒しは珍しい。ぜひ修練して、実力を伸ばしなさい」
順調に結果が出て、喜ぶ者、がっかりする者と順に進んで行く。
やがて、最後に回された
剣術判定でやらかした小真希とリノから、人の輪が遠かる。
また何かある。身の危険を感じた本能が、無意識にさせた行動だ。
「規定では全力だが、適度で良い。 それでは、始め」
若干、
「難しいな」
水晶柱の台座に手を翳したリノが、力んだ様子で呟いた。
「うん? 適度って言われたけど? 」
「いや、これって魔力の出力を調整するよね? 僕、魔力操作は下手なんだけど。一気に充填したら、ダメなやつじゃない? 」
「そう? じゃぁ、結界張っときましょうか? 」
「うん。ありがとう」
『マスター。安全を期する為、今後、緊急時には絶対結界で対応します』
(さんきゅう〜。助かるぅ)
とてもとても軽いノリで始めた魔力充填。数秒後。見守る周りが、目を見開いて硬直した。
「やめっ! やめるんだ! 」
見る間に限界を越えて充填された魔力は、ドロドロとふたつの水晶柱を溶かし、小真希が充填した方は、眩く輝きながら蒸発してしまった。
「……適度で、これか……」
しばし目頭を揉んでいた
「次。魔力操作の精度を判定する」
得意な属性での的当てだ。
やはり最後に回された小真希とリノは、他の生徒の実習を見学する。
先輩が操作する的は、十数メル先で浮遊する球だ。
最大魔力を込めた風、氷、火、土の攻撃は、届かなかったり掠ったりとなかなか当たらない。
皆の使っている短杖は一学年用の規格品で、魔力量の底上げはない。
流石に
「よし、最後だ。 できるだけ、自重しろ。 始め」
教授の声がけに、大きく距離をあける生徒たち。
「いっくよー」
「補助は任せなさーい」
小真希とリノは心がけて、最小限の攻撃。を、したつもり。。
ふたりの杖先で、さまざまな光が混ざり合う。
小真希の杖の先には、圧縮されて白熱する球が静止し、リノの杖先には、アメーバーのように蠢く球が揺れる。
「貫け! 」
小真希の呟きとともに空気の漏れる音が続き、的のひとつが落下しながら溶けた。
「あ 」
操作しきれず焦ったリノの短杖から魔力の塊が離れ、ふわふわ漂う
『【絶対結界】。暴発を丸ごと、結界内に封入しました』
頭を庇う者、同級生を盾にする者、這い出して逃げる者。
異様な静寂が、長く場を占める。
やがて、ギュッと息を止めていた者たちがパラパラと顔を上げ、恐々首を巡らして安全を確かめた。
「殿下、怪我はありませんか? 」
蹲る
三人の前では、水の結界を展開するサーシスが、
ルイーゼとマルグリットは、ちゃっかり王太子殿下の影に避難済みだ。一方、ジーニスはへたり込んで。。。
蹲る集団の中に、ロジェ皇子を守るレイモンとアルチェも居た。
誰ともなく、安堵の息が漏れる。
「ちょっと端に来ようか、ふたりとも」
小真希とリノの襟首を引っ張り上げた
「補助要員は、皆に水分補給を。指示を出すまで休憩」
笑っていない笑顔で指示された先輩は、背筋を伸ばして従った。
演習場の端にある囲いに引っ張って行かれたふたりは、神妙に畏まる。
「コマキィは……規格外ではあるが、リノより魔力操作ができるようだ。ふたりとも、常識内の魔力操作が完璧にできるまで、別メニューの実習とする」
地下演習場の端にある囲いは、七重の結界に包まれた空間を生み出す。
前代未聞の新入生に、魔塔の主が興味を示した事も幸いしている。
「ここ以外で、攻撃魔法の行使を禁じる。本日の訓練は、できるだけ、怪我はしないように、体内魔力の循環と、精密な魔力操作で【
よく観察しないと気づけないが、教授は【結界】の連続発動で、お疲れ気味だ。
「魔力操作。 がんばります」
「えぇと、出力の加減を、ぅぅ できるかなぁ 僕」
「できるよ、リノ。がんばろ? 」
「うん」
ふたりが魔力操作に失敗するたび、なぜか暴発して結界が光る。
その度に集中を切られ、方向を失った火球や水球や石弾が、あらぬ方向へと飛んで行く。
失敗は続出したのだが、補助要員の先輩方も教授も、注意する事なくフォローに徹して、不気味だった。。
待ちに待った授業終了時の
「明日は午前の授業で、使い魔の召喚に挑戦する。魔力量が足りない者は、召喚に失敗するからな。今日はしっかりと身体を休める事。では、解散」
疲れているだろうに、生徒の大半はそそくさと地下演習場を後にした。
これ以上、非常識に関わりたくない。それが本音だ。
「お腹がすいたわね」
「うん。身体動かすより、魔力操作する方が、お腹がすく気がする」
のんびりと最後尾を行くふたり。
すぐ前を歩く王太子が話したそうに振り向くが、ガッチリと腕に絡みついたルイーゼに阻止されていた。
「購買でパン買って、リノも中庭に行く? 」
「そうする。はぁ、人の目がきつい」
学生用のギルドカードを使い、購買で大量の惣菜パンを買う。
このカード。入学の説明会で聞いたが、便利機能が付いていた。
月々小遣い程度の金額が、親や後見人から振り込まれるので、私物を購入する際には重宝する。
これから授業の実習で潜るダンジョンの
これって、キャッシュカードか。超絶便利!
「うっま、これ、うっま」
飲み込むように食べるリノ。
小真希には、ヤンチャな弟に思える。
木立ちに囲まれた
前の世界に似た、肉たっぷりの惣菜パンが美味しい。
「あー食った。美味かった〜」
「夕食は要らないかもね。リノも夕食代わり? 」
「いや、たぶん食べるよ」
育ち盛りは恐ろしい。。
「あのさ、使い魔って、どこから召喚するのかな。コマキィ嬢は、知ってる? 」
不意に物悲しい横顔を見せて、俯くリノ。
もしも理由が勇者召喚なら、どう答えれば良いのだろうと、小真希はたじろいだ。
「……魔界から だったかしら。魔の森から召喚するとか、精霊界からとか、色々言われているらしいわ」
ミセス・エバンズの常識講義で、サラッと教えられた。と思う。
「そっか 異世界じゃないのか 」
リノの言葉は小さすぎて、小真希の耳に届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます