第144話 身体測定〜

 授業初日の朝。

 小真希はスーザンに起こされて目覚めた。

 身支度している間に、朝食はサーラが食堂から運んでくれる。


「本日の午前は、身体測定と剣術判定です。わたしがお召替えの補助をさせていただきますので、同行いたします。スーザンは、午後の魔術判定で使用するお嬢様の短杖を、授業に間に合うよう教室まで届けてください」


「はい。かしこまりました」


 スーザンも優しく指導されて、一端の専属侍女に見えた。


 身体測定と剣術判定では汗をかく。なので化粧は無し。しっかり日焼け止めだけしてもらう。


 白に金の縁取りをした、丈の短い麻の上着を羽織る。可愛い。

 脹脛までのワンピースも、上質な麻の薄紺だ。

 薄茶の柔らかな短靴と揃いの鞄は、前の世界で高級だったバックに似ていた。


「では、行ってくるわ」


「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」


 鞄を持ったサーラを従えて、元気なスーザンに送り出された。

 一階まで降りたところで、男子棟の寮から出てきたリノと出会う。


「おはよう、リノ」


「おはよう、コマキィ嬢」


 後ろのサーラを気にするリノに、小さく首を振った。侍女や侍従は居ないものとするのが、貴族の常識だ。

 ひとり分の距離を空け、小真希とリノは、のんびり学舎を目指した。


「あのさ。今日の身体測定と剣術判定だけど。僕、手加減するの、止めようかなと思うんだ……さすがに対人戦は、加減しなきゃだけど。僕って、力加減が下手でさ。怪我させないか心配だけど、負けたくないんだ」


 一大決心しました〜発言のリノに、小真希は笑いそうになった。

 今日からバキバキ、理不尽で傲慢な対応の鼻柱を折まくろう。そう決心した小真希と、お揃いで嬉しい。


「奇遇ですわ。わたくしも、手加減なんて一切せず、卒業までぶっ千切ろうと思いますの。ご自分の判断基準を正義だと押し付け、こちらを見下してくる方々に遠慮して、自分を低く見せる必要など感じません。力加減に不安があるなら、わたくしがフォローしますわ。任せてくださいな」


『了解です、マスター。せいぜい大事にならないよう、完璧なコントロールはお任せください』


 どこまでも頼りになるだった。


 学舎に入り、ゆったり広々の階段を三階まで登る。

 一階はサロン風な食堂と、各教授の個室ラボ、最終学年の教室がある。二階は三学年と四学年の教室。三階が、一学年と二学年の教室だ。


 卒業までに、婚姻や諸事情で退学する者が出るため、学年を上がるごとに生徒の数は減少した。


 アジーンクラスに入れば、人数が多い。

 ざっと見回さなくても、アジーンクラスとは違う顔ぶれが三人いた。

 得意満面のルイーゼ。リノに辛辣なマルグリット。もうひとりは、銀髪で可愛らしい、知らない女子だ。


「おはようございます、皆さま。身体測定日和な、素晴らしいお天気ですわね」


「おはようございます」


 頑張って朗らかさをアピールした小真希に、パラパラと返事が返ってきた。小真希の後ろで、リノも頭を下げている。


「それでは殿下。ナスタシア様。後ほどご一緒できますのを、楽しみにしております」


 完璧に小真希を無視したルイーゼとマルグリットが、入れ違うように出て行った。


「まぁ、ご機嫌麗しくございませんのね。表情豊かで、愛らしいですわ」


 気持ちが顔に出るなんて、幼児のようですわね。王太子妃が務まりますの〜? と、暗に揶揄っている。

 褒めているようで痛烈な批判なのだが、はっきりと意味を汲んだ者は少ない。

 出入り口で控えるサーラと、ナスタシア王女が僅かに目を見開いた。


 朝のホームルームが終わるまで、運動着には着替えない。

 鞄を小真希の席に置いたサーラは、そっと教室の後ろへ下がった。


「コマキィ嬢、紹介しておきたい従者がいる。良いだろうか」


 ロジェ皇子に付き従う女子が、小真希に礼をとって畏まる。

 学院では珍しい銀の短髪が、顎のラインで揺れた。


「わたしの乳兄妹で、護衛のルーシェスだ。これから関わり合うこともあるだろうから、顔を覚えてもらえるか」


 ジン皇国とは友好的な関係だ。周辺諸国の情勢と、特産品の知識など社交の下地として習った。

 小真希たちの開拓地で、お世話になったアカルパ商会のレーンも、ジン皇国と交易している大店だ。


「もちろんですわ。コマキィ・サザンテイルです。コマキィと呼んでください」


「はい。ありがとうございます、コマキィ様。アルチェ・ルーシェスです。ドヴァー優秀クラスに在籍しています。実習ではご一緒できるので、楽しみにしています。どうぞアルチェと呼び捨ててください」


 人数の少ない最優秀クラスアジーンは、実習授業で優秀クラスドヴァーと合流する。

 無論、実習授業はダンジョンで行うため、パーティー結成は必須だ。

 学院生用のギルドカードは、簡易なパーティーを組む魔道具でもある。


「どうだろう。我々のパーティーメンバーに、コマキィ嬢とリノ君を勧誘したいのだが、考えてくれないか? 」


 ここは他国のメンバーと親しくする方が良いのか、たぬき親父家宰義理父辺境伯が望みそうな王族との接近が良いのか迷う。


「そうですわね。まだ伝えてはいませんが、リノが良ければ、メンバーに誘いたいと思っていました。皇子殿下のメンバーは、どなたですの? 」


「今のところ、わたしとレイモン。それにアルチェの三人だ。コマキィ嬢とリノ君が入ってくれれば、充実すると思っている」


「お待ちくださいませ。わたくしもコマキィのパーティーに、参加希望ですわ」


 ナスタシアが割り込んできた。同時に赤銅頭ジーニスが顔を顰める。


「では、わたしもコマキィ嬢のパーティーに、参加を申し込みます」


 王女ナスタシアに続いてサーシスも声を上げた。

 愕然と目を見張った赤銅頭ジーニスが、慌てて前に出た。


「お待ちください。皆様方は昨日、何を話し合ったのか、お忘れですか? 」


(ほぅほぅ、お話し合いの会食があったのね。こんな事には頭が回るんだ。ふふふふ)


 さっきのルイーゼが上機嫌だったのは、根回し済みに安心しているからか。と、微笑ましくなる。


 割り込む形で待ったをかけた赤銅頭ジーニスに、ナスタシアが微笑んだ。


「わたくしの意思ですわ。王太子殿下も、お認めくださるでしょう? 」


 王女の決定に異議は認めません。たとえ王太子殿下でも。って、はっきり言う王女が凛々しい。男前! 美天使だけどっ。


 無限に被った猫の下で、デレた小真希が顔を崩す。


「ジーニス。王女殿下に対して、これ以上は不敬だ。辺境伯令嬢に対しても、紳士として逸脱した態度と思うが」


 なおも言い募ろうとした赤銅頭ジーニスに、サーシスが止めに入った。


「……失礼いたしました」


 王太子や側近を見回したジーニスだが、みな目を逸らして加勢しない。

 納得いかないながらも、赤銅頭ジーニスは身を引いた。


「日程の確認をする。皆、席に着きなさい」


 いつから居たのか、扉を背にしたエバンズ教授が立っていた。

 とても良い笑顔から、一部始終を見ていた様子だ。


 簡潔に日程を伝えたエバンズ教授は、小真希の目を見て言った。


「程々に、実力を出すよう、推奨する」


******

 総勢三十人。そのうち女子は五人。全員、小真希が知っている顔ぶれだ。

 儚げな美少女を競う、催し? 

 反復横跳びは、体育会系だったと思うのだが。。

 測定前に髪を整え、化粧に崩れはないか確認する女子、約二名。


 最上学年で測定係に選抜された先輩男子は、測定前から不安がいっぱいな顔をしている。


「よ、よし。では首席の 」


「頑張ってくださいませ、ルイーゼ様。応援しておりますわ」


 測定係の先輩を押しやって、マルグリットが場所を空けさせた。

 急に話を遮られ、目を白黒させた先輩が、思わずだろうが小真希に問うような視線を向ける。


 ルイーゼにしてみれば、首席首席と言われて目立つ小真希が、気に入らないようだ。

 仕方ない。頷く小真希に安堵して、先輩は記録表を入れ替えた。

 

「 シンプソン令嬢。 用意、始め」


「えい、ぇい、疲れましたわ〜」


 左右に一回づつ動いたルイーゼが、マルグリットからタオルを受け取って息を吐く。


「では交代いたします」


 勝手に終わって交代したルイーゼとマルグリットに、優秀な先輩は目を丸くした。


「うん。報告すればいいんだ、……ガイツ令嬢。 では、始め 」


 ルイーゼよりは長く、三回ほど左右に反復する。


「頑張りましたわ」


 今度はルイーゼがタオルを渡し、お互いに微笑み合った。


「いいのか? ………次、ナスタシア殿下。 始めてください」


「はい」


 いち、にー。いち、にー。いち、にー。いち、にー。いち、にー。


「はい。お疲れ様でした、殿下」


(可愛いは万国共通で、笑顔を誘うのねぇ。素晴らしい)


 ナスタシアの愛らしさに、小真希の脳内が、おかしな方へ捻れた。


「では、ルーシェス嬢。 始め」


「ふっふっふっふっ。ふっふっふっふっ。ふぃ、ふっふっふっ 」


 軽々と反復するアルチェが、少年のように爽やかだ。


「 よし、止め。なかなか鍛えているな」


 和む先輩に、小真希も微笑む。ここにも違う可愛いを発見した。 


「次、サザンテイル令嬢」


「はい。はじめます! 」


「お、おぅ、始め」


 ズザザザザザザザッ……!!


「へ?     ぬぁ! や 止めぃ! …… まじかよ」


 見かけに騙され、驚きの本性を垣間見た先輩が、しばし固まった。


「次、二十メルメートルダッシュを行う。シンプソン令嬢、前へ。用意、スタート」


「あぁ、めまいがぁ」


 三歩で座るように倒れたルイーゼを、救護班の先輩チームが運び去った。


「まじか……ルイーゼ令嬢、棄権……は、アリだったかな。まぁ、報告すればいいか。次、ガイツ令嬢。 用意、スタート」


 五メルメートル歩くも、膝に手をついて立ち止まる。


「い 息がぁ」


「救護班! 」


 座り込む前に、先輩の声が飛んだ。


「はぁ〜。ぁ、失礼しました、王女殿下。では。用意、スタート」


 多少よたよたしながらも、最後は歩いてゴールできた。


「はい。お休みになってください、殿下。おい、救護班」


 歩き出した幼児を褒めるような先輩男子。持ち直したようだ。


「次、ルーシェス嬢。用意、スタート」


 軽やかに走り出したアルチェが、普通にゴールする。


「これだよ。俺が見たかったの……」


 感無量の先輩に元気が戻った。


「サザンテイル令嬢。よろしいですか? では、用意、スタート!」


 シュタタッ!!!


「う?  は ははっ……夢かよ。超新記録で、歴代男子の記録を、半分に切り詰めやがった。  もぅ、やだ 」


 救護班に付き添われたルイーゼとマルグリットが帰ってきた。

 お疲れ気味の測定係先輩は、強く息を吐いて気合を入れたようだ。


「次の懸垂で、身体測定は終了です。あとは休むなり、男子の身体測定を見学するなりして、授業終了まで過ごしてください」


「無理ですわぁ」と、補助されながら一回もできないルイーゼ。


「恥ずかしい真似をさせないで」と、顔を覆って棄権するマルグリット。


 頑張ってぶら下がるも、静止からクタリと落下した王女殿下。


「くっ、くっ、くっ 」と、限界まで頑張って手を離したアルチェ。


「あーーーー。すまん。もうそろそろ、終わってもらっても? 」


 いつまで待っても終わらない、小真希の懸垂。

 先輩は申し訳なさそうに、終わってくれと頭を下げた。


 体力測定と言えど、男子にとっては見栄を張って競い合う競技。

 女子と違ってどの測定も、限界まで体力を絞り出す。


 最後に回した持久走では、次々と脱落する皆を引き離し、ダントツで走り続けるリノを、嫉妬に塗れたジーニスが、睨んでいた。

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