第18話 発見した開拓地は(改)

 どこまでも深く、漆黒の底まで揺蕩う硬質な銀河の淵に、薄靄うすもやが湧き上がった。

 地平の遥か先。虚と実の間合いで暗闇が退き、明けの女神が目を覚ます。

 大地のかいなから身を起こした天空は、名残惜しげに一点の火を灯した。


 瞬く間に金より白金の輝きが、滑る様に地平の果てまで両腕を広げ、生まれたばかりの火の塊は、生き生きと恵みを撒き散らして、天空へと駆け昇る。

 あたり一面に降り注ぐ光と熱が優しく大気を揺らし、生まれ出た今日の時を刻み始めた。


 壮大な来光に感動するかたわら、小真希はマントにくるまったまま、欠伸を連発する。

 山頂の気温は低く、危うく永眠するところだった。


「眠い」


 夜中は半端ない寒さだ。このままでは、理想の山頂ライフが壊滅する。

 収納を探って引っ張り出したサンドパンを、口いっぱいにかぶり付いた。

 熱いお茶がほしい。


 マントの中でゴソゴソと身体を動かし、こわばった手足をほぐしてから、思い切って立ち上がる。


『おぉ、やっと動く気になったか。いいぞぉ、面白い事をやってみせよ』


 相変わらずテンションの高い精霊だ。


「さぁあ、開拓地側は、どうなっているのかな? 」


 構うと飽きるまで遊ばれると、学習した小真希。

 まずはどこまでスルーできるか、試してみる。


 ダンジョン側は森林地帯で、魔獣の天国みたいな環境の中を抜けてきた。

 できれば小真希の地所は、開拓の進んだ南山脈側に近しい環境であってほしい。

 何はともあれ、用心して絶壁の上から覗き込んだ風景に、思わず息を詰める。


(段々? え、高台? え? 人? えぇ? )


 山越えしてきたダンジョン側の森林地帯よりは、幅の狭い高台の森の中にポツンと空き地があり、二個の豆粒人間らしきものが畑仕事をしていた。


「さすがにここから降りて急に挨拶したら、びっくりするよね。仕方ない、入口側に回ろう」


 念のため、少し入口の麓寄りに尾根を登った場所から下を伺うと、同じように豆粒人らしきものがいる。

 こんなことなら、初めから正規のルートを来るのだったと、後悔した。


(ん〜、どのくらい居るのかしら。【探知】北開拓地一帯)


 俯瞰するようなマップを展開して、北開拓地の全容が浮かび上がった。


「……これって……指定された開拓地じゃない? へ? 」


 小真希のマップに表示される開拓地の地番は、高台の向こう側だ。

 ひょっとして、こちら側の高台は、ギルドに秘匿されている開拓地かもしれない。


「……これ、うっかり出会ったら、命が危ない事案かも……」


 顔見知りですらない新参者の小真希は、はっきり言って不審者だ。もし、この場所が秘匿された開拓地なら、問答無用で攻撃される。


「……だめだこりゃ…」


 頬を掻いた小真希は、あっさりと回れ右をした。


*****

ドロップ品の買い取り、お願いします」


 諦めて引き返してから、約十日。

 ダンジョンに潜って、それなりの稼ぎを得た。


(ショベルとツルハシは買ったし、もうちょっと稼いだら、食料を仕入れて開拓地へ行ってみようかな)


 小真希が拾うドロップ品は多く、初めは嫉妬や難癖の的になった。だがしかし、見かけによらず破天荒な力量に、格下の荒くれ者がおおかた沈んだ段階で、無謀な手出しをする者が居なくなった。


 ミトナイ村の冒険者を別にして、地道に稼いでランクを上げた探索者は、一様に寛大でおおらかな人が多い。

 小真希に絡んで自爆したのは、中位ランクに登れず、鉄か銅のランクで足踏みする半端者だ。


 怪力女とか暴力女とか、果ては化物ばけものなどとやっかむ者もいるが、負け犬の遠吠えでしかない。


(失礼な…ちょっかいを掛けて来る奴が悪い)


 最近では、肝の据わった小真希。変われば変わるものだ。


「お待たせしました。査定が終わりましたので、会計の方へお願いします」


 受付嬢から番号札を受け取って、奥の個室へ向かう。


 買い取りの代金は、個別に分かれた会計室で受け取る仕組みだ。

 受付のカウンターに沿って奥に進めば、詰まった間隔で扉が並んでいる。

 扉の幅が部屋の横幅で、縦長の部屋の奥に、カウンターを挟んで支払いの受付員が、ひとり。

 なにぶん現金を扱う場所ゆえに、どの扉を開いても、惚れ惚れする素敵筋肉の勢揃いだ。 


「おぅ、頑張っているな。若いのに感心だ」


 このところ、小真希はこの受付員がいる部屋を利用している。

 三十代で筋肉が少し大人しい、ショーンという朗らかな男だ。

 好ましいのは、暑苦しさが他よりマシなところ。


 番号札を渡して椅子に腰掛けた小真希を、ショーンはいつもの笑顔で一瞥した。

 受け取った番号札を、背面の小窓から差し入れてカウンターに肘をつく。


「早く開拓地をモノにしたいので。もうちょっと稼いだら、しばらくそっちに専念します」


「そっかぁ。難儀なこった。ホイよ、確認してくれ」


 札と交換で小窓から差し出された角盆を、明細ごと小真希に差し出した。

 今日は五階層まで潜った成果で、銀貨五枚と銅貨八枚の稼ぎだ。円に換算すれば、五万八千円くらいになる。


 三階層まではゴブリンとスライムしか湧かないが、四階層と五階層にはゴブリンの上位種が湧く。

 上位種は魔石の買い取り価格が倍になるので、地味に美味しい。


 六階層からはオークと黒狼がパラパラ湧く加減で、パーティーを組むようギルド側から勧告が入る。

 固定のパーティーを組まないなら、幾つかあるクランに入団して、適正な団員と潜るよう、推奨されるのが定番だ。 


「前も聞いたが、そろそろパーティーを組む気になったか? なんだったら紹介しても良いぞ」


 ギルドから見れば、いつまでもソロで攻略している小真希は、危なっかしい。

 駆け出しではあるものの、腕はレオンギルドマスターの折り紙付きだ。


 ギルド側の本音を言えば、高ランクのパーティーに組み込んで、ダンジョン踏破を促進したいのだろう。


「ありがとうございます。でもねぇ、本業を怠けると、開拓地の権利を消されるかも知れないし……そうなったら困ります」


「……あぁ、ルイーザな…ぅん、そうだな…」


 ミトナイ村の、と言うよりも、ルイーザの無茶振りを知っているショーンとしては、強く勧められないのが痛いところだ。


「そういうわけで、もう少しソロで頑張ります」


「ぁははっ……お疲れ」


 ギルド員に課せられたノルマではないが、ダンジョン内で小真希の戦闘を見たパーティーやらクランから、顔つなぎしろとせっつかれているようだ。

 接触を図るにも自爆玉砕した前例を目にしている為、は直接交渉を敬遠している。

 仲を取り持てと迫られて、お疲れなのはショーンだろう。


 まぁまぁの稼ぎを持って探索者ギルドお勧めの宿へ帰り、やっぱりまぁまぁの食事を摂った後、藁の匂いが気持ち良いベッドに飛び込んだ。


『おいおい。今日も我を無視して、感心な根性になったな』


 寝転んだ真上に浮かぶ精霊は、もはや小真希にとって風景の一部と化している。


「ん……今日もお疲れ様」


 がっつりと眠る体制に入った小真希を、雰囲気の変わった精霊が睨みつけた。


『うっかり忘れているのか、しっかり忘れたふりをしているのか、はっきりさせようではないか。我に譲るお前の身体を、今ここに出せ』

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