第19話 ダンジョンでの出会いに ためらう(改)

 静かに静かに怒っている精霊を見て、ここまでかと観念する。

 のらりくらりと逃げ回ったけれど、限界が来た。


 不本意とは言いながら、こういう状況で生きていられるのは精霊のお陰だ。

 ゆっくりとベッドの上で正座して、腹を括る。


「うん、分かった。渡します」


 細心の注意を払いながらを床の上に出せば、エリンが着ていた貫頭衣に包まれ、綺麗な遺体が横たわる。

 破れていた衣の穴を修復リペアし、眠っているように見える頬を撫でる。


「今まで、一緒にいてくれて、ありがとう」


 自分だった身体と、付き合ってくれた精霊に感謝して自然と言葉が溢れた。


 小真希を受け取れば、精霊は離れてしまうだろう。

 めちゃくちゃ口が悪いし性格も悪い精霊だが、居なくなれば寂しくなると思った。


『よし、受け取った』


 嬉々として手を翳す精霊から闇が溢れ出し、再び闇が晴れた床の上には、何も残っていない。


「大事にしてね」


『あい分かった。では、また明日な』


 瞬時に消えた精霊。

 しばらく固まっていた小真希は、ふるりと頭を振った。


「……また…あした? 」


 遺体を渡せば、どこかへ行ってしまうと思っていたのに。。


「……くぉのぉ! わたしの感傷を、かえせぇ〜」


 早とちりだったのかもしれないが、この複雑な気持ちを分かれ理解しろと叫びたい。

 腹立ち紛れのボッチ自棄酒やけざけに突入した小真希は、お高いビールを半分空けた時点で、正常な意識が翔んだ。


「せぇーれぇーのぉー、ばぁーろぉー……ヒクッ」


 天井近くで観察していた精霊が、理不尽だとばかりにむくれたのを、小真希は知らない。


 明けて昼前。

 すっかり寝過ごした小真希は、下層の攻略を諦めて、一階層をくまなく回ろうと決めた。


 効率よくドロップ品拾う儲けるのに、今までは植物のエリアを無視して通り過ぎている。

 最初に潜る時、五階層までならギルドで提供していると、受付嬢ライランに地図を貰っていた。


 普通の新人は、ゴブリンの区画エリアへ突っ込む前に、手前の枝道へ逸れて採集から始める。

 枝道付近から生えているモルネリ草ダンジョン産のおかげで、採集エリアに魔獣は出ない。


 どうせなら高額の魔草が良いと思い、詳しい分布を確かめにカウンターへ寄れば、とっても良い顔をした受付嬢ライランが、依頼書を一枚差し出した。


「コマキィさん。一階層を回るなら、ついでに地図の更新を、お願いしますね? 」


(目だけ笑っていないって、どんだけ器用なんですか、受付嬢ライランさん。強制依頼ですか、そうですか。怖いです。断ったら、くまさんギルドマスターが出て来ます? )


 頭の中で冗談を言っていたら、奥から出てきたくまさんギルドマスターと目が合った。


「分かりました。行ってきます」


 怪訝な顔をされたが、笑って誤魔化そう。


 いつものように、ダンジョン入り口は混雑していた。

 何日か篭って帰還したパーティーや、夕方から湧く魔獣狩りに、今から時間を潰す者で、入り口広場アリーナは埋まっている。


『行こうぞっ。どうせなら最下層だ! 』


 燃えている精霊は放っておいて、腰の両側に吊るした双剣の位置を馴染ませる。ついでに気になるグローブの緩みも引き締め、足元にも視線を落とす。

 胸部と手足は、下取りの古い防具の補修品だが、贅沢は言っていられない。

 最低限の装備なので、周りからは心もとないと言われるが、これでも揃ったほうだ。

 緩みや解けた部分がないか確認して、ようやくダンジョンに踏み込んだ。


 一階層でも油断すれば、人間なんてすぐに死ぬ。


「油断大敵って、昔の人が言ってた……らしいから」


 マップを展開して、魔獣の位置を把握する。

 何があっても、死に戻りは遠慮したい。


「どけっ! 」


 走り出してきた男たちを軽く躱して、小真希は首を傾げた。


「もぅ、せっかちねぇ」


 荒くれ者の気配が濃い、厳つい男たちだ。


「最近、むっさい人探索者ばっかりと出会うよね」


 気合を入れ直して、ダンジョンと向かい合う。

 ギルドの地図とマップを重ねて、迷いなく枝道へ進んで行った。


 思ったより早く、モルネリ草が匂ってくる。

 ツンというか、キュンというか、爽やかな香りを混ぜたせいで、かえって鼻の奥が痛くなる臭いの底から、焦げ臭い匂いが立ち登ってきた。


「ん? 」


 揮発性のが強くなってきた辺りで、争っている物音が聞こえ始める。

 嫌な予感がした。


「また、タダ働きは、したくないよ……」


 怒鳴り声に、聞き覚えがある。

 できれば会いたくないが、迂回路はない。


「はぁぁ……しゃぁない仕方ない


 トボトボと、溜息を零しながら着いた広場で、小真希は目を見張った。


(血塗れ、ゴブリン? )


 居るはずのない数匹のゴブリンが、棍棒を振り回していた。

 片腕がダラリと垂れたもの。片足を引き摺っているもの。頭から血を流しているものが、人を襲っている。いや、常軌を逸して暴れ狂っていた。


(…モルネリ草の…せい? )


「くっそぉ! ソアラに近づくなっ」


 必死で応戦しているのは、マリウスだ。

 無駄に振り回すゴブリンの棍棒がソアラに向かないよう、マリウスも木剣木の枝を振り回している。


 ソアラを後ろに庇って、同じように棒を振るケイロンは、限界が近い。

 尻餅をついたソアラは怪我をしたのか、足を抱えて泣いていた。


(これ、助けていい? よね? )


 初めての出会いで、意図せずに角鳥の角を砕いて、マリウスに怒鳴られたのがトラウマになっている。


『……先に、聞けば良いのではないか? 』


 精霊の助言にポンと手を打ち、いそいそと近づいて行く。


「えっとぉ……助けても……良い? かな? 」



 呑気すぎて場違いな質問に、マリウスは涙目で叫んだ。


「さっさと助けろぉ! 」


「えぇっ? ひどい言い方ぁ」


 俺様なマリウスはで良いが、ソアラ中心で助けよう。それと、ケイロンも。。


 イラっとした小真希は、双剣の柄に手をかけた。

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