第20話 血塗れゴブリンの怪(改)

「なんで、ゴブリンが、ここに、居るのっ」


 ソアラに向かって棍棒を振り上げた一匹目の首を撥ねる。が、食い込んだ刃は、浅く滑って致命傷にならない。

 すぐさま後退バックステップで距離を取る。


 横合いから体当たりして来たゴブリンの足を払い、転んだ胸を一突きするも、切っ先が弾かれた。


「うっそぉ! 硬過ぎっ」


精霊の紋章大地の精霊の加護を、解放します』


 ふわりと両手の甲が暖かくなり、握った柄を通して小太刀が発光した。


 後ろから掴みかかるのを、振り抜いた後ろ蹴りで跳ね飛ばす。

 錐揉みしたゴブリンが壁に激突し、それが落下する前に、前から殴ってきたゴブリンを、力いっぱい斜めに切り上げた。


 胸板の硬さを意識したが、今度はあっさりと刃が通り、斜めに傾いで床へ沈む。

 

 蹴り飛ばした衝撃で壁に激突したゴブリンに駆け寄り、今度こそ胸を貫いて仕留める。


 最初に胸を突き損ねたゴブリンが、起き上がった。


氷矢アイスアロー


 すかさず詠唱し、剣先から氷針を射出。

 喉元に吸い込まれた針が、ゴブリンもろとも爆散した。


 無手で殴りかかってきたゴブリンを、上段から斬りおろし、残った一体が無茶苦茶に振り回す棍棒を避け首を裂いた。


 すべてのゴブリンが魔石を残して消えるまで、警戒は緩めない。

 マップから五個の赤点が消えて初めて、小真希はソアラたちに向き直った。


「大丈夫? 」


 壁に張り付くような体勢で、びっくり顔の三人は、首を振って頷いた。


 小真希が一歩近づいただけで、恐れるように仰け反るのは、どういう意味か問いただしたい。


『ゴブリンの魔石を自動回収しました』


(ありがとう)


 怖がられている現状で独り言を呟いたら、完璧な変人だ。

 人前を気にして、心の中で礼を言う。


「このエリアにゴブリンが出るなんて、異常だわ。報告に帰るから、一緒に行く? 」


 お互いの顔を見合わせる三人へ、気分が沈む。


「あの……わたし、足が……」


 本当に恐る恐る声を上げたソアラの横で、マリウスが地面を見回し始めた。


「あれ? 魔石は? 」


 身の安全より魔石の心配とか、初対面のままブレない奴だ。

 自動回収したなどと知られたら、面倒臭い事になりそうだった。


「そんなものより、早く出ようぜ。ソアラの怪我が心配だ」


「そんなものって、ダンジョン産の魔石だぜ。金になる」


 這いつくばって探すマリウスに、あきれ返る。


「この、馬鹿マリウス! 」

 

ケイロンの一喝と落ちたゲンコツに、マリウスは頭を抱えて蹲った。


「ゴブリンを倒したの、お前じゃないだろっ」


 グズグズ泣いていたソアラは、小真希を見上げて手を伸ばした。


「早く出たいわ。すごく怖い。ねぇ、連れて行ってくれる? 」


 ぎゃんぎゃん騒ぐ男どもを無視して、柔らかな手を取る。


「任せて。ギルドまで、ひとっ走りよ」


 手を繋いだまま背中を向けて待つ間に、ソアラの葛藤するつぶやきが聞こえた。


「急いでるから、早く乗って」


 背後で深いため息がした後、柔らかな感触が、背中と持ち上げた手のひらに。。


(……良いもん…羨ましくないもん……グスッ)


 身体強化で軽く歩き出せば、慌てたマリウスが追いかけてきた。


「ソアラは、俺が! 」


「いらない! コマキィがいいの! 」


 ぎゅっと首に抱きつくのはやめて? すごく苦しいから。。


「マリウス、やらしいから、嫌っ」


「え゛ぇぇぇぇ……」


(諦めろ、ガキ大将。あんたの対抗心なんか、いらんわ! )


 速度を速めた小真希に、ひいひい言いながら着いてくる男ども。。

 マリウスもケイロンも、文句を言う元気はなさそうだ。


 ダンジョン入り口アリーナでも足を止めず、必死で食らいつくマリウスたちを従えて、探索者ギルドへ飛び込んだ。


「ライランさーん。個室で相談、お願いしますー」


 丁度、目の前に座っていた受付嬢ライランに、足踏みしながら訴えた。


「コマキィさん。依頼した件についてでしょうか」


「正解です」


 返事の仕方が悪かったのか、ちょっと肩を揺らしたライランに、笑ってみせる。


「……分かりました。こちらへ」


 膝に手を置いて息もつけないマリウスとケイロンも、ソアラから離れたくないようで着いてくる。

 案内されたのは、くまさんギルドマスターの執務室らしき部屋だった。


「ちょっとお話しがありますので、ソファーをお借りしますね」


 くまさんギルドマスターの抗議は無いものと判断したライランが、とっても偉い人に見える。


「おおーぃ。ここ、俺の部屋だが……」


 諦めの悪いくまギルマスは嫌われるよと、目線で訴えておこう。

 お構い無しに座るよう、ライランに指示されて、ソアラを長椅子ソファーにおろす。


「怪我をされましたね。ポーションはご入用いりようですか? 」


 ライランの問いに、ソアラは預けている手荷物を持って来るよう、ケイロンに頼んだ。

 探索者ギルドには、荷物の預かり窓口がある。

 ケイロンが戻ってくるまでに、ライランはお茶を淹れて自分も喉を潤した。


「……俺の部屋」


「ギルマスは、お仕事を続けて下さって宜しいですよ」


 和やかなライランに、くまギルマスはササッと目を逸らした。

 帰って来たケイロンから荷物を受け取り、足を引き抜くように脱いだブーツの下は、足首が酷く腫れていた。


 治療薬ポーションを少し垂らし、残りを飲み干したソアラは、長椅子ソファーに伸ばした足をタオルで隠す。


「それで? どうされました? 」


 改めて姿勢を正したライランに、気持ちを切り替えた。

 一応、証拠としてゴブリンの魔石をテーブルに乗せる。

 魔石を見たマリウスが何か言いかけ、ケイロンに注意されて黙った。

 きっと、いつの間に拾ったのか、聞きたかったのだろう。


「薬草のエリアに、ゴブリンが居ました。かれらが襲われていたので討伐しましたが、わたしが遭遇した時は、手負い状態でしたし、異常でした。耐久力が、おかしいというか……何があったのかは、かれらのほうが詳しいと思います」


 簡単明瞭に伝え、三人を手のひらで示して、話しを振った。

 顔を見合わせて譲り合う三人だが、渋々口を開いたのはソアラだ。


「薬草の採集依頼を受けて、朝から植物区画エリアに行きました。お昼ご飯の後、もう少し採集していたら、急にアレが飛んできて……血塗れだったわ。逃げ回ったけど、わたし、足を挫いて……最初から入り口を塞がれていたから、もうダメかと思った。そしたら、コマキィが来て、助けてくれたの」


 ライランとくまさんギルドマスターが見交わして、頷きあう。


「交戦する前から、ゴブリンは手負いだったのですか? 」


 慎重なライランの口調に、ソアラはしっかり目を合わせた。


「はい。振り向いたら、血塗れで立ち上がったから…」


 唇を噛んでため息を落としたライランは、身を乗り出して声を潜めた。


「あなた方の誰か、もしくは全員が、人に恨みを買っていませんか? 」


 唐突に無関係な質問をされて躊躇うソアラたちに、ライランは魔石を摘み上げて、しっかり見るよう促す。


「ゴブリンの魔石にしては、おかしな濁り方をしているでしょう? 」


 摘んだ指の先に、白と暗褐色がマーブル状になった魔石がある。


「モルネリ草の落とし穴で発見された魔獣からは、こういう特殊な魔石が取れます。薬効に侵されてし、有り得ない強さを発揮した個体からしか、この魔石は取れません。確実に、人為的に、知的生物が関与しない限り、コレは生成されません。本当になのです」

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