第21話 そこまで殺《や》るんやぁ(改)

 狂化したゴブリンの魔石を見て、三人は申し合わせたように項垂れた。


「心当たりが、ありますね? 」


 ライランのダメ押しで、ソアラがもう一度息を吐く。


「証拠はないわ。でもね。わたしが目障りだった事は確実よ」


 ゴブリンの恐怖からか、前に顔を合わせた時より、ソアラは随分とくたびれて見えた。

 チラッと笑んだ顔が、何だかやさぐれて、煤けている。


「この十年。納税額を誤魔化して、とんでもない金額をらしいわ。この、わたしが」


 ソアラは今年十七才。

 どんなに難しく計算しても、七才くらいから脱税していた事になる。


「あの、馬鹿女っ」


 まったく打ち合わせも無しに、この場にいる全員が、同時に声を合わせた。


「村長は、それを認めたのだな? 」


 軋むほど椅子の肘掛けを握りしめたくまギルマスが、凍るような声を出す。


「……レダに介護されている身で、何ができるのかな」


 ソアラが呟いた聞きなれない名前に、首を傾げる小真希。

 側にいるケイロンが、後妻と同い年の、村長の娘だと教えてくれた。


 二年前に小規模の魔獣暴走スタンピードがあり、少なくない被害が出た。

 その時の怪我が原因で村長は身体を壊し、寝込むようになったらしい。

 ソアラは滋養のある薬草を組み合わせ、錬金して体力回復薬ポーションを作り、定期的に納めていた。


「……滅多な事は言えないけど、わたしは…邪魔? 」


 あの、どうしようもない受付嬢ぼったくりを思い出して、はらわたが煮えてきた。


「ですが、証拠はありません。如何ともし難い案件です」


 ダンジョンの薬草エリアに、手負いのゴブリンが放たれても、犯人は特定できない。ライランの注意喚起に皆は黙った。

 犯人かもしれない。たぶん犯人だろう。くらいで、平民ごときの訴えは成立しない。


「アレが後妻に入って、村から追い出される女性は居たわ。脱税みたいな犯罪を起こしたら、住民権を削除される。そうなれば、開拓民になるしかない。わたしにも順番が回ってきたんでしょ。おとなしく開墾でもするわ……ぁ、そうだ。わたし、あなたの地所の奥に開拓地を振られたの。よろしくね、コマキィ」


「え゛」


 ソアラを開拓地の奥の奥へ追いやるなど、本気でこの土地から追い出すつもりだ。

 できるだけ早く開拓地へ行って、現地の確認をした方が良いかもしれない。魔獣対策やら土壌改良やら治水やら。。


 なんだかんだ言いながら、燃えてきた小真希だった。

 

*****

 北山脈側の開拓地は、背丈を越える藪で覆われた先にあった。


 マップ機能でしか見つからない北山脈開拓地の入り口には、半ば朽ち果てた道標が、かしいだ姿で蔦に埋もれていた。

 見える範囲の先で、谷川から流れた川に橋が架かっている。


「……ふっざけないでよねぇ! 」


 奥歯を噛み締め、両拳りょうこぶしを震わせる小真希。

 もう何年も、人が通った形跡はない。


「こんなの、通り過ぎてもわからないわよ! 街道の管理くらい、やりなさいっ。あんぽんたんぼったくり女! 」


 叫んだ事で気持ちを落ち着け、ゼィゼィと肩で息を吐く。

 見事なくらい開拓地への入り口は、無いものになっていた。

 これでは行商人も、北山脈側に開拓地があるとは思うまい。


「やり方が汚いわ。なんか、絶対、発展させてやるっ! 」


 発展させたら税収で儲かるのは、あんぽんたんぼったくり女なのだが、頭に血が上っている小真希は思いつかない。


『まぁ、ほどほどにな……』


 先で頭を抱えるだろう小真希を想って、精霊は含み笑いをした。


「よし! まずは地所まで道をつけるわよ」


 グッと拳を握る小真希に、固有技能ユニークスキルが反応した。


『了解しました。サバイバル限定技能オリジナルスキル【開拓】を、解放します。大地の精霊の加護と、リンクしました。精霊の眷属を使役。【開拓】に連動して発現します。完成のイメージを要求します。マニュアル/オート選択してください』


 当然のように浮き上がったスマホに驚いて、一瞬惚けた小真希。

 やってしまった感に冷や汗を流すも、勢いに乗って画面の【オート】をタップ。


「し……自然な感じで、頑丈だけど、素朴な地道をお願いします……」


『了解しました。悪意感知と赤点魔獣、及び赤三角危険人物の侵入拒否も設定、展開しますか? Y/N 』


「ぁ、はい」


 迷いなくイエスをタップし、設定の完了を待つ。


『自動開拓へ接続アクセス。歩行速度に合わせて、開拓を始めます。道の両側及び広範囲に、魔物除けモルネリ草の移植を推奨します。移植しますか? Y/N』


「……イエスでお願いします」


 踏みしめた足元から三歩先まで、道幅五メートルの地道が完成した。

 突き固めた地面は中央から両端へとわずかに湾曲し、側溝代わりの砂利道へ続く。その外側を、広範囲でモルネリ草が育っていった。

 これなら雨が降っても水溜りにはならないだろうし、ある程度の魔獣は近寄れない。

 モルネリ草のおかげで魔獣が近づかないなら、侵入拒否設定が不自然でも、カムフラージュになる。


「よしっ、いける」


 やれやれと肩をすくめた精霊を引き連れ、小真希は傾斜のきつい山へと足を踏み入れた。


 一時間ほど進んだ場所から、西側が切り立った崖に、東側が浅い谷になってくる。

 谷川の水量は豊富で、点々と突き出した岩を洗う水面が、陽の光を反射した。


『崖に沿う位置での山道を推奨。崖崩れの対策を、同時施工します』


 至れり尽くせりの技能スキルに感謝しながら、小真希はのんびりと散策気分だ。

 こんなに甘やかされて良いのかと誰かに聞かれればば、良いに決まっていると答える。


『最初の地番を通過します』


 浅い谷側を見て、がっかりする。

 流れを挟んだ対岸は、荒れ放題の草地に雑木が繁茂していた。

 この辺りは川を挟んだ向こうも、開墾可能な土地だ。

 魔獣も小物の領域だから、魔物除けモルネリ草を植えた時点で、開拓は比較的簡単だと思われる。


「ここで頑張れば、大きくできそうなんだけど……」


 もったいないと思いながら、行き過ぎる。


「やっぱり上に居るのかな…」


 チラと崖を見上げ、あまり深く考えずに先へ行く。

 三箇所の地番を越えたところで、夕闇を迎えた。

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