第17話 オンジになるっ (改)

 モルネリ草の丸木小屋から半日。

 そろそろ陽も傾いてきた。

 やっとの思いで長大な絶壁にたどり着けば、見上げるだけで、後ろにひっくり返る高さだ。


 この辺から上は、岩と、岩と、あいだに草がちょっとだけ生えている。

 あまりに岩だらけで、木の根を張りにくい地形だろう。

 所々に頑張っている、ひょろひょろした低木。

 運の無い場所に種が落ちたのか。。


 マップに映る青い線安全進路は、目の前の崖を突っ切って、向こう側に達していた。


「……登れと……」


 眉間にシワが寄る。たぶん寄っている。。


「ロッククライミング? ……身体強化なら……たぶん? 」


 腕組みして考えても、誰も答えはくれない。

 くだんの精霊も、フヨフヨ浮きながらお昼寝? 夕方寝? 。それで着いてくるのは、めちゃくちゃ器用。。


『身体強化の途中で緊急事態が発生した場合は、肉体操作マリオネットを自動的に発動します。回復の休止時間クールタイムにご注意ください。万が一肉体操作マリオネットの連続発動が必要な場合は、大地の精霊のマナから力を補填し、維持できる緊急処置も設定しました。終了後の休止時間クールタイムは長くなりますが、ご安心ください』


 小真希の気持ちを忖度そんたくして、サバイバル逆境を生き抜く処世術が仕事をした。


「ぃや別に。無理しなくても、他の方法を考えてくれても良いのよ? 」


 ブツクサ言いながら、手近な岩の出っ張りに指をかける。

 数十メーター登ると、岩肌が反ってきた。

 このままでは、足が着かなくなる緊急事態。

 ただ、ここまで来て降りるのも、面倒くさい気がする。


 結局は指の力を頼りに、続行する羽目になった。

 頂上辺りまで頑張ったが、四十五度以上のオーバーハングで、肉体操作マリオネットが発動。大地の精霊の加護も発動した。


 無敵、万歳。アリガト、大地の精霊。。


 青線安全進路の誘導に従っているのに、本当にサバイバル逆境を生き抜く処世術だ。


「正規の道を行くほうが、楽だったかもしれない」


 山脈の裾野を遠回りしながら行く道でも、身体強化で走れば、案外時短で踏破できる気がしてきた。

今度行くときは、そっちを通ろう。


「きっつぅ……おのれ、ルイーザめ。あんたの根性悪のせいだ」


 見越したように目覚めた精霊が、高さを調節して着いてくる。

 お気軽に笑い転げて、なによりだ。


(いつか殴っちゃる。絶対あんたも許すまじ! )


 気が抜ける精霊の応援を受けながら、強行突破で登る。

 青い点で次の出っ張りを教えてくれる位なら、もっと安心安全の道を示してほしかった。

 なんという不親切設定の技能スキルだろう。


 身体強化していても、肉体操作マリオネットで登っても、感情を支援コントロールしようとも、命綱無しは無いと思う。

 ぽっ、ぽっ、と移動して点滅するたびに、イラッ、イラッとテンションが上がる。


「ぉらぁぁぁぁぁ! やっちゃるぅぅぅぅぅ! 」


 一応、乙女な小真希なのだが、状況によっては、雄叫びを上げる生き物だった。


 深夜。。


(もぅ動きたくない……)


 実際は、動きたくても動けない。

 休止時間クールタイムを満たした肉体操作マリオネットを使えば動けるが、そうまでして動くなど、ブラックか。。


 大の字に寝そべりながら、吸い込まれそうな星空を眺める。


 輝きが多すぎて重たい満天に、月の姿は無かった。

 息が止まるほど深い夜空は、畏敬が行き過ぎて、芥子粒の小真希は怯えに震える。

 背中を預けた大地が、空気よりおぼろになり、心細い。

 気を抜けば、今にも天へ零れ落ちそうに感じる。


「こんな星空、見たことない」


 異世界に翔ばされたから、見たことがないのは当たり前だが、召喚される前の世界でも、こんなに見事な星海は知らない。

 遮るものが何もない山頂で、全天の有様を独り占めなんて、言葉にできない体験だ。


「……すっごい…贅沢」


 ヨーデルが聴こえ、セントバーナード犬が走ってきそうだ。


個人情報ステータスが、変更されました』


 感傷と情緒に浸るに、がっつりと踏み込んでくる声。。


「ん? そう言えば、このアナウンスって、何なの? 」


『……サバイバル技能スキルの、セット機能です』


 そんなお得な機能があるのかと、しばし頭が空白になった。

 結論。お菓子のオマケかと思ったが、口には出さない。


「さて……そろそろ動かないと、赤点がやばいよねぇ」


 マップでは、山脈の北に近い側。尾根の突端に、青くて丸いソナーがある。それが自分の位置で、そこから南に伸びる尾根の中央付近から、赤点の群れが接近していた。

 こんなところに敵対生物赤点が居るなら、殲滅しておきたい。


 麓から山を見れば、鋭く尖った峰の連なりだ。

 絶壁しかない山脈の尾根に、登頂できた者は居ないと言っていた。

 断固として人を締め出す稜線が、これほど広くて豊かな丘陵地を隠しているとは、誰も思わないだろう。


「初登頂の記念に、わたしが貰ってもいいよねぇ。決めた。ここは、わたしの土地


 心底嬉しそうで、限りなく灰色の笑みが浮かぶ。

 自分の土地は、自分の城。

 自分が守るのは、当たり前だ。

 張り切って立ち上がった小真希の目の前に、久々のスマホが浮かび上がる。


『大地の精霊に、結界コロニーの付与を授かりました。展開しますか? Y/N』


 一気に結界の詳細が、頭に雪崩れ込んでくる。


「これ、楽ちん! イエスで、ポチッとな」


 マップ上で迫っていた中央からの赤点が、箒で履くように離れてゆく。


結界コロニーの範囲を、決定して下さい』


 やや拡大したマップに矢印が浮き出し、動かすと点線になる。


赤点敵対生物赤三角悪意を持つ人間だけ、締め出せるかな? 」


 もしも結界の線を引いて、北側の開拓者が行き来できなくなるのは困る。


『可能です。結界より外側二百キロに、敵対、もしくは不利益をもたらす標的に対し、認識阻害と混迷の効果をもたらすよう、下位精霊を配置します』


「は? なんですと? 」


 言葉がちょっとおかしい。


『大地の精霊の加護により、下位精霊の使役が可能になりました』

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