第57話 お泊まりレーン
村長とレーンが風呂に入った途端、小真希は速攻で来客用の洞窟住居を掘った。
壁と床、天井は、綺麗に固めて表面を磨く。ちょっと大理石っぽい。
ソアラに言われるまま部屋の奥の土を盛り上げ、布団代わりの毛皮を敷き、肌触りの良い
入口も分厚い毛皮を垂らして、簡易の扉ができあがった。
「蝋燭、持ってきた」
燭台と空の木箱を両手に下げて、ケイロンが入ってくる。
保存食が入っていた木箱は、盛土ベットのサイドテーブルに、ピッタリな大きさだ。
燭台にセットした蝋燭を乗せれば、即席の小机になる。
「誤魔化せるかな」
勘の良い人なら、洞窟がもうひとつあったかなと、疑問に思うだろう。
「疑問に思われたって、知らん顔をしておけば? 。人の認識なんて、曖昧だし」
水が入った陶器の瓶と木のコップを持ってきたリムが、燭台の横にトレイごと置きながら言う。
「風呂から上がって軽く昼食を済ませたら、ホアンが川辺を案内するって言ってる。その間に、あんたらの洞窟住居から上の地下室まで、こっそり階段を付けろってさ。コマキィ、がんばれ。「女性に冷えは厳禁ですからね」な〜んて。ホアン、過保護ぉ」
ホアンの
「了解でーす」
元気な小真希に若干眉をひそめたリムは、ソアラと頷き合った。
ケイロンは我関せずで、買いこんだ荷物の整理に出てゆく。
「今夜、俺たちは洞窟住居で寝泊まりするんだと。村長とあんたらは、夜半に家へ帰ればいい」
隠蔽工作だと、小真希の目がキラキラする。
「くれぐれも、静かに行動しろよぉ」
「大丈夫! 任せて。じゃぁ、始めまーす」
張り切る小真希と、肩を
「まずは昼飯な」
「そうよ」
さっそく取り掛かりそうな小真希を、ふたりして引き留める。
昼食の準備を手伝いに、小真希を引っ張って焚き火まで移動した。
湯上がりのレーンは、ほっこりした様子で切り株に腰掛けている。
村長が勧める果実水を気に入って、おかわりしていた。
焚き火の周りを幾つかの切り株で囲い、テーブルがわりに使っている。
平べったく焼いたパンを籠に盛り、
香ばしく焼けた魚も皿に取り、甘みの少ない果実水を配った。
「ようこそおいで下さった。歓迎いたします、レーンさん。これからも、良いお付き合いをお願いいたしますよ」
村長の合図に、歓迎会を兼ねた昼食が賑やかに始まった。
「ありがとうございます。それにしても、村長さん。お元気になられましたね。ミトナイ村の事は、
正直者で信頼が置けるから、レオンは細かな情報を伝えていたらしい。
レーンは、焼き上がったばかりで香ばしい魚の串を手に取った。
パードック神星王国の主な海岸線は、波の荒い北海だ。
王都バリスからも遠く、海岸線の領民以外に、新鮮な魚を口にする機会は少ない。
ミトナイ村も、海に縁のない領地にあった。
「新鮮な川魚は、ひさしぶりで口にします。パレイには、隣りのジン皇国から、海魚の干物は入って来ます。ですが、近くの河は生活排水で汚れてしまい、魚じたいが臭くて食用にならないのですよ」
レーンの話で、パレイは河が汚染されるほど人口が多いと分かった。
排水の浄化設備を造れば、河の汚れは少なくなるだろうに、そこまでの知識は無いのかもしれない。
「ジン皇国からの交易品は、多いのかしら。前にジン国産の、瓶詰めの果物を食べたの。とても美味しかったわ」
味を思い出したのか、レダの顔が蕩ける。
砂糖などほぼ無い開拓地は、自生する果物くらいしか甘味がない。
小真希も長いこと、甘いお菓子は口にしていなかった。
口籠ったレーンの眉が下がる。
「……それが、どうも皇都の治安が悪くなって、皇都を挟んだ向こう側の領地から、なかなか物資が届かないのですよ。詳しくは知らないのですが、お城の方々が揉めていて、行方不明になられた方もいらっしゃる様で。何があったのかは、詳しく流れてきません……これからの交易は大丈夫なのかと、わたしら商人は心配しているのです」
物流が滞れば、一番に交易商人が困る。
無い物を求められても、商いはできない。
高値になれば、細々と商う行商人など干上がってしまう。
物が無くなれば、民は困窮する。
「さようですか。我々のような開拓民には、縁のない尊き方々ですが……さりとて、噂は大切です。我々辺境の開拓民には、特に」
真顔で言う村長に、レーンは愛想笑いで答えた。
「おっしゃる通りです。心して、耳を傾けましょう。それで、雪が降る前に、ミトナイ村まで頼まれた品を運ぶのですが、こちらでご用意させていただく物があれば、お届けいたします」
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