第56話 冬支度をしよう

 馬車を崖に寄せ、空き地側の幌を巻き上げたレーンは、荷崩れ防止のロープを外して商品を下ろす。

 衣料品から雑貨まで、どれだけ積んでいるのか問いたい量だ。


レオン探索者ギルドマスターさんから色々と伺いまして、ご入用のお品ではないかと、取り揃えております。どうぞ、ご存分にお目通しください」


 地面に並べた箱には、タオルから男物の服や肌着、靴下数種に革靴まで揃っている。

 少し間を空けて並んでいる箱は、鍋や調理器具、木皿などのカトラリーに、乾燥野菜と調味料を含む食品の山だ。


「お嬢様方は、こちらでございます。ごゆるりと、お選びください。あぁ、申し訳ございませんが、靴はこちらで脱いで頂けると幸いです」


 馬車の後部に幌屋根を伸ばし、三方を厚いカーテンで囲った簡易スペースへ案内される。

 きっちりと毛皮を敷き詰め、馬車の上り口には細い鏡が設置されていた。


「では、ごゆるりとなさって下さい」


 レダもソアラも、商品に目がギンギンだ。 怖い。。


 着の身着のままで逃げてきたレダには、着替えがない。

 小真希は収納インベントリに全部入れていたので、新品の肌着を進呈していた。


「すごく可愛い」


 次から次へと着替え、争うように姿見でチェックする。

 一般庶民が愛用する服だが、色といい形といい、他の服とは一線を画す垢抜けたデザインだった。

 柔らかく暖かく。シンプルながら、内ポケットに可愛らしい刺繍が入っていたりして、隠れたおしゃれが心をくすぐる。

 着心地の良い毛皮の上着に、足首までカバーする柔らかなマント、一点物の良さがあり過ぎて、決められない。


「ねぇ、コマキィ。いくら位まで買っていいの? 」


 期待値マックスなソアラに、レダも高速で頷いている。

 今回のドロップには土龍の鱗があった。結構、良い値で売れるはずだ。


「そうね。まぁ、欲しい物を全部選んで値段交渉するか、いる物を選び直すかで良いんじゃない? 」


「キャァァ。コマキィってば、太っ腹っ」


 なにげにハートマークを飛ばしまくる乙女たち。。


「喜んでもらえるのは嬉しいけど、わたし、太ってないからね! 」


 太っ腹の意味は違えど、思わずお腹を押さえる小真希だ。


「とりあえず欲しい物を選ぼうよ。予算を越してたら、選び直そう」


 ソアラの一言で、品物選びが始まった。


 いちばん初めに選んだのは、フランネルの寝巻き三着。

 これからもっと寒くなるなら、水鳥の部屋着も欲しい。

 肌触りの良い肌着は多めで、編み目の詰まった靴下に、柔らかな部屋履きと着替えの服を六セット。


 これからますます天候は悪くなる。洗濯物を外で干すのが困難な時期だ。

 布団も毛皮だけでは寝苦しいから、寝具は持っているだろうかと気にかかる。

 あれやこれや、次から次に、買いたいものが増えていった。


「うん。これくらいは欲しいわ」


 結構な時間を費やして、小真希たちの買い物は終了した。

 誰かがと言ったが、が少ないのか大いのかは、個人的な見解だと思う。


 必要だと選んだ物を抱え、掘り返した畑に敷物を広げたレーンの元に行く。

 四枚敷かれた敷物の一枚分は、男性陣の衣服がてんこ盛りになって、他の一枚には、村長が買い込んだ食料品と生活雑貨が置かれていた。


「お嬢様方のお品は、こちらへお願い致します」


 買い込んだ三つの山を眺め、目を泳がせる小真希たち。。

 七人分の衣服より、誰が見ても倍以上に積まれた乙女たちの衣装だ。

 当然文句の嵐になると身構えたが、返ってきたのは緩い苦笑いだった。


「さて、お売り頂ける商品を、拝見いたします」


 洞窟住居から荷出しする格好で、四枚目の敷物にドロップ品を積んでゆく。


「ほぉー、これは 」


 魔獣の毛皮やありふれた魔石に反応の薄かったレーンが、思わず身を乗り出したのは、やはり土龍の魔石と鱗だった。

 薬草スライムの魔石も、満面の笑みで鑑定器に乗せている。


「素晴らしい状態です。これは高く買い取らせて頂きます」


 希少品と、これからの季節の必需品だと言葉を続けた。


「そろそろ赤斑病の季節です。これだけあれば、たくさんの方が救われますよ」


 高熱と咳が治らず、身体中に赤い斑が広がる流行病はやりやまいは、子供や高齢者が罹ると命が危うい。

 薬草スライムで錬金した薬だけが、赤斑病に効いた。


 手早く売り買いの計算をしたレーンは、金貨十数枚を村長へ差し出した。

 ほとんど物々交換になると思っていたのだが、レーンは善良な商人だったようだ。


「余分がでましたか。これは非常に有り難い。その金貨で、水鳥の上掛け布団は、何枚くらい買えますかの」


 差し出した金貨を受け取らず、飄々ひょうひょうと問う村長に、レーンは冷や汗混じりの苦笑を漏らした。


「ぁはは……かしこまりました。初のお取引でございますので、人数分を揃えさせて頂きます」


******

 商談が成立した後、レーンは喜んで風呂に入った。

 もちろん、ゆっくり浸かりたい村長も一緒だ。


 バードック神星王国の王都バリスは、国土の中央にある。

 ミトナイ村の辺境からは、馬車で十日ほどかかる。

 国境の街パレイからミトナイ村も、だいたい十日の行程だ。


 王都までの街道は、お世辞にも整備されているとは言えない。盗賊が出る事もあった。

 途中の宿場町も栄えているとは言い難く、国の地力が減っていると強く感じる。


 王都バリスの宿ならともかく、途中の町や村の宿に風呂は無かった。

 レーンにとって、十日近くお目にかかれなかった風呂だ。


「ぉぉぉぉ……ふぁぁぁ……」


 大袈裟と思えるほど、感動したレーンの雄叫びが響く。


 交戦中のウィンザード王国と交易撤廃になったのは、七年前だ。

 それ以降は、隣国ジン皇国からの輸入品しか手に入らない。

 細々した小物でも、王都では高値で飛ぶように売れていた。


「わたしら商人とって嬉しい稼ぎでございますが、最近の王都は少々荒れているように思えます。道中でも魔の森が広がって、遠回りしなければ危険な場所も、増えたような気がしますし……平和になれば宜しいのですが」


「さようですな。賢き姫様が、神殿を建てて祈って下さっても、なかなかですわい」


 午後も近づく山間で、レーンはまったりと、風呂を楽しんだ。

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