第55話 行商人 レーン

 薬草スライムを狩るあいだに、パラパラと発生ポップして突撃してくる槍兎。

 森狼より一回り大きい体躯だ。

 木々の間を器用に走り抜け、地響きを立てて突進してくる兎は、額から身長と同じくらいのを生やした大物だった。


(ジャンプしないっ? 絶対に、兎じゃない! )


 発生ポップから襲撃までの時間が短い。


「林、左、発生ポップ、うさぎっ! ぁわっ 前方、右、発生ポップ! ヤダもぅ  全方位! 」


 次から次に湧き出し始めた槍兎。

 小真希はキレそうになりながら、声を張り上げた。

 一頭発生ポップしたら連鎖して湧く槍兎に、全員が背を合わせて対峙する。


「もぉぉぉ 効かない! 」


 国宝級でも、流石に持ち主の攻撃力が弱いと倒すのは困難だ。それでもソアラは、諦めずにメイスを振り下ろす。


「ちょこまかと動くなっ。このぉ」


 大剣を振り回すミズリィは空振りばかりで、偶に当たれば一撃だが、手数の多いホアンの方が確実に数を削っている。


「【‰≧≧‥§‥∂風盾】【‰≧≧√〻≦≦ ‰≧∴※風刃付与】 ソアラ。防御と攻撃を付与したから、思い切ってやると良い」


 長杖で槍兎にとどめを刺し、ウェドの左手はソアラに向いていた。細やかな風の渦がソアラを包み、メイスに絡みつく。


「せぃっ! 」


 立ち上がり、頭を振って角を叩きつける槍兎に、ソアラのメイスが風を纏って打ち上がる。

 振り切った軌跡通りの風刃が生まれ、槍兎を両断した。


「まだまだぁ! 」


 気合いで叫ぶソアラに、発生ポップしたばかりの槍兎が、ちょっと引いたような。。


「……は ははっ……」


 ウェドも、ちょっと。。


 小真希の双剣が刻む。

 リムの【‖≧〻☆§≦≦水弾】が貫く。

 ウェドの【‰≧≧√〻≦≦風刃】が粉砕する。

 調子付くソアラ。

 安定のホアンに、空振りの多いミズリィ。。


 キリがないほど続いた発生ポップも、やがて途切れた。 


「だぁぁ 疲れた……」


 リムの呟きに、小真希も同感だ。

 辺りいちめんに散らばる槍兎のドロップは、大きな毛皮と魔石、たまに角だ。


「……回収して、いったん帰るか? 」


「いや、発生ポップが切れた今のうちに、薬草スライムを集めよう」


 お疲れのミズリィは、お家が恋しいらしい。

 小真希も帰りたい。けれど、薬草スライムを狩るなら今のうちだろう。

 互いに見交わして、頷き合った。

 さっさと狩って、早く帰ろう。


 大急ぎで薬草スライムを狩り、徹夜で洞窟を抜け、ようやっと早朝に、地下道の入り口まで帰ってきた。

 さすがに土龍の再発生ポップは無く、やれやれだ。


「当分 行きたくないわ……」


 睡眠不足と体力消耗で足を引きずりながら、しみじみとソアラが呟いた。うんうんと同調する小真希に、周りの視線がぬるい。


「ぃや……が疲れる とか? 」


 小さく小さく漏らしたリムの本音に、周りが同意しかけて目を逸らす。

 怒ったコマキィの怖さは未体験だが、きっとたが空恐ろしいに違いない。。

 被害者は迂闊なリムだけで充分な気がする。


 お疲れ様。。

 なんとなく遠巻きにされるリムだった。


 帰り着いた拠点の庭で、村長とケイロンが薬草の手入れをしている。

 面々に気づいて腰を上げ、おっとりと微笑んだ。


「おかえり。ご苦労様だったね。先に風呂に入るかね? 」


「……ぅう……」


 村長の表情は、とっても和かだったが、ケイロンは盛大に顔を顰めた。どうやら、とてつもなく臭うようだ。

 小真希たちは鼻が慣れてしまったのか、よく分からない。


「みんな、下の 洞窟住居? に行きましょ……着替えは」


「持っていきます! ぁ、ソアラたちのは、レダに行ってもらうから」


 ソアラに被せ気味のケイロンが、慌てて言い募った。

 そこまで臭いのだと、乙女心が泣く。


「じゃぁ……行きましょ……」


 ダンジョンで受けたダメージより、地味に効いた気がする。

 連れ立って拠点の前を素通りする乙女ふたりから、ケイロンは後退って距離を取った。


******

 小真希の非常識で湯を沸かす。

 なんだかんだ言っても、朝風呂は心地よい。


「ふぁぁぁ……」


「はぁぁぁぁぁぁ〜」


 万国共通のため息が上がる。


「終わってみれば、けっこう楽しかったわ。いい経験値レベル上げになったしね」


 喉元すぎたソアラの感想だ。


さえ出なければ、いい稼ぎだわ」


 ゾゾゾっとしながら、小真希も同意する。


 香の良い石鹸で何度も洗い流し、お互いに匂いを嗅ぎ合って、湯あたりしそうなほど温まった。


「ねぇ〜、溶けてない? 大丈夫? 」


 あまりの長湯に心配したレダが、顔を覗かせた。


「はーい。そろそろ上がるわ」


 レダに臭わないか確かめて、ようやくホアンたちと交代する。

 洞窟住居の前で焚き火するマリウスが魚を炙り、ケイロンが野菜のスープをかき混ぜていた。

 高台の住居に移るまでは、みんなで囲んだ野外料理だ。


「あれ? 」


 開拓地の道を、幌馬車が上がって来る。

 小真希の結界を抜けて来れるのだから、怪しい者ではない。


「あ、黒竜猫オプトだわ」


 幌の上でお座りする小さな黒猫は、オプトだ。

 見守る間に馬車が止まり、見知った男が御者台から降り立った。


「お久しぶりでございます。アカルパ商会のレーンでございます。探索者ギルドの紹介で、こちらに寄らせて頂きました。御商談をさせて頂ければ、幸いにございます」


『ナァァァン』


 合いの手のように、黒竜猫オプトの呑気な鳴き声が上がった。


「あー……お父さん、呼んできます。えっとぉ、よかったら、朝風呂でも いかがですか? 」


 のんびりと声をかけるレダに、小真希もソアラも頷いた。

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