第40話 怪談 歩く村長の死体 ?

 深夜。

 小真希はミトナイ村の北側にある霊廟れいびょうに居た。

 村を囲む低い土塀の外側に、煉瓦積みの四角い堂がある。

 村人が亡くなれば、墓の用意ができるまで遺体を安置する場所だ。

 鍵は無いと、ソアラは言っていた。


「肝試しは苦手なんだけどなぁ」


 霊廟の後方。村とは反対側に、墓がいくつも見える。

 あまり見ると身震いするので、ほどほどにチラ見した。


『魂の抜けた遺体入れ物が怖いのか? おかしな奴だ』


 精霊に揶揄からかわれているだけだ。と、思いたい。


(ゾンビとか、ゾンビとか、ゾンビとか、ゾンビ……うぅぅぅ)


 怖がりの小真希は頭を振って、想像したシーンを追い払った。

 こんな時こそ、恐怖耐性の技能スキルを自動発動してくれと、おまけアシストに言いたい。

 両腕を摩る小真希に、心配そうな馬が鼻面を寄せてくる。


「ありがと。お前は優しいね」


 黒竜猫オプトに手紙を持たせ、探索者ギルドに依頼を出した。

 人目のない森の側でライラン探索者ギルドと落ち合い、小さな荷馬車を貸して貰う。


 小真希は手綱を操れないので、もちろん逆境を生き抜く処世術サバイバルが発動した。

 賢い黒竜猫オプトは妖精の護衛を付け、ソアラたちの居る休憩地へ手紙を運んでもらった。


「よっしゃ。そろそろ始めますか」


 ウキウキしている精霊を引き連れて、そっと霊廟に忍び込む。

 裏の扉から入ったせいか、正面に出入り口の扉がある。

 深夜の訪問者はないだろうが、誰かが来ればすぐに見つかる位置だ。

 祭壇にある冥府の女神像を見上げ、像の足元の棺桶に視線を移す。


「ははっ……怖いね」


 蓋をしていない棺桶を遠目で覗き込み、こくりと喉が鳴った。

 生まれて初めてお目にかかる遺体だ。

 いや、小真希の遺体を入れれば二回目か。。


 身体が震えるのは、死した者に対する恐れなのか、死そのものに対する忌避感なのか。よく分からない。


「……【時戻り】。村長が死亡する直前」


 黒竜オプトの時のように、村長が淡い光に包まれる。

 時間にして、数秒だろうか。。


「……や めて  く れ 」


 遺体が喋った。。いや、時戻りで生き返った。


 すかさず村長の口に、指で掬った万能薬エリクサーを突っ込む。

 吐き出されては元も子もないので、飲み込むまで押さえつけた。

 弱々しくもがくが、跳ね除ける力は無いようで、ホッとする。

 しっかり飲み込んだのを確かめて、半歩下がった。 


「こ こは? 」


 口の端に付いた万能薬の残りを舐め取る村長に、美味しかったのかと聞きそうになる。


 まだぼんやりしているようで、棺桶の縁に手を掛け、ノロノロと上半身を起こした。

 自分がどこにいるのか、分からない様子だ。

 随分とやつれて骨張った男が村長なのかと、改めて観察する。

 ふと、目が合った。


「驚いているでしょうが、騒がないでくださいね 」


 叫び出される前に、釘を刺す。

 死体は怖いが、生きていれば問題ない。

 ささやく小真希は踏ん張ったが、わずかな不安で腰は引けていた。


「わたしは、ソアラさんの友達です。話すと長くなるので、とにかくここから出ましょう。レダさんが居る所まで、ご案内します」


 レダの名に反応して身を乗り出す村長を、転がり落ちる前に支える。

 低い位置の棺桶から出るのに、やや時間がかかった。

 長い間、寝たきりだったのが堪えているらしい。

 肩を貸して女神像まで導く。


「ちょっとここで待っていて下さい。外の様子を見ますので」


 誰もいないと思うが、慎重に裏口の周りを探索する。

 安全確認をして、霊廟へ戻る小真希の耳に悲鳴が聞こえた。


「見つかった? 」


 慌てて堂内へ駆け込むと、表の扉を開けて硬直していた人物が、クタリと床へ崩れ落ちる。


「ヒィィイ 許してくれっ 成仏してくれ! 」


「……さわぐな  神官 」


 女神像の足に縋る村長は、静かにしろと片手を上げた。

 同時に、悪戯好きな精霊が、棺桶から湧き出すように飛びかかる。


『ヒャハハ。呪われろ! 』


「っ ! ……」


 精霊の声は聞こえなくとも、姿は見えた模様だ。

 恐怖が極限に達すると、人間は悲鳴が出ないのかと、素直に納得する。


 へたり込んでいた人影が、呼吸困難な悲鳴を上げて、四つん這いのまま外へ這い出した。


『良い! なかなか面白い! 』


 くるくる旋回する精霊はご満悦で、眺める間に緊張が解れてゆく。

 

「急ぎましょう。見つかると厄介です」


 騒ぎに人が増えれば、正体がバレる。

 肩で息をする村長を支えて、裏口を潜った。

 荷馬車に辿り着き、急いで出発する背後で、人々の騒ぐ声がし始める。


『くくっ。もう一度、驚かしてやろう。くくくっ……くくっ』


 さっきの反応がお気に召したようで、頭上にいた精霊が消えた。

 一拍置いて、遠ざかる霊廟の辺りから、複数の悲鳴が爆発する。

 さぞかし満喫しているだろうなと、遠い目になった。


「今のうち、今のうち……とっとと逃げよう」


 悪戯精霊に驚いて、魂を飛ばす人がいないように、小真希はそっと祈った。

 村とダンジョンを繋ぐ道は避け、北に迂回して森の縁を行く。

 目的地は、先日こっそり整地した休憩地だ。


「……どなたか知らないが、助けてくれて、ありがとう。その上、レダやソアラちゃんも世話になったようだ。礼を言う」


 荷台に藁を敷いているので、振動はマシだと思う。

 横になっている村長の顔は見えないが、声の調子は穏やかだ。


「役に立って、良かったです。初対面のわたしに、ソアラは親切にしてくれました。だから、ソアラが大切にしている友達レダを、助けたいと思っただけです」


「それでも、どうしようもない場所から助けてもらった。ミトナイ村の村長として、出来うる限り恩に報いたいと思う」


 勢いで死者を蘇らせたが、この先の見通しは全く無い。

 今頃になって、小真希は頭を抱えていた。

 黙っていても休憩地に着けば、死者蘇生の理由を追求される。


(よ よし。精霊と万能薬エリクサーのせいにしよう。そうしよう)


 完璧な丸投げである。

 時戻りの加護を話せば、色々と問題が出てきそうで面倒だ。

 大地の大精霊に直接もらった万能薬エリクサーなら、蘇生の加護があっても良いだろう。

 そういう事にしておこう。


「えと……実はですね。村長さんは、仮死状態だったみたいで……」


 ポクポクと荷馬車を進めながら、小真希はを語り始めた。

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