第39話 樹海追放

 小真希の第一印象もあるが、ミトナイ村は寂れた村だと思っていた。


 冒険者ギルドから引き出されて目にしたのは、無表情な人々の群れ。

 夕焼け色に染まり始めた東門が、ぎっしりと人で埋まっている。


 一様に暗い顔をした群衆。。

 声を上げる者はなく、異様なほど静まり返っている中、領兵に同行した執行官が、即席の台に乗って声を張り上げた。


「皆の者。領主モルター子爵の名に於いて、ミトナイ村村長殺害の罪により、村人レダ、ケイロン、マリウス、ソアラと、よそ者の共犯者五名を、樹海への追放刑に処する。大罪を犯せば必ず裁かれることを、皆は重々肝に命じよ」


 台の前へ引き出された小真希たちに、領兵が拘束具を嵌めていった。


 縦ふたつに割れる木の板には、両手首と首の位置に穴が空いている。

 肩で支える木の板に首と両手を挟み込み、自分では外せなくする仕様だ。

 おまけに両足首も、同じように拘束された。

 これではマトモに歩けない。


「やれ」


 荷馬車に次々と放り込まれ、受け身も取れずに呻く羽目になる。

 互いの拘束具が顔や頭を強打して、裂けた肌から血が滴った。


「出発せよ」


 荷馬車が動き出すと、石が飛んできた。

 弱々しく当たるだけのものから、息が止まるほどぶち当たるものまで様々だ。


「おら! 手加減するんじゃねぇっ! 」


 がなりたてるダーレンルイーザ情夫の威嚇に、パラパラと礫が勢いを増す。

 自由にならない身体では、顔を庇うこともできない。


「キャハハッ、ざまぁ無いわね。いい気味だわ」


 キャイキャイ囃し立てて騒ぐルイーザを、誰も諌めない。


(覚えてなさい。あんぽんたんルイーザと、えっとぉ、バカタレ集団。絶対にいつか、ギャフンと言わせてやるんだから! )


 東門を抜け切るまで、荷馬車への投石は続いた。


 北山脈開拓地に向かう街道の途中から、騎馬に先導された一行は樹海へ分入わけいる。

 馬車で入れるのは浅い部分だけだが、出てくる魔獣が弱いわけではない。


 遠くで獣の吠える声が響いた。

 低い悲鳴が領兵から上がり、進みが遅くなる。


「ここで良いっ! 」


 薄暗くなる森の様相に恐れを成した執行官が、裏返った声を上げ、怯える領兵の手で、小真希たちはゴミのように捨てられた。

 

「罪を悔いながら、死すが良い」


 間近で咆哮が聞こえ、悲鳴を上げた領兵たちが一斉に逃げ出す。

 木々を遮る薮を揺らして、森狼フォレストウルフの群れが飛び出してきた。


「くっそおぉぉ、近づくなぁ! 」


 マリウスの情けない悲鳴に、数頭が跳躍する。


「【雷撃ライトニング】」


 落雷に似た音を立てて、閃光が炸裂した。

 甲高い魔獣の悲鳴と、投げ出されて地面に打ち付けられる音がする。

 光に眩んで、目がチカチカした。


「……あぁ、失敗した。目がいたぁい」


 間伸びした小真希のぼやきに、周りが文句を呟いた。


「発動する前に、声くらいかけろ。んっとに、気が利かねぇ」


 俺様ミズリィにぶつくさ言われて、小真希は頬を膨らませた。


「もぉぉぉ、贅沢者ぉ」


「なにぃぃ! 本当の事だろっ」


 不毛な言い合いをする小真希とミズリィに、リムが割って入った。


「ねぇ、コマキィ。、外して? 」


 できないと言わせない天使な笑顔で、中身悪魔なリムが言い切る。


「あー。やってみる」


 解錠の技能スキルは無いが、拘束具だけ収納すれば問題無い。


「広範囲で、拘束具だけ【収納インベントリ】」


『了解しました。拘束具を、資材として収納、保管します』


「ぁ、はい」


 おまけアシストが小真希のどこに反応するのか、いまいち謎だ。


「消毒するね。座ったまま、じっとしてて」


 収納インベントリから出した水筒を傾け、丸洗い状態で精霊水を傷に注ぐ。

 文句を言う者もなく、風魔法が得意なウェドは、順番に乾かして行った。

 回復魔法より効きは薄いが、うっすらした傷跡しか残らない。


『ナァァ』


 茂みから飛び出して来た黒竜猫オプトが、ジャンプして小真希の肩に乗った。

 すりすりと首に頭を擦りつける。

 ライランに放り投げたので、ちょっとおかんむりかもしれない。


「オプト。元気だった? ん? くすぐったいよ」


 付けた覚えのないオプトの首輪が、首をくすぐる。


「何かついているよ」


 ゴソゴソ首輪を触っていたリムが、筒状に丸められた紙片を広げた。


「あ、レオン探索者ギルマスさんからだ」


 一緒に覗き込んでいたウェドが、顔を輝かせる。


「休憩地で待機している? ありがたいです」


 小真希の【探知】に、大型の魔獣が反応した。

 この反応は、みんなが大好きな美味しいお肉だ。


「う〜ん。オークが来る。食料調達しとく? 」


 とことん軽い小真希に、生暖かい笑みが集中する。


「食料って……助かりますが、武器がありません。回避したほうが……」


 慎重なホアンは止めにかかるが、小真希はやる気全開だ。


「大丈夫、ちょっと行ってくるね。先に休憩地へ行ってても良いよ」


 薬草採集ではないのだがと、言い出した本人以外は躊躇して動けない。

 顔を見合わせて互いに譲り合った結果、ホアンが口を開いた。


「さすがに、か弱い女性……ん? か弱くはないですか。いやそれでも」


 普通には当てはまらない小真希に、ホアンは悩み出す。


「ははっ 真面目ねぇ。このくらい、気にしちゃダメよ。じゃぁ、先に行っててね。チャチャっと片付けて、追いかけるから」


 ブンブンと手を振って、木々の間に走り込む小真希。

 まったく心配する気が起きない。


「ま、まぁ、武器の無いわたしたちでは、足手まといでしょうから……」


 思わず口にしたホアンの言いように、全員が落ち込んだ。


「行こうぜ。チンタラしてたら、自分たちより小真希の方が、先に休憩地へ着きそうだ」


 深く追求しないよう口を挟んだミズリィが、重ねて凹む言葉を洩らした。

 ありそうだと納得はするが、どこまでも情けないと思う一同だった。

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