第38話 冒険者ギルドの地下室で……
「うぷぅ……オプトを連れてこなくて、よかった」
領兵がギルマスの部屋に雪崩れ込んできた時。咄嗟に小真希は、オプトをライランへ放り投げていた。
柄の悪い男たちに嬲られては、たまらない。
「うううぅぅぅ……ここ 嫌……」
臭い、汚い、気持ち悪い。
閉じ込められた冒険者ギルドの地下室で、小真希は座る気にもなれずに立ち尽くした。
本来、ギルド地下に設けられた部屋の役割は、喧嘩した者に反省を促す手段だったり、酔っ払いを安全に保護する場所だったりするはず。
当然、ここまで汚いのは異常で、あまりにも使われた形跡がない。
地下への階段を降りている時から、猛烈な違和感はあった。
石床のそこら中に分厚い埃が積み重なり、湿った上に
後ろ手に括られた縄を解かれ、押し込まれた鉄扉の向こうは、汚物満載の大部屋だった。
入った途端、思わず息を止めて吐き気を堪える。
後ろから押されて踏み込んだ靴の底が、妙にネチャッとした。
「もぉぉぉぉ……最悪」
あとに続いたソアラも、可哀想なくらい
さすがに体面を繕った男たちは、呻いただけで堪えたようだが。。
「あぁ、もういやぁ! 【
途端に光が弾けて乱舞する。
音の無い小さな花火が無数に湧き上がり、部屋中を満たして消えた。
「うぇぇぇ〜〜〜 エグかったよぉ」
もうちょっとで、乙女の尊厳が危なかった。
清浄された空気が軽くなり、森林浴の心地になる。
「レ ダ? ……」
薄ぼんやりした部屋の奥。
バラバラに散らばった物が、人だと気がついた。
「なんで? レダが、ケイロンが、マリウスが 何をしたって言うの」
口元を押さえ、震えるソアラの涙声に、部屋の隅で転がるボロボロなひとつが、かすかに動いた。
『精霊水を飲ませてやれ。このままでは、傷んだ内臓が腐って、死ぬぞ』
精霊の警告に、小真希は
「ケイロンとマリウスに、飲ませてあげて。大勢の男の人が近づいたら、レダさんは怖がると思うから。しばらく近づかないで」
「わかった」
部屋に【清浄】をかけた時、全員にも効果が及んで、汚れは消えている。
ソアラが抱き起こした少女の顔は、酷く殴られて腫れ上がっていた。
剥き出しの手足も、赤黒く腫れている。
汚れは落ちて綺麗になっているが、酷い有様だ。
「ソアラ……どうして ここ に? 」
か細くて儚い呟きに、小真希は痛ましい思いでコップを差し出す。
「飲んで。精霊水だから、ちょっとは楽になると思う」
ソアラと小真希。その他大勢が捕縛されて、冒険者ギルドに連れてこられた時、受付カウンターに居たルイーザは、浮かれてはしゃぎ回った。
それはもう見るに耐えない興奮ぶりで、隠語を連ねて罵り、嘲って笑い転げた。
「初めから
ソアラの膝枕でしばらく休んで回復したレダは、ポツポツと話し出した。
「父さんに、無理やり
ダーレンは、冒険者たちを取り纏めるリーダー的な存在らしい。
ギルドマスターの次に実力がある高ランクの冒険者で、補佐的な立ち位置を務める。
冒険者ギルドのマスターはスタンと言い、村長の幼馴染で、ミトナイ開拓地が村と認められた時に、率先して冒険者ギルドを誘致した男だ。
「ソアラ……父さんが、亡くなったわ……もう、ダメよ。わたしたち 追放されて 樹海で死ぬのよ」
堪えきれないレダの嗚咽が、石壁に反響した。
(時戻しで、生き返れるかな)
なんとかしてあげたいと思う。
あの
『手を貸してやらんでもないぞ。時間が過ぎれば、魂は輪廻の輪に還る。還れぬように、我が止めてやっても良いが? 』
優しげな顔を維持しようと、口角をヒクヒクさせた精霊の囁きが聞こえた。これは、何か企んでいそうな気がする。
周りが反応しない事から、小真希にだけ聴こえているのだろう。
(……じゃぁ、お願い)
躊躇しても他に手はない。
案の定、精霊の笑みが黒々しく変化した。
『いいとも、これは貸しひとつだなぁ ぁははは』
クルリと空中で回転した精霊が、そのまま薄れて消えた。
(ハァァ……やっぱり、碌でも無い奴だわ)
一息ついた耳に階段を降りる複数の足音が聞こえ、すぐに鉄扉が開く。
煌々と輝く光球がふたつ、天井付近で静止した。
先頭で入って来たのは、引き締まった図体の大男だ。
刈り上げた髪を透かして、右耳の上に奇妙な刺青が見える。
傍にいるソアラが、小真希の耳元でダーレン・ヌックだと囁いた。
「テメェら、動くなよ」
嫌らしい笑い声の男たちも、扉を守るように並ぶ。
手に手に握る剣が、ギラついて怖い。
「ちょっと退いて」
立ち塞がる男たちを押し退け、踊るような足取りで前へ出たのは、ルイーザ。ジャラジャラと飾り立てた宝飾品が、目に痛い。
「父親殺しと共犯者、ざまぁないわね。ほんと、ブスばっか。キャハッ」
仕草も喋り方も、ものすごく悪ガキっぽい。
腹が立つより呆れ返ると、小真希は天井を見上げて肩を竦める。
「何しに来たの」
低いソアラの問いを、ルイーザは無視した。
「ねぇ、あんた格好いいわ。あんたもいい男よね。あとは……お子ちゃまねぇ。いらない」
ミズリィとホアンを交互に眺め、胸の谷間が見えるように前屈みになる。
どぎつい赤のルージュを、細い舌先が舐めた。
「あたしの犬になったら、助けてあげてもいいけどぉ……どう? こいつら見捨てて、こっちにおいで。気が向いたら、ご褒美を・あ・げ・る」
思わず見交わしたホアンとミズリィが、同時に鼻で笑う。
「冗談ですか? 」
「だよなぁ」
身を引いて後退ったルイーザが、顔を歪めて歯を食いしばった。
腕を組んで睨みあげた目に、悪意が溜まってくる。
「やっぱり、こいつら、いらないわ。領兵にくれてやればいい。みんな、樹海で死ね! 」
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