第37話 最悪な結果が、待っていた

 夜が明けた。

 小真希とソアラが目覚めた時点で、他の面々はすでに準備を終えていた。朝食が終われば、いつでも出発できる。


 側から見ると、初めての遠足に浮かれる幼稚園児だろうか。。


「……元気ね……」


 起き抜けにこうむったテンションで、頭が痛い。

 二度寝しようかと、ふと思った小真希を察したように、リムが皮肉った笑みを浮かべる。


「コマキィ。起きたよね? ねぇ、起きたよね。おはようっ。ソアラさんも、おはよう」


 わざとらしさ九割の弾んだ声に、若干、頭痛が増した。

 なぜにソアラだけ「さん」付けで呼ぶかなと。。


「ほらほら、俺が用意した朝食だ。しっかり食べて、帰ろうな」


 嬉々としたリムに言われるまま焚き火を見れば、その周りに、塩を振った魚の串焼きが並んでいた。

 脇の深鍋には干し肉と野草をぶっ込んだ、なんとも言えないスープ。


 極め付けは、得物武器を、愛おしそうに撫でている、不気味な風景だ。


 ソアラとふたりで、を味わった。


 黒竜猫のオプトは離乳して、リムが焼いた魚の切り身を食べている。

 浅い木皿は、誰かが用意した手作りか。。

 猫だけに? 事のほか、魚が好きらしい。


「分かったわよ」


 飲むように朝食カレーじゃないを終え、簡単な板で洞窟の戸締りをする。

 浮かれた集団の移動は迅速だ。

 開拓地からダンジョンまでの復路は、あっという間に過ぎ去った。

 

 快調に歩く荷馬車が、ゆったり移動でダンジョンに至る坂道を登る。

 今日も道の両側に並ぶ屋台は、賑わっていた。


「あれ? ライランさんだ」


 探索者ギルドの前に荷馬車がついた時、血相を変えた受付嬢ライランが飛び出して来て、嫌な予感に襲われる。


「ソアラさん! 」


 心配げな様子が半分に、悲壮感が半分。

 受付嬢らしくないライランに、緊張した小真希の襟足がヒリついた。

 逆に頭上を浮遊する精霊が、ワクワクと目を輝かせる。


「ギルマスがお待ちです、こちらへ。 皆様も」


『ナァァ……クァア〜』


 小真希の肩で、間伸びした黒竜猫オプトのあくびが、緊張感をぶった斬った。


 強引に手を取られたソアラに、ゾロゾロと一行が続き、ギルマスの部屋へ通される。

 そこではレオンギルマスが、難しい顔で座り込んでいた。


「お前ら、遅かったな」


 開口一番の言い草に、疑問が湧く。


「帰る日にちは、言付けたが? 」


 切れやすいミズリィが言い返し、ギルマスレオンはヤレヤレと伏し目になった。


「すまんな。俺とした事が、悪かった」


 いつになくピリピリした不機嫌さに、小真希は軽口を控える。

 視線を上げたレオンの目元に、うっすらと隈が浮いていた。


「ギルマス。時間がありません。話を進めて下さい」


 眉を顰めるライランに、常時発動の笑顔はどこへ行ったと言いたい。


(おかしい……何を気にしているの)


 小真希は首を捻る。

 襟足のピリピリする感覚が、ざわつく胸騒ぎに変わっていた。


 難しい顔のまま皆を見渡し、レオンは重々しく言葉を紡ぐ。


「……ミトナイ村の村長が、錬金薬液ポーションの中毒で、一昨日の夜に亡くなった。現行犯で捕縛された娘のレダと村人二名が、明日の夕方、樹海へ追放刑に処される」


 耳を疑う言葉が、なかなか頭に染み込まない。


「はあっ? 何よ、それ」


 やっと絞り出した小真希の声に、止まっていた感覚が動き出す。

 ガシガシと乱暴に頭を掻くギルマスレオンが、鼻息を荒くした。

 やってられない心境が現れて、いちいち動作が乱暴だ。


「レダと共謀して錬金薬液ポーションを作ったソアラに、捕縛命令が出ている……抵抗すれば、生死不問という事だ。もちろんコマキィ含め、お前たちも共犯で、めでたく賞金首のお尋ね者だ。有名になったな」


 思わず全員の目が座った。

 吐き出す受付嬢ライランのため息は、苛立っている。


「訳が分からん……で? は、わたしたちを捕縛する側かな? 」


 ホアンの威嚇が立ち昇り、ザワッと剣呑な気配が場に満ちた。

 腕を組んだまま、レオンギルマスは殺気立つ者たちを目線で抑える。


「慌てんな。没収されたくないなら、獲物武器仕舞っとけ」


 前へ出たライランが、申し訳なさそうに頭を下げた。


「信じていただけるなら、探索者ギルドが責任を持って、お預かりいたします……それが皆様の安全に繋がると、心から進言いたします」


 ライランの頭の上には、綺麗な緑の三角が見える。レオンの頭の上も、鮮やかな緑三角だ。

 誰も身動きしない中、小真希は双剣と手荷物をライランに差し出した。


「やめろ、コマキィ。簡単に信じるな」


 俺様なミズリィの警告に、小真希は笑顔を向ける。


「ライランさんもさ……ギルマスも、信用できるから。きっと、訳があると思う」


 すぐに動いたのはソアラで、荷物とメイスを差し出した。


「では、僕たちも……」


 腰に吊るした収納袋の口を開いて、ウェドが長杖を放り込む。

 何かを言いかけ、結局は飲み込んだホアンが、長剣を袋に入れ、リムとミズリィもそれに続いて自分の武器を入れた。


「責任を持って、預かって下さいね。ぁ、それから、注意をひとつ」


 ライランに差し出した収納袋を掴んだまま、ふわりとウェドは微笑んだ。


「僕以外が袋を開けると……確実に死にます。その場で」


 ウェドの目の奥は微笑んでいなくて、獰猛な肉食獣が牙を剥いている。


「承知いたしました。被害者が出ないように、細心の注意を払います」


 荷物を受け取ったライランが、ギルマスレオンの背後にある金庫を開き、丁寧に並べて扉を閉めた。

 その時点で身を乗り出したレオンが、もう一度皆の顔を見渡して、声を上げる。


「今の状況だが。冒険者ギルドからの告発で、領主が動いた。そのため、村長殺害の件は、派遣された領兵が取り仕切っている。むやみにお前たちが逆らえば、領主に楯突いたと罪が重くなるので、注意してくれ」


 ルイーザの企みにしては、領主の動きに違和感を持った。

 平民の村長が錬金薬液ポーションの飲み過ぎで亡くなったとして、すぐさま領兵を差し向けるだろうか。。


 身元を証明できない小真希たちにとって、領主に逆らうのは得策ではない。ただ、先が見えなくて不安だ。


「わたしたちを、助けてくれるのよね? もしも違ったら、怒るよ」


 レオンは小真希の強さを体験している。

 実際は、突出した固有技能ユニークスキルのせいだが、サバイバル逆境を生き抜く処世術が半端ない技能スキルだとは知らない。


「探索者ギルドのギルドマスターとして、約束する」

 

 身構えていた皆が座り直し、正面のレオンギルマスに集中した。


「では、どうしろと? 」


 パーティーのリーダーとして、ホアンは問いかける。

 身元不明者の集まりは、公的な手段を取られると抵抗できない。


「大人しく捕まって、樹海への追放刑を受け入れろ……お前らなら、屁でもねぇだろ」


 あっけらかんと言い放ったレオンギルマスを加勢するように、乱暴に扉を蹴り開けた領兵が、いっきに雪崩れ込んできた。

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