第36話 最強! 魔法杖

 白金色に燃える炉へ、リムの杖を入れる。

 融解させる必要は無いが、縦に走った亀裂は綺麗に塞ぎたい。


「もうそろそろ……よね」


 痛々しく鋭利な亀裂が、わずかに丸みを帯びた瞬間、一気に引き出して【修復リペア】と【加工クラフト】を発動させる。

 炉に入れなくとも、【修復】と【加工】で良いのだが、念には念を入れて完璧を目指したい。


「そうしてくれって、この子短杖が言ってる気がする」


 亀裂が埋まり、冷え始めた手元部分に、達磨型の魔石を埋め込む。

 未だ続く【修復】と【加工】が、杖の表面を鮮やかに発色させている。

 それは芽吹くように蔓を伸ばしながら、先端まで走り抜けた。


「わぁ、きれい」


 細密画を浮き彫り加工したような、美しい蔦模様だ。

 リムの性格らしく、どこか尖った様相の葉っぱに可笑しみが湧く。


「うんうん、主人とだもんね」


 何が? とは言わない。

 試しに振り下ろせば、細かな氷片が舞った。

 元々あった水の属性魔石に、七属性魔石が干渉している。


「ま、いっかぁ……リム! できたよ」


 声を上げれば、入り口近くで何かが崩れたような音がした。

 片方の向う脛むこうずねを抱えて飛び跳ねるリムが、ぶすくれて入ってくる。


「何やってんだか……はい、試してきて」


「……ぉおぅ……」


 俯き加減のリムに、できたばかりの短杖を渡す。

 受け取ったリムは驚いて、短杖と小真希に視線を彷徨わせた。


「爆誕、リムの杖! なんちゃって……ね、早く試しに行けば? 」


「お、おぉぅ……あ りがと」


「はいはい」


 跳ねる勢いの背中が、おもちゃを買ってもらった子供みたいで、思わず吹き出した。


「さて、一番の難物を片付けよう」


 収納インベントリから取り出した長杖は、全面に細かな傷はあるものの、致命的な損傷は、魔石の分裂だけだった。

 じっくりと丁寧に、全体を覆う傷の【修復】をする。

 ついでに【硬化】と【自動修復】も付与した。


 乙女の仕事は、細やかなのだ。


 かしら部分の丸いかごを取り外して、浮遊の魔法陣を剥き出しにする。

 円形で平らな杖のかしら部分には、複雑な魔法陣が刻んであった。


「浮遊……うん? なにこれ……回数制限って……なんで? 」


 アシストが展開する立体映像に、小真希が理解できるよう注釈がついている。それには色違いで、いくつかの紋様と解釈が書かれていた。


『作為的に後付けされた、附属魔法陣です。本来の魔法陣を作成した者とは、違う魔力を感知しました』


 基本的に他人が描いた魔法陣に干渉するには、より熟練度レベルの高い者の魔力値が必要だ。


「なんか、悪意を感じる。ちょぉぉっと、蹴散らしたくなる気分? 」


 イラッとする小真希に、スイッチが入った。


「完璧にっ、仕上げてみようじゃ、ないの! 」


 乙女は燃える時に、燃え尽きる勢いで、燃えるらしい。。


「絶対に、狙った的は外さない。どこまでも、仕留めるまで追いかける付与を、ふふっ、してやろうじゃないの……う〜ん。でも、逃げられないように、絡め取っても、いいんじゃない? ぁ あはは はは」


 黒々しい小真希の、誕生……だろうか。。


 収納インベントリから取り出した赤熊レッド・ベアの爪を、ペンの形に【加工クラフト】する。

 あらかじめ七属性魔石を精霊水に溶かし込んで、魔法陣用のインクを作っておいた。

 透明で、虹色に輝く液に、彷徨い茸からドロップした魅了薬チャームを、一瓶まるまる放り込んで満遍なく混ぜる。


「効果【固定】付与。うんうん、ほぼ無期限に消えないってね。ふふっ、ふふふふふふっ……拘束効果付与。魅了インクの、かぁーんせぇーい」


 気に入らない魔法陣を【消去】し、磨き上げたかしらの表面に、たっぷりインクの爪ペンで、ガリガリと新しい陣を刻んでゆく。

 玉虫色に輝く魔法陣が、なぜか禍々しく感じられるのは、不気味に笑う小真希のせいかもしれない。


「ふふっ ふふふ ふふふふふふふふ……」


 リムが飛び出して、全開になっている戸口の影で、平民の少女と金髪の少年が震えていたのは、絶対の秘密。。


「ぼく……逆らわないから……違った。何も見ていないから」


 半分涙目の少女が、頷いて言い訳した。


「大丈夫……たぶん、だと思うの……たぶん……」



******

 密集する樹海の木々をすり抜け、ウェドは走る。

 小枝を折り、藪を粉砕して追ってくるのは、大猪オークの群れだ。


「もう少しっ! 」


 ひときわ大きい精樹の古木を過ぎれば、泉を抱えた草地へ行き着く。

 距離を取った水辺で振り返ったウェドの前に、焦茶の大猪オークが飛び出してきた。

 

 獣の手足が伸びて二足歩行する魔獣だが、武器を扱う賢さがある。

 振り回す長剣は、まだうっすらとさびの浮く新しいものだ。

 

 あとは短剣やら短杖を持つものと、無手が三体。

 どこかのパーティーが殺られたか、武器を放り出して逃げたか。。


「我、精霊に願う。【風刃乱舞】」


 ウェドを中心に強風が渦巻いた。

 長杖のかしらが、煌めく半月状の刃で竜巻を纏う。


「【殲滅】」


 振り下ろした長杖から無数の眩い閃光が放たれ、突進してくる群れを飲み込むと、粉砕された肉片が辺り一面に飛び散った。


「……ぁ 」


 自分がやらかした表現できない惨状に、ウェドはしばし凍りつく。


「じ 自重……しなきゃ」


 粉微塵で、魔石さえ見当たらない。

 狩りをして来てと頼まれたのだ。きっと、コマキィに怒られる。。


「よし。今度は、気をつけよう……」


 その前に、威力の加減が問題なのだ。が。。

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