第35話 隠れ開拓地

 ホアンたちが育てているのは、比較的育てやすい甘芋の類だった。

 ある程度放置しても、水が少なくても、荒地であっても、勝手に増える逞ましい品種だ。


「あまり世話ができないからな。いちばん育てやすいと、開拓から手を引いた者に分けてもらった」


 独立するのに土地が欲しい者は、だいたい農家の三男以下だ。

 農業の知識や技術無しに、開拓は無理。

 家に残っても貰える土地がなければ結婚すら望めないので、開拓が盛んな土地へやってくる。


「大抵は、開拓地で食べて行けるくらいにはなるが、ここは最悪な条件だと言っていた。まぁ、ルイーザのせいだが……」


 開拓を諦めた先人から、種芋と隠れ農地を譲り受けて、なんとか凌いで来たホアンたちだが、今回の地代値上げはどうにもならなかった。

 

「ほんと、ルイーザって、碌でもないのね」


 改めて、人としての質の悪さを実感する小真希。

 そう言えば、他に残っている開拓民はどこに居るのかと思う。


「北側の開拓を諦めた人たちは、どうなったの? 」


 山越えの尾根から見た高台には、少なくとも四ヶ所の農地を発見したし、随分と人影も確認した。


「皆、他の開拓地を目指して出て行ったぞ。残っても食べていけない」


 言葉を切ったホアンが、一瞬躊躇ためらってから続ける。


「……大きい声では言えないが、坂道で野菜の行商をしている商人の仲間が、高台の隠れ開拓地に住み着いて開墾している。万が一、そこ高台で出会っても、見なかった事にしてくれれば、ありがたい」


 屋台の行商人の中には、小狡い……いや、賢い? 人が居るようだ。

 

「色々とここミトナイ村で酷い目にあった者が、隠れて開墾している。世話をする行商人に、我々も恩があるしな」


「ん〜。隠れ開拓地よね。商人も、秘密のルートを知ってるの? って言うか、魔物が出るルートよね。一般人には危なくない? 」


 小真希の疑問に、ホアンは呆れた顔をした。


「……知らないのか。行商人になるには、戦闘力が必要なんだぞ」 


 店舗経営する商人は、暖簾分けしてもらったと同時に、露店商人か行商人になる。

 中には新規の店舗を任される者もいるが、絶体的に数は少ない。


 街の一角で、露天商から人角ひとかどの商人を目指す者もいる。だが、それもなかなかに難しい。

 それよりも行商人になって、店が持てる街を探したり、大きな商いを目指す者の方が圧倒的に多かった。


 荒事に巻き込まれやすい行商人は、当たり前のように腕っ節が強い。


 商業ギルドはに、冒険者ギルドや探索者ギルドへの在籍を条件にしている。

 行商の途中で襲われても、返り討ちにする技量を求めているからだと、ホアンは言った。


「すごいね、行商人」


 戦う行商人が、俄然、格好良く思えてくる。


「そんな資格持ち探索者・冒険者の行商人は、でも入場可能だ。下手に拒否して物流が止まれば、困るのはダンジョンを抱える領主だしな」


 聞いている小真希の目が、キラキラしてくる。


「行商人、強いつおい。羨ましい。ぁ、だったら、わたしたちも行商人になれば? 」


 今の状況が、一発解決する。

 そう思ったのだが、ホアンは嫌そうに顔を顰めた。


「行商人登録をするには、身元証明がいる。勤勉に商家で働いた農村出の者なら、村長と商会長の推薦が必要だし、冒険者や探索者が転職したいなら、ギルドマスターが後見人だ。もっとも、素行の悪い者はなれない……孤児でも十年ほど真面目に勤めて、腕っ節が強くなれば、商会長が推薦人になる。それ以外に、行商人の許可は下りないぞ」


 身元証明できない不審者は除外だと、きっぱり言われた。

 エリンの身元証明は可能だが、ややこしい諸々が。。

 現実は、とても厳しかった。


「わかったわ。高台の事、打ち明けてくれてありがとう。上に行ける階段でもこしらえる? あぁ、目立たないように。って言うか、秘密の階段がいいよね。このまま行けば、いつかは北山脈側に村ができたって、知られるし」


 きちんと整備したからには、人の出入りも多くなる。

 小真希としては、そうなる前にルイーザを片付けたいと思った。

 

「来年までに、何とかなって欲しいよ」


******

 肌寒い夜が開ける。

 

「さっむぅ……風邪引きそう」


 住環境が整うまで、ここに住むのは無謀だ。

 餓死する前に凍死する。


「おはよ」


 ブルブル震えながら起き出したソアラに、オプトがしがみ付いていた。

 

「焚き火。行こ」


 外に出れば、皆同じようなもので、震える面子が火を起こしている。


「スープ……何でもいいから、スープ作ろ」


 大鍋に満々と水を入れかけたミズリィを、小真希は慌てて止めた。


「沸くまで時間が掛かり過ぎるでしょうが。半分でも多いかもよ」


 不機嫌になったミズリィを押し退けて、リムが水を注ぐ。

 まだ風が弱くて良かった。

 焚き火の熱が逃げないし、身体の前面だけでも暖かい。


「パンは、あるからね。各自で炙って」


 収納インベントリから出した丸パンを串に刺し、焦げないように火に翳す。

 なんだかんだ言いながらも、最初ほど険悪な雰囲気は無くなっていた。


「さぁ。今日中に杖を仕上げて、明日は朝から魔物相手に試してもらう。できる限りの調整はするけど、明後日には村へ帰るからね」


 高らかに宣言した小真希へ、期待に満ちた視線が集中した。

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