第34話 万能薬で解決するか?

「ふえぇ〜……で・き・た・ぁ……」


 クタリと床に崩れたのは、小真希。

 乙女とは思えない豪快な大の字だ。


「これがっ……甦った、自分の大剣ロングソード! 」


 両手で剣を捧げるミズリィは、とても危ない人だ。

 特にギラギラした獣の目が、早く何かを切り裂きたいと光っている。


「ん〜、魔獣でも狩ってくれば? あ、でも絶対にっ、それ大剣を人に向けてはいけません! わかりましたね! 」


 まるっきり聞いていないだろうが、一応、声はかけておく。

 万が一という事もあるし。。ないか? 。


「恩に着る」


 座った目付きで言われても、怖いだけだ。

 昼はとうに過ぎて夕方も近い。

 いそいそと出てゆくミズリィは、スキップしているように弾んでいた。


「今日中に、帰ってくるよね……まぁ大人だし? うん」


 期日までにあと二日。

 残ったは、杖だけだ。

 補修で直りそうな杖の二本くらい、充分に間に合わせて見せる。


「よし。ソアラを見に行って、早いとこ風呂に入ろう。そうしよう〜」


 炉の火を落として手早く掃除する。

 錬金小屋に行こうと馬屋の前を通れば、アレ魔猫?が馬の首元に乗って眠っていた。

 いい加減に名前を付けてやらないと、とかを自分の名前と勘違いしそうだ。


「……クロ、ブラック、ん〜、オニキス。ココ……あかん」


 某有名アニメの人気者だ。


「ノワール、クロ太郎、たま。うーん、色は黒曜石なのよねっ て……」


 ふっと、昔ハマっていた占いの一説を思い出した。

 確か黒曜石は……。


「オプシディアンだっけ。オプシ、ディアン、オプディ……オプト」


 首をもたげた魔猫と目が合う。


「オプト? ねぇ、オプトって呼んでも良い? 」


 くかぁっと欠伸をした魔猫が、馬の背から飛び降りて駆けてくる。

 足元まで来て、頭突きをされた。


「オプト」


『ナオォ〜』


 抱き上げて頭を撫で回すと、気持ち良さげに喉を鳴らした。


「よし、決定。今からあなたは、オプト。よろしくね」


 ぐしぐしと撫でる小真希の手を抱き込んで、甘噛みしてくる。そのまま馬屋の隣に建つ錬金小屋に入った。


「お疲れ、ソアラ。お風呂にしない? 」


 小屋の中はすっきりと整理されて、持ち主の性格そのままだ。

 部屋の中央を占める作業台に、出来上がった錬金薬液ポーションの小瓶が並び、封をする直前まで終わっている。


「手伝う? 」


 蓋を蜜蝋で固める作業なら、小真希にもできる。


「ありがとう。今日の分はこれで終わりだから、助かるわ」


 ひとつひとつ丁寧に、蜜蝋を垂らしてゆく。

 できるだけ薄く、しかも破れや隙間がないよう慎重に。。


「そうそう、この子の名前、オプトに決めたわ」


 作業台の端で床を覗き込む子猫を指して、報告する。


「あら、なかなか良い響きね。オプト、よろしく」


 なんとなく自分と分かるのか、ソアラの呼びかけにオプトが返事をした。

 低音ボイスは男の子かも。魔獣に性別があったか知らないが。。


 作業をしながら、ポツリとソアラが呟いた。


「わたしに万能薬エリクサーを錬金できる熟練度レベルがあれば、村長の病気なんて、一発で解決なんだけど……先は長いわ」


「……え……」


 思い切り固まる小真希に気づかず、ソアラは小さく吐息する。


(え、それって……即解決じゃ……ええええぇ! )


 確か収納インベントリの中には、ぶつエリクサーが何本も残っている。

 盛大に引き攣った小真希は、声にならない叫び声を上げた。


「よし、完成〜。お風呂に行こう」


 錬金薬液ポーション専用の鞄に小瓶を片付け、ソアラは凝った肩を回す。

 最近は毎日お風呂に入れるせいか、すこぶる調子が良いみたいだ。


「あと二日。村に帰ったら、ケイロンからレダ村長の娘に渡してもらうわ」


 ミトナイ村の村長が復帰すれば、開拓者への理不尽も緩和するとソアラは言うが、そんなに簡単だろうかと小真希は不安に思う。

 

(いやいや……あれエリクサーを使えば村長の病気は即解決だけど、アレぼったくり女のほうは、簡単に大人しくなる性格じゃないよ。きっと)


 一度すべてを握った人間が、おいそれとを手放すとは思えない。

 村長にソアラの回復薬が渡らないよう、姑息な真似をする人間だ。

 油断していたら、思い切り足を掬われる。


(……万能薬エリクサーがあるって、いつ言えば良いかしら……タイミングが悪いよ)


 小真希がを、ちょっと前に、皆んなから色々と突っ込まれ、トラウマになっていた。

 これ以上怒られたくないと黙っていたのが、今回、災いしたわけで。。


『ナァ〜オ〜』


 呑気に鳴くオプトが、ちょっぴり憎たらしい小真希だ。


「お風呂。早く行こう」


「……はい」


 ウキウキのソアラに引かれて、重い腰を上げた。


 陽は短くなっているが、外はまだ明るい。

 今日の食事係はホアンで、ウェドもリムも自主的に手伝っている。

 集中して鍛治をする小真希は免除されているが、ソアラは時々調理に加わっているらしい。


「今日は早めに交代できるね」


 ここの所、鍛治の都合で遅くなっているので、お風呂の順番がずれ込んでいた。

 男性陣の言い分として、女性に綺麗な湯を譲るのは当然らしく、普段の言動からは考えられない態度だ。


 食事前に入浴を済ませたのは初めてで、とても気持ちが良い。


 驚くべきはミズリィで、ちゃんと食事が始まる前に、大きな猪を仕留めて帰ってきた。

 めちゃくちゃ機嫌がよく、終始ニヤニヤしているのは気持ち悪い。。


「……わたしたちで話し合って、打ち明けようと決まった事がある」


 食後のお茶を味わっている時に、ホアンが話し出した。


「この崖の上に、わたしたちの秘匿した農地がある。まだ少ない収穫だが、知り合いに作物を卸して、僅かだが収入になっている」


 小真希が尾根から見つけた高台の農地だろう。


「ここから崖の上に登れるようになったら、作物を提供しよう」

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