第33話 小休止

「ん? 始まったか」


 沢へ下りた耳に、柔らかく心地よい音が届いた。

 自分の剣がどのように造られるのか、ホアンは見たことがある。

 苛烈なほどの鍛冶場の空気も、いま思い出した。


 華奢な小真希が槌を振るう姿は、痛々しいに違いない。そう思うかたわらで、大切な剣が蘇る興奮を抑えられない。


 川の中で魚を追い込んでいたウェドとリムも、腰を伸ばして音に聴き入っている。


「五日。それで全てを打ち上げるなどと、コマキィでなければ信じられないが……」


 精霊の愛子ならば可能なのだろう。

 ほんの少し羨ましくて、ホアンは苦笑した。


 膝まで満ちた流れの上を突風が滑り、河口へ向けて下って行く。

 秋特有の乾いた空気に、土の香りがする。


「……期待 している」


 呟きは微かで、祈りの気配を加えていた。


******

 四、五回打っては炉に返し、程よい状態に戻れば、また打って鍛える。

 なかなか言うことを聞いてくれない塊に、ワクワクと感情が躍った。


「気難しい……けど、楽しい」


 少しづつ少しづつ、思い通りの形に変化するのが心地よい。

 剣との駆け引きに勝ったなら、女王様のように高笑いしてみようかと頬が緩んだ。

 見つめる炉の中で輝きを増す塊に、スッと表情が引き締まる。


「もうひと頑張り、しましょ」


 金床へ引き出して的確に槌を入れると、澄んだ音と共に少し形が変化する。

 その僅かづつが、剣の求める形なのだろう。


「強くなれ。お前の主人あるじを守れるほどに」


 炉で緩め、槌で鍛える。

 無心に槌を振るい、ほぼ形になった刀剣の具合を確かめた時には、濃い闇が立ち込めていた。


「……今日は これまでかな」


 パタパタと枯れ葉を蹴立て、足音が近づいてくる。

 軽く弾むこれは、ソアラだろうか。


「コマキィ。ご飯できたわよ」


「わかった。ありがとう」


 汗水泥あせみどろの身体をザッと拭き取り外へ出れば、焚き火を囲んで全員が揃っている。


(まぁ、風呂は……後ね)


 期待に満ちた顔が、小真希に集中していた。

 焚き火の周りに刺した串から、香ばしい匂いがする。

 思い出したように、腹が鳴って催促した。


「お待たせ」


 空いている切り株に腰掛けた小真希へ、木のジョッキが手渡された。


「ありがと」


 水で割った葡萄酒は、干上がった喉を潤して胃の腑に落ちていく。


「ハァ、美味しい」


「お疲れ」


 ホイと魚の串を手渡してくれるリムに、思わず目を見張った。

 なんだか距離が近くなったようで、むずむずと違和感がする。


「なに? 俺の釣った獲物に、文句でも? 」


 顎も言葉も上から目線のリムに、安心してニンマリした。

 生意気坊ちゃんが、突然に良い子なわけがない。


「いやいや、ありがと」


 なんだか納得し難い様子のリムに、小真希はヘラリと笑って見せた。

 特技。曖昧な笑顔。


「っ! やめて、その顔。落ち着かないっ」


「もぅ。失礼で、わがままねぇ。リムくんは」


「くっ……」


 そっぽを向くリムは、案外からかい易い性格かも。。

 初対面は最悪な印象だったが、性格は曲がっていないと見える。


「で? 間に合いそう? 」


 焼き魚の串を取って皿の上でほぐしながら、ソアラが聞いてきた。そのまま齧るには、熱かったようだ。


「明日には、二本目に掛かれるわ。予定通り、五日で仕上げるよ? 」


 明日と聞いて、ホアンが目を輝かせる。


「出来上がったら、調子を見てね。調整するから」


「わかった。期待している」


 やや前のめりになった良い笑顔は、随分子供染みていた。

 そんなホアンの横で、強面のミズリィは自分の世界へ飛んでいるのだろうか。

 弛んだ顔を正視できない。


 食べながら眠りそうなウェドは放置して、小真希は二本目の焼き魚に手を伸ばした。


「ソアラ。食べ終わったら、先にお風呂へ入ろうね」


「うん」




 簡単に囲った土壁の上に、煌々と輝く月が昇ってくる。

 ソアラと並んで湯船に浸かり、ほっと息をついた。


「気持ちいいね。こんな辺鄙な場所で、贅沢ができるとは……コマキィのおかげだわ」


「そんな大層なものじゃないわ。鍛治の副産物よ」


 ふたりとも久々に洗った髪を、適当に捻って手拭てぬぐいで包んでいる。 

 剥き出しになった襟足は、冷えた夜風に晒されるが、しっかり温まった身体には、かえって心地よかった。


「私も明日から、錬金薬液ポーション作りに精を出すからね」


 精霊が着いて行った薬草取りは、ソアラが必要とするもの全てを採集できたらしい。


「村長に飲んでもらう毒消し薬も作れるわ。これでルイーザを、止められるかもしれない」


 を抑えられたら、小真希を含める新参者が、おおいに助かる。かも。。


「期待してる」


 小真希も、足場を固めたい。

 先輩たちのように国の保護を望めない分、自力で稼いで貯蓄に回したいと思う。


(あんまり頼りには、なりそうもないけど。感じ悪いお姫様だったし……)


 小真希にとって召喚は、最悪だった。

 縁があって再会するような事になっても、協力したい相手ではない。


(絶対に、会いたくないよ)


 火照った両頬を押さえ、もう一度しっかりと、小真希は決意を固めた。


「そろそろ交代する? 」


 待っている野郎を気遣って、ふたりは長湯を切り上げた。

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