第41話 薄紅三角は

 北山脈側の開拓地へ向かう街道の中間地点に、小真希が整備した休憩地がある。

 実際には目立たないよう、街道自体も整備しているのだが、今のところ村長にはバレていない。と思う。


 村長を乗せた荷馬車は、まったりと、ポクポクと、本当に長閑のどかに歩いていた。


 追放された経緯いきさつやら、開拓地の現状やらを交えながら、村長を助けようと行動した事も、いろいろ誤魔化し、辻褄合わせをした小真希。

 疑いもなく納得した村長に感謝しつつ、大量に冷や汗をかいていた。


「貴重な精霊の薬液エリクサーまで使って頂いたなんて、恩に報いる方法が……」


 恐縮しきりな村長に、我知らず胃の辺りをさすった。

 これからは、思いつきで行動するのはやめようなどと、守れそうもない誓いを真剣に立てる。


「もうすぐ休憩地です。レダも待っていますよ」


 流れを変えようと、話を振る。

 レダと一緒に捕まっていたケイロンとマリウスの他に、パーティーを組んだホアンたちの事も話しておく。

 どうせすぐにバレるので、精霊の存在も軽く流しておいた。


 歩みの遅い荷馬車を御して数時間。

 行先に淡い灯りが見えてきた。ゆらゆらした光は、焚き火だろう。


「村長さん。着いたみたいです……ん? あれ? これは」


 前方に広げていた探索マップに、赤三角がいくつか点在している。

 色は淡い紅色で、ものすごく薄い。


(なんだろ? ん〜ん? )


 悪意が強いほど赤黒く表示される三角印が、見落としてしまうくらいに薄く透けていた。


『警告します。非常に危険です。結界の発動を推奨します』


 久々のおまけアシスト警報だ。


(緊急。休憩地全体に【結界】。害あるものを排除。結界の外側を、迷いの空間にして)


『了解しました。攻撃に対する報復機能も付加します』


(ぅ? まぁ、ほどほどに?……)


 悪ノリ精霊を見習わなくて良いと思うが、類は友を呼ぶ。のか?


「村長さん。危険な気配がするので、じっとして声を出さないでくださいね」


「わかりました」


 マップに結界の範囲が映り、囲むように曖昧な霧状の一帯が広がる。

 荷馬車は移動する青の涙型ポップ、セレナたちは青三角マークだ。

 

 ジリジリと距離を縮め、休憩地に近づいていた薄紅三角の点々が、急に方向を変えた。

 目標を失って、ふらふら飛ぶ蛍のよう。。


「よっしゃ。今のうち」


 肩を叩くくらいに軽く鞭を入れれば、若干速度が増す。


『ほぉぉお、今度の此奴らは、どんな顔を見せるかな? グハハハ』


 これまた急に現れた精霊が、スキップしそうに弾んだ声をあげ、姿を消す。村長は静かだから、見えていないと信じたい。


「ちょっと……もぅ。悪ノリしすぎでしょ」


 探索マップに散っていた薄紅三角印が、端からすごい勢いで移動し始めた。

 精霊は映らないが、多分、追い込むように一箇所へ集めている? 。


「おぉぉ、結界にっ ぶつかr ……」


 マップ上で薄紅三角の集団が結界に接触した途端、「ビシャッ!」と、とんでも無い爆音が響く。

 それと同時に雷が弾け、見えない振動が走り抜けた。


 残像で網膜に光がこびりついて、視覚の大半がチカチカする。

 目視を諦めた小真希は、探索マップの解析度を上げた。


「お嬢さん、大丈夫かね? 」


 遠慮気味な村長の問いかけに、小真希はなんでもないと微笑む。


「……はい、何とか。村長さんは、大丈夫ですか? まだ油断できませんので、もう少しそままで居てください」


「わしは大丈夫だ。精霊の怒りかと思ったが……静かにしているよ」


 幸いに荷馬車を引く馬は無事だったようで、のんびりマッタリなまま、皆の待つ休憩地に到着した。

 何気に皆の表情が剣呑なのは、あえて無視だ。




「仮死状態? 」


 レダは村長父親に縋って泣き、ソアラは半眼で小真希を睨む。

 マリウスとケイロンは、疲れ果てて眠っていた。


「後で、じっくり、聞くわよ」


 獲物を定めた目で見ないでと、必死に視線を逸らせた。

 ソアラに嘘がバレたかと、心の中では慄いている。


 襲撃者を積み上げた場所に、眠っているマリウスとケイロン。レダと村長を残して向かった。


「知らない顔だわ」


 開口一番。ソアラは断言した。


「やっぱり……ダメなのか? 」


 ウェドの呟きが意外に通って、小真希にも聞こえる。

 やっぱりってなんだろう。

 突き詰めたい思いが、うずうずする。やじうま根性が、うずうず。。


「ウェドの知ってる相手なの? 」


 ストレートに問うソアラを、尊敬する。


「コマキィが立ち入れる事ではない。口を挟むな」


 なぜか口を挟んでいない小真希が、名指しで責められた。

 これは黙っていられないと、ズズイッとソアラの前に出る。 


「わたしたちが、知らない間に危険な目に遭っても、ミズリィは責任を感じないのか。フゥ〜〜〜〜ン、大した騎士道だね。あんたの国は」


 これっぱかしも騎士だなんて思っていないが、最大限の嫌味を込めた。


「おまえっ……」


 大声で反論し掛けたミズリィの口を、物理的に塞ぐホアン。

 何かを耳元で囁かれ、急におとなしくなった。


 焦げ臭い場所で、あちこちが燻っている黒装束の黒覆面が一山ある。

 しげしげと調べなくとも、危ない裏家業の集団に見えた。

 手に持った鉄の暗器に落雷が通った模様で、しっかりと意識を刈り取っている。 


 ホアンとミズリィが覆面を外し、ウェドとリムが確認して、皆一様に肩を落とした。


「ごめんなさい、コマキィ。今は、言えない」


 落ち込んだままのウェドに、少しだけ罪悪感が湧く。

 年下を……。今は年上だけど、困らせる趣味はない。


「いいよ。でも、いつになったら言えるのかな? 」


 かなり辛辣な口調だと思う。ただ、思わぬ危険は回避したい。


「……近日中には……」


「そ? まぁいいわ」


 自分でもキツい言いようだと思う。けれど、ここには戦いに慣れていないソアラやレダがいる。


「黙れ! 平民っ」


「やめなさい、ミズリィ。わたしたちは、コマキィに恩があるのですよ」


 予想通りにミズリィが吠え、ホアンが諌めるパターンに突入したか。。


「ホアンは甘い! 」


「やめなさい、ミズリィ」


 ウェドの一声でミズリィが引き下がって。。

 四人の力関係が、はっきりした。

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