第42話 謀《はかりごと》

 熟睡の後の目覚めは、とっても気持ちが良い。

 焚火たきびも焚いたし、温度調節もした結界内は快適だ。これで地面にごろ寝でなければ、最高だと思う。


「……元気ね 」


 目の下に隈を飼ったソアラが、不満気に呟く。

 なんで?と、問いたい。

 地面は硬かったが寒くは無かった筈だ。


の横で、よく眠れるわね。感心する」


 ソアラの横目を追えば、武装解除するのに、ほとんど裸状態で転がした謎集団の山がある。

 一応、見た目が寒いので一纏めに固めておいたから、風邪はひいていない筈。


「いや、明日……じゃ無かった、今日の昼まで起きないようにしたよ? ぐっすり眠ってるから、無害だし……」


「あんたね……」


 起きたばっかりで力尽きるなんて、やめてほしい。


「めし……」


 半分寝ているようなリムが、事務報告より短いセリフで呼びに来る。


 ホアンが炙った干し肉を配り、立哨しながら食事をするミズリィ。

 昨夜は寝こけていたケイロンとマリウスも、すっかり元気だ。

 レダの世話を受けながら、村長も荷台の上でお茶を飲んでいる。

 それぞれのスタイルで、朝食は始まっていた。


「おはよう、コマキィ」


「ぅ、おはよう」


 爽やかに挨拶してくるウェド。

 ちょっと気不味い小真希は、吃ってしまう。

 鍋一杯に煮出した香草茶をカップに注ぎ、笑顔で渡されたら微笑むしかない。


「ありがと。それから、昨夜は悪かったわ。そのぅ、キツく当たって」


「いえ、こちらこそ黙っていたことが……」


 ふたりとも言葉が続かなくてモジモジしていると、近づいてくる馬車の音が聞こえ始めた。


 一斉に臨戦体制をとる。

 打ち合わせはしていないが、村長やレダなど戦えない者を囲い込む。


「結界を狭めるわ。一般人だと迷惑をかけるし……あ、【隠蔽】」


 に【隠蔽】をかけておく。

 見苦しいモノを見て、びっくりさせては気の毒だ。


 この道は、隣りのジン皇国へ繋がる街道に合流している。

 王都からミトナイ・ダンジョンに寄り道をして、早朝に隣国へ向かう商隊がいても不思議ではない。

 焚き火周りをカバーするくらいに結界を狭め、何が現れるのか待った。


「ん? レオン探索者ギルドギルマス? 」


 御者台に座る熊……レオンが、片手を上げた。その頭の上には、黒竜猫オプトが乗っている。


「居ないと思ったら、そっちに行ったの? 」


 休憩地に着いた時、黒竜猫オプトの姿が見えなくて心配した。

 小真希の手紙を届けた後、妖精護衛と遊びに行ってしまったとソアラに聞いて、やっぱり猫だわと納得したのだが。。


「やらかしたのは、お前だな」


 馬車を止め、軽やかに降りて顔を合わせた開口一番。

 剣呑な表情のレオンが、小真希に宣った。


「ミトナイ村で、村長の幽霊ゾンビいるそうだが、どう言うことか説明しろ」


 名指しの上に、鼻を付き合わせるような距離でお前だと言われたら、その通りなので返す言葉がない。


「ゾンビじゃないし……」


「じゃあ、なんだってんだ。言ってみろ」


 拗ねてやると思いながら、ホアンたちに庇われている村長を指差した。

 指された方に顔をやったレオンの目が、溢れるほど大きくなる。

 頭を振って二度見して、その手が剣の柄を握った時、慌てた小真希がレオンの前で両手を広げた。


「仮死状態だったから。生きてるから。ゾンビじゃないから」


 まくし立てると、顔だけを小真希に向けてくる。


「ぜんぶ話すから、落ち着いて。ね? 」


『ナオォォォ』


 レオンの頭の上で、黒竜猫オプトがのんびりと欠伸をした。




 呆れ返るような胡散臭い内容のに、レオンは頭を掻きむしった。 

 小真希が現れて以来、頭を掻きむしる回数が増えたレオンを心配する。主に、ハゲが広がらないかと。。


「仮死状態だとぉ」


「うん」


「精霊に貰った万能薬エリクサーっ」


「……そうだよ? 」


「おい。なんで即答じゃないんだ 」


「ぇぇえ。細かいなぁ、もぅ……」


「精霊だとか、信じられるか! 」


「そこに居るし……」


「ぁあ?! 」


 ちょいちょいと、小真希が指差した空間に、悪ノリした精霊がふんぞり返っていた。

 見上げて、再び目を見開くレオン。

 周りは慣れたのか、知らん顔でお茶をしていた。


「……はぁあっ?!! 」


 しばし、いや、だいぶんと長い間、レオンは固まっていた。

 精霊をガン見したまま、手渡した香草茶に舌を焼き、やっと動き出したと思ったら、この世の終わりかと思うほどのため息を吐き出す。

 忙しい男だ。


「……それで、村長。あんたは納得したんだな? そのぉ、死んだわけじゃないと」


 なんだか急に老け込んだようで、やっぱり心配だ。

 何も言っていないのに、一瞬睨まれた小真希は、心の中で(ちょっぴり禿げろぉ)と、呪っておいた。


「そうですな、楽園の野辺は見ておりませんし。息をしておりますし。そこのお嬢さんの言った通り、死に損ないの様ですなぁ。はっはっはっ」


 すっかり元気な村長は笑ったが、底冷えする目が怒っている。


「それで? あんたが死に損なった夜。何があったか、聞かせてくれるか」


 村長の死因に疑問を持っていたと、レオンは言った。


「ええ。お願いします。このままでは、村が無法地帯になってしまう」

 

 深刻で長い話になりそうな気配に、ホアンが待ったをかけた。

 誰もが立ち寄る休憩地で、噂の村長がいるとバレたら、危険度が増す。

 このまま北山脈側の開拓地へ、避難を促した。


「北山脈側の、開拓地だと? 」


 人目につく前に、信じられないくらい様変わりした開拓地へ、揃って出発しよう。


 レオンの荷馬車に、初めて開拓地へ行く者を乗せ、小真希が借りた荷馬車の御者席にセレナが座る。

 思い思いに荷台へ乗り込み、リムはセレナの隣りに陣取った。


「ねぇ、このまま置いて行ってもいいの? なんだったら、レオンさんに持って帰ってもらえば? 」


 隠蔽した裸の山を指してホアンに問えば、あっさりと首を振る。


「下手に関われば、ギルマスや関係者の身が危ないので、このまま」


 なんとなく、関わるのはヤバいと警告している? 。


「そうよね。魔獣が出なければ、無事だと思うし? 無関係な人が近づかないようにすれば。ねぇ」


『了解しました。妖精に見張らせ、一般人とは隔離いたします』


 とても黒い笑みで、小真希はヘラリと笑った。

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