第155話 あっちもこっちも……

 サザンテイル辺境伯の王都邸タウンハウスは、広い。


 屋敷自体は他の伯爵や裕福な子爵と変わらない規模だが、厩舎は屋敷より広く、抱える馬の数が半端ないので、馬場は王城の半分近い敷地だ。


「そうか。ノルデンの最低王子エルクスが絡んでいたか。箸にも棒にもかからぬ最低最弱男だったせいで、監視対象から漏れていたとは。侮るつもりはなかったが、油断したな」


 密偵から報告を受ける辺境伯は、執務机に肘をついて顎を乗せた。

 しばし考える主人辺境伯の横で、家宰アルバンが咳払いする。

 

アーロン辺境伯様。威厳が崩れております」


「別に  あー、分かった。分かったから」


 家宰アルバンの冷ややかな笑みに姿勢を正して、辺境伯は苦笑う。


「次の勇者召喚を阻止せねば、犠牲が増える。召喚場所を突き止めて、魔法陣を破壊するか、証拠を集めて王女を幽閉するか、だがノルデンと事を構えるわけにはいかんな。やはり、召喚場所の破壊が一番手っ取り早い手段だが、これ以上コマキィに頼るのは情けない。どうしたものか」


 独白に近い物言いの辺境伯は、家宰アルバンと密偵を見比べて、意見を求める。


「聖教会に潜入している者へ、連絡を取りましょう。ガイツ司教の身辺を探らせて、召喚神殿の在処を探るのが最上かと」


 家宰アルバンの意見に、密偵が手をあげた。


「あの、発言をお許しください」


「うむ、許す」


 少々食い気味な辺境伯に、密偵は動揺を隠して顎を引いた。


「適任のが密偵の中にいます。回復魔法に特化し、見かけは乙女のドゥナーレです」


 乙女のドゥナーレ。。

 各地に散った密偵の顔は、概ね覚えている辺境伯だが、誰だったかと眉根を寄せた。


「囮に最適な人材です。早急に乙女候補として、近郊の街で教団に接触させ、潜入する手筈を整えます。乙女の搬送先を突き止められるかと 」


「分かった。手配はお前に任せる」


 低頭した密偵が、席を外した。ドゥナーレを連れてくるのだろう。

 メモを取りながら、家宰アルバンが意見を述べる。


「ガイツ卿の足元も、少し崩してみましょう。こちらは私の方で手配します。きっと、叩けば色々と出る。祈りの乙女は救済処置ですが、人身売買と同義です。聖教会なら許されるなど、無法にも程がある」


 退出した密偵が戻って来た。

 後に続いて入室した、おそらくはドゥナーレと思われる人物に、微妙な空気が流れた。


「大丈夫なのか? こいつ」


 家宰アルバンの訝しげな問いに、辺境伯も真剣に頷いた。


「大丈夫、噛み付いたりしません。化粧で化ければ完全に女です。ただ、抱きつきましたら、申し訳ありませんが勘弁してやってください」


 服装は密偵の着る黒装束だ。小柄でもあるし、体型だけなら女に見えなくもない。

 それにしても、随分とおじさんなのだが。。


 見守る内に、ドゥナーレがクネっと身体を、おもむろにウインクして頬を赤らめた。


「はぁ⁉︎ 」


「いやぁん。主人あるじってば、ス・テ・キ」


******

 眼下で繰り広げられる諸々に、天上付近で精霊が笑い転けた。


『面白い奴が出て来たなぁオィ かっかっか』


 同じく天井の隅に留まった羽蟻が、わずかに身じろいだ。


『興味深い人間ですが、大丈夫でしょうか? 』


『やっぱり、あの神殿は破壊するかぁ? 腕が鳴るのぉ』


 ぽんぽんと話題の変わる精霊に、は苦も無くついてゆく。


『そうですか? どうでも良いとは思いますけど? 』


『アレにとっては恐怖じゃっただろうに。殺された場所だし』


 小真希を慮っているようで、そうでは無いのが精霊だ。

 現に悪戯な目つきが、嫌にキラキラしている。


『そう言えば、マスターの記憶から消去しましたが、酷いトラウマを受けた場所でしたね。ならばこの際です。とっとと破壊しましょうか』


『待て待て、こやつらにやらせるのも、面白かろう』


『はぁ。コロコロと話しが変わるくらいなら、わたしに話を振らないでくれますかね。どうでも良いので、好きにしてください』


 基本的に、小真希以外はどうでも良いだ。

 面倒臭い精霊を放ったらかしに、は羽蟻から通信を切った。


『せっかちな奴じゃな。まぁ良い、アレ小真希の敵を構い倒して、遊んでくるか』


******

 建国の歴史は、魔獣との戦いの歴史だった。

 偉大な魔導師と、剣技と知略に優れた剣士が、人族の住む大地を確保し、王となった。

 統治する王族貴族は、力で民を助け導く。

 貴族に課せられた使命を忘れてはならない。


(ふぁぁぁぁ…… 眠い もぅ、げ・ん・か・いぃぃ)


 少人数。前列。窓際の陽だまり。午後の最後の授業中。

 淡々と語るご高齢教諭の王国史は、眠い。。


(……これって、拷問? 我慢大会の予行演習? ふぁ)


 出来うる限り真面目な顔を装いつつ、小真希は大欠伸を噛み殺した。

 潤んで溢れそうな涙を堰き止めて、瞬きしないよう堪える。


(早く はやく チャイム、プリーズぅ)


 揺籠のような温もりと、子守唄のような講義に抗い抜いて、救済のチャイムが鳴った。。

 退出する教諭を見送った小真希は、急いで開いた扇子の影で、大欠伸をかました。


「危なかったわ」


 教室から中庭へ出て、小真希は深呼吸する。まだまだ醒めない睡魔を、なんとか追い出そうと繰り返す。


「ねっむぅ やっば〜」


 小真希の隣りで、リノも大欠伸だ。お互いに目を合わせ、笑みが漏れた。


「リノ。訓練に付き合ってくれて、ありがと。待ち合わせは寮の前で良い? 」


「こっちこそ、誘ってくれて嬉しいよ。両親には、しっかり学びなさいって言われた。特に、魔法は暴走しかしないから……」


 これから向かう訓練場で、第三騎士団の一部隊が待っている。

 先日保護者辺境伯から訓練参加の許可が出て、週に一回ではあるが第三騎士団の訓練参加が決まった。


 魔塔での訓練? も、週一で明日の放課後から始まる。


「思いっきり身体を動かせそうだから、参加したいと思っていたんだ。魔塔だったら、魔力操作も教えてくれるって言うし」


 魔力操作が完璧になるまで、リノは個人授業が続く。

 どうしても浮いてしまうリノに付き合って、小真希も集団訓練から抜けていた。


「実習をいっぱいすれば、大丈夫よ。きっと」


「うん。頑張るよ」


 少し先で、小真希の黒竜猫オプトとリノの黄金スライムキンカが、ぶつかり合って遊んでいる。

 雪の妖精ユッキは光の妖精ティンクに付き合って、どこかへお散歩中だ。


「着替えたら、寮の前で待ってて。すぐに行くわ」


「了〜解」


 リノを待たせたくない。小真希は大急ぎで部屋に帰った。


「お帰りなさいませ。着替えの準備は万端でございます」


 語尾にハートマークか? 待っていたスーザンは、弾んだ声で迎えてくれた。


 数日前に、サーラがシンプソン伯爵家へ呼び戻され、ひとりで小真希の世話をするようになったスーザン。

 初めはもたついていたものの、すぐにテキパキと対応できるようになった。


 動きやすいパンツとオーバーブラウスに着替え、髪はポニーテールにしてもらう。


「よし、行ってくるわ」


「お気をつけて、行ってらっしゃいませ。湯浴みの用意をしておきます」


「ありがとう。よろしく」


 淑女にあるまじき早足で一階まで下り、リノを見つけて駆け寄る。そこからは若干ゆっくりした足取りで、訓練場まで着いた。


「よく来てくれた。感謝する」


 お堅い態度で、きっちり頭を下げる第三騎士団長ワイアット・グレン。その後ろには、あまり体格の良くない騎士たちが並んでいる。


「今年の兵役で、第三騎士団に入団した者たちだ。徴兵期間は五年。ここで鍛えて故郷へ帰れば、村を守る自警団に編入される予定の者だ。週に一度だが、よろしく頼む」


 ざっと音を立てて、全員が敬礼した。


(えぇぇ! わたし、子供だよー!! )


 ニカリと笑った騎士団長ワイアットに、小真希は頬を膨らませた。


「痛みに対する耐性や、恐怖心の克服には、最高の訓練と辺境伯家の騎士団から聞いている。存分に、鍛えてやってくれ」 

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