第89話 家探し

 アルノール領主代行を尾行した時のように、小真希とリムは庭伝いで両替商の執務室へ向かう。

 案内役? の精霊は、何が気に入ったのか、またもや上半身を壁に埋めながらの高速移動だ。

 あんたはシュールなコメディアンかと、突っ込みたい。。


『おぉぉぉ! ほんっとぉに、誰もおらんわ。ぐふふっ ぐはははっ』


(人が居ないってだけで、そんなに面白いのか、そうかそうか)


 小真希にしか聞こえない精霊の高笑いが、頭の中で何重にも反響する。


(うっさいわ! 悪霊ぉ )


『ぬぉぉぉ 口の減らん小娘がぁ! そっくり返してやるわいっ。あんぽんたんっ! 』


 子供か……脱力して、負けた。。


 丸く張り出した角部屋が見える辺りで、いっそう足音を押さえる。

 気配遮断して、そっとモザイクタイルのテラスから中を覗き込んだ。


「ぅわぁ。居るよ」


 豪華な執務机の椅子に腰掛け、片肘をついて顎を支えた小猿……両替商が、もう片方の手で机を小突いている。

 大層イラついた目を吊り上げ、意味不明にブツブツ呟く様は、ゴブリンの小物? 。

 意識してよく見れば、ダンジョンで殲滅した魔物ゴブリンにそっくりだった。


「プチって、しても、いいかな」


 メラリと燃える物騒な独白に、リムは小真希の後ろ頭を突ついた。


「だーめ。んーでも、できるならサクッと、物理でも何でもいいから、眠らせてくんない? 」


 丸投げするリムも、大概である。


『眠らせるだけで良いのか? 良い、ついでに楽しませてやろうぞ。クックククク』


 何が楽しいのか、ギラギラと目を輝かせながら、両替商の頭上で旋回していた精霊は、突き出した指の先から、ボタリと闇の塊を滴らせた。

 両替商の頭を包み込み、ウニョウニョ蠢きながら染み込んでゆく。


 一瞬、跳ねるように痙攣した両替商は、執務机の飾り物を薙ぎ倒して倒れ込んだ。

 飛んで行く飾り物が回転し、他の飾り物を弾き飛ばし、連鎖するドミノ倒しの如く、しばらくは落下物の壊れる音が続く。


「わぁぁぁ、派手だね、コマキィ。あぁ、こいつってば、目が覚めた途端に、一瞬で気絶すると思う」


 冤罪にプルプルする小真希を放ったらかして、面白そうに笑ったリムは、躊躇いなくテラスの硝子扉を開けた。

 素早く執務机に張り付いたリムは、小引き出しを詳細に探っていく。


「だいたい大切な物って引き出しの二重底とか……無いな。それなら、絡繰りを仕込んだ壁? 本棚……は無いから、絵画の裏? ん〜??? 」


 元通りに小引き出しを閉め、隙間なく並んだ飾り棚や壁を、角度を変えて見回したリムは、コテンと首を傾げた。


 何かを落とさないよう歩くなんて、絶対に無理な宝物ガラクタ部屋だ。

 腕組みしたリムの眉間に、深い皺が寄る。


 残念ながら、この部屋には本棚が無い。絵画は高い場所にあり、手の届く壁の至る所には、角を持った動物の頭の剥製が張り付いている。

 はっきり言って、凄く不気味。絶対にひとりで、夜中に入りたくない。


宝物部屋汚部屋の住人なら、適当に転がしてるんじゃ……うん」


 ぐるっと見渡した小真希が、おもむろに指差したペン立てに、凝ったペンが刺さっていた。


 落ちるのか落ちないのか絶妙なバランスで、執務机からはみ出している透かし彫りのペン立てを、小真希は安全な場所まで移動した。

 艶やかな香木のペン。複雑に曲がりくねる硝子のペン。繊細な彫金が施された神銀ミスリルのペン。


 香木のペン以外のものペンに、複数の指輪が嵌まっている。


 硝子のペンには三個。大粒のルビーにサファイヤ、真珠。

 神銀ミスリルのペンには二個。エメラルドとダイヤだ。


「これって、もしかして、領主の印? 」


 無造作に抜き取った小真希は、ダイヤの嵌まった台座を回転させる。

 ひっくり返った台座の裏に、何やら紋章が刻まれていた。


「恐喝の証拠物件、見つけたぁ。案外と簡単な所にあるのねぇ〜」


 乾いた笑いを交わすふたり小真希とリム。疲れてもいないのに、ため息が重なった。


 意外と簡単に見つかって、良かった。良かったよね? 。

 とりあえず、見つけた指輪は収納ストレージに入れておく。


「うん。まぁ、良かった? あとは、不正か犯罪の証拠だけど」


 飾り物を壊さずに、家探しする技能スキルが欲しい。

 盗品の目録とか、密輸の帳簿とか。いわゆる書類のたぐいだ。何なら、現物危ない薬でも良いと思う。


「物を壊さないで、簡単に出し入れできて、見つかりにくい場所? 」


 ふたりの目が、何度も辺りを彷徨う。

 ちょっと触れただけで壊れそうな物が、乱雑に並べた飾り棚に載っている。隠し場所として飾り棚の引き出しは、ダメな気がした。


「隠してそうな所って、この机くらいだよね。下の引き出しかな」


 目線を下げると、突っ伏して痙攣する両替商が見える。他の人なら同情するが、これは気持ち悪いし同情する気も起きない。

 唸るような悲鳴を上げて、どんな夢を見ているのやら。。


 頓着しないリムは、机脇の三段棚の引き出しを開け、中を探し始めた。


「両替の記録をした書類だね。別に、不正はなさそう。お、借用書の束が出てきた……けど、普通? ちょっと高利かな マトモっぽい」


 次々と指で移動させながら、気になる書類を引っ張り出して目を通す。


「ありそう? 」


 覗き込んだ小真希が、期待を込めて声をかけた。


「……いや、さっきの指輪みたいに、適当な所に在るかなって思ったんだけど。汚部屋の住人こいつだし、あんまり考えてなさそうかなと……無いな」


 飛び散って割れた飾り物を避け、立ち上がろうとしたリムが、中腰で椅子の足を見つめた。

 釣られた小真希も、しゃがみ込む。


「ここか」


「そうみたい」


 両替商の座っている椅子の足が、絨毯の端を少しだけ捲っていた。

 不自然にシワが寄った床には、回転式の取っ手が見える。

 さっき飛び跳ねた時に、絨毯を引っ掛けたようだ。


「ちょっとこいつ両替商を移動させて、調べよう」


 とてもとても良い顔を見交わして、リムと小真希は含み笑った。

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