第90話 追いかけっこ。鬼はどっち?

 隠れ家を覗き見るジーンの後ろへ、ウェドは静かに近寄った。

 チラと振り返っただけで、ジーンは目線を元に戻す。


「潜入組は、うまくいっているよ」


「そうか。なら後は連絡待ちだな。これ、使って」


 ジーンに渡された小袋は、随分と暖かい。懐に入れろと言われて、後ろポケットに突っ込む。途端に、ブワリと暖かさが身体を包んだ。


「おわっ。あったかい」


「陣を刻んだ暖房の魔石だ。使い捨てだから、冷たくなったら破棄して」


 かじかんでいた身体が緩む。礼を言って、ウェドもしゃがみ込んだ。

 まだリムから連絡は無い。

 ウェドの合図を待って時間稼ぎするホアンとミズリィは、路地を動き回って賊を撒いている。

 適当に叩き伏せて殲滅しないよう手を抜いているが、時々路地の向こうを横切る群れは、追いかけるスピードがドンドン落ちていた。


あいつら、持つかな……っと。来た」


 魔法紙スクロールが振動し、開いた紙面に文字が浮き上がる。


「『執務机の床』……たぶん、証拠品の隠し場所? 」


「わかった、リーダーに連絡する。そろそろ始めてくれ。とことん振り回して、聖騎士に捕縛してもらおう」


 追いかけているつもりの賊は、じんわりと追い詰められている事に気づいていない。

 収納袋インベントリから長杖を引っ張り出したウェドは、空に向かって閃光を放った。


「追いかけっこはお終い。さぁ、狩りの時間だ」


 手のひらで丸めた紙片に、ジーンが息を吹きかける。と、浮き上がって回転した紙の塊が消えた。


「これでリーダーも動き出す。あいつらが脱落しないように、追い立ててくれ。俺はカート斥候トロン魔法剣士に合流して、の部隊を監視する。事がうまくいったら、リーダーの奢りで美味いものを追加してもらおう」


「いいな。夕食に一品増えるのか。おすすめの美味いの頼もう」


 ジーンの話しに乗っかるウェド。まだまだ食べ盛りだ。


「楽しみ! 」


 拳を突き合わせて、頷き合うふたり。。


 路地のひとつから走り出てきたミズリィが、勢いそのままで隠れ家の扉を蹴り倒す。

 結構な破壊音と共に、扉が内側へ倒れて行った。

 躊躇いなく家に飛び込むミズリィ。

 隠れ家の前で振り返ったホアンが、追いついた賊の顎を掌底で跳ね上げ、吹っ飛んだ身体が追従してきた賊を巻き込んで地面を滑った。


「【‖∴※≧√§≦≦小嵐】」


 四方からホアンに切り込んだ賊が竜巻に吸い込まれ、空中で回転して地面を転がる。


「【砂煙】」


 ジーンの指先に湿った砂が集まり、拡散しながら渦巻いて、賊を飲み込んだ。

 野太い悲鳴をあげた男たちが、いっせいに蹲ったり顔を擦ったりする中、ミズリィが子供を抱いて、よろめく女性の手を引いて出てきた。


「よしっ、いける」


 子供を受け取ったホアンが走り出し、女性を横抱きにしたミズリィも後を追う。

 【‖∴※≧√§≦≦小嵐】で弾き飛ばされた賊の幾人かがヨタヨタと後を追いかけ、残りは吹き溜まりから掬った雪で、目を擦る仲間の顔を拭った。

 悪態を吐きながら、男たちも走り出す。


「よしよし、頑張ってくれ。聖教会まで、ちょっとかかるからな」


 ウェドの背中を叩いて、ジーンは路地に走り込んだ。


「ちょっと掻き回すけど、最後まで走ってくれればいいな」


 賊を追跡しながら、ウェドは長杖を握りしめた。


******

 熱いお茶をセッティングした侍女は、静かに部屋を退出した。

 聖教会の司教の紹介で、先触れもなく尋ねてきた冒険者らしき男を前に、アルノールは困惑する気持ちを抑える。


「面会に応じていただき感謝します、領主代行。実は、内々にご相談したき案件があり、参上しました。「鉄槌」の代表、ミカエル・オークランドと申します」


 オークランドと聞いたアルノールが、顔色を青くした。

 王城の近衛騎士団長が、オークランド侯爵家の傍流だったはずと、真っ白になる頭の隅で思う。

 加えて主家のサザンテイル辺境伯夫人が、オークランド侯爵家の三女だった事も頭を掠めた。


「サザンテイル辺境伯の密命で、我々「鉄槌」は、モルター子爵領の内部調査に派遣されました。アルノール領主代行には、意味がお分かりだと思いますが」


 領主館の応接室で、「鉄槌」のリーダー、ミグミカエル・オークランドは静かに切り出した。

 悪事が露見したアルノールは、大きく喉を鳴らすと、糸が切れたように項垂れた。そのまま両手で顔を覆い、引き攣りそうな呼吸を押さえ込む。


「……すべては、わたしの一存です。子爵モルターには、関わりのない事。どうか、お慈悲を 」


 かろうじて言葉を紡ぎ、アルノールは床に平伏した。


「領主代行。なぜ内密に、わたしがあなたと面談しているのか、冷静にお考えください。辺境伯が信頼するオークランドに、モルター子爵家を取り潰す証拠を掴めなどと、依頼するはずは無い。分かりますか? 」


「は? 」


 何を言われたのか理解できないアルノールが、間抜けな声を上げる。


「ただし、あなたの手で解決できなければ、理由如何を問わず、爵位剥奪と懲罰が降ります。我ら「鉄槌」と仲間が、助力します。あなたは、矢面に立つ覚悟が、ありますよね? 辺境伯の配慮を、無駄になさいませんよう」


 絶望し、諦観して、困惑に呆け。強制的に鼓舞されたアルノールは、辺境伯の配慮に縋りついた。

 これが罠でもなんでも良い。最後の命綱だと、決死の覚悟になれた。


「わたしはどうなっても良いのです。他の者は、お救いください」

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