第85話 懺悔と要望書

「すまなかった。私は、領主代行のアルノール・モルター男爵だ」


 突然床に片膝をついたアルノールは、深く頭も下げた。


「ミトナイ村を、守る事すらできない私を、どうか断罪してほしい」


 不穏な言葉に、皆が忙しく目線を交わす。

 最初に冷静になったホアンが周りを静め、姿勢を正した。


に、貴族様を断罪する権利はありません。どうか頭を上げて、腰掛けてください。重ねて言いますが、わたしたちは平民です」


 ホアンに言い切られ、アルノールは渋々と立ち上がった。


 小真希は思う。この人は問答無用で、裁かれたいと望んでいるのか。人生が詰んだと諦めてしまうほど、酷い状況になっているのかと。。


「大それた事を、平民に投げないで頂けますか。領主代行でなくても、貴族様の言葉とは思えませんが。ですが当事者として、あなたが把握している事を、すべて話して頂けると有り難く思います」


 ミトナイ村を取り囲む環境は異常だと言及して、なぜなのか説明をとホアンは問い詰める。

 随分と躊躇ったあと、見つめる小真希と目を合わせ、アルノールは疲れた息を吐き出した。


「初めから、すべてを話そう。それで許されるわけではないが 」


 始まりは現子爵当主エドウィン・モルターに、薬草花の鉢植えを贈ってあげたいと、オークションで競り勝った事だ。

 小真希に話した通り、アルノールは詳細を打ち明けた。


 薬草花を競り合った隣り街の領主に勧められ、大手の両替商から融資を受けた事。その商会が、実は悪徳金融業者だった事。

 融資額が信じられない額になっていて言い争いになり、突きつけられた証文に、呪いを承諾する一行が書かれていた事など。。


 呪いなどあり得ないと言い捨てて訴えようとした矢先、現当主が原因不明の高熱で倒れた事まで、アルノールは一気に話した。

 

「医師や薬師をかき集めて、治療に当てた。よく効くという薬も、すべて手配した。だが、どれも効かなかったのだ。かろうじて領主街の呪師まじないしがかける回復魔法で、体力を繋いでいる。だが、快癒は望めない」


 領主街の呪師まじないしと聞いて、皆が一斉にアルノールを凝視する。

 それぞれの頭に浮かんだ者は、きっと同じだろう。 

 

「利子はきっちり払うと伝えに、金融行者の店へ行ったのだが、呪いを緩和させたければ、ミトナイ村へ移住させる賞金首の身分証明書を、至急に偽造しろと、反対に脅された」


「賞金首、ですか? 」


 信じられないと口を挟むホアン。疑問符を浮かべる小真希。

 国が発布する凶悪犯の手配書で、通報すれば賞金がもらえる犯罪者だと、が素早く教えてくれた。


「すまない、辺境を荒らし回っている盗賊団だ。甥の容態が悪くなるたび次々と要求されて、今は領兵一部隊と執行官の一部に、盗賊団の者が入り込んでいる」


 俯いて膝を握る指が、目に見えるほど震え出す。


「そして今日。私は金融行者に、領主の指輪を渡してしまった。これでもう、モルター領は、金融行者の手の内だ」


 領地乗っ取り。

 モルター子爵には、五才になる嫡男がいる。

 思うがまま操れるアルノールが後見人になれば、モルター領は盗賊団の隠れ蓑にされてしまうだろう。


「なぜ、寄親のサザンテイル辺境伯様に、訴えないのですか? 」


 顔を歪めたアルノールは、食いしばった唇から声を絞り出した。


「私の任されている村は、盗賊団に……支配されている」


 項垂れるアルノールに、皆はやれやれと目線を交わした。

 想定内ではなかったが、なるほどと納得する。

 領主街の郊外にある平凡な村ノルトは、人質になっていた。


 特に目立った特産物は無い。豊かとは言えないが、貧困に喘ぐほどでも無い、どこにでもある田舎が、危ない。

 

『面白そうだ。我が見学に行ってやろう。クフッ クフフッ』


 しゅるんと宙返りした精霊が、収縮して消えた。

 相変わらず自由な。。


「私の落ち度で、村民に酷い思いを さ せてっ」


 頭を抱えてプルプルし出したアルノールに、ドン引く周り。

 見かねたホアンが、小真希に目配せする。


「ん〜 アレ精霊が飛んだから、良いんじゃない? 」


 チラと天井を流し見る小真希に、状況が読めたホアンだ。


「そうですか。なら、交渉を始めさせて頂きましょう」


 小真希には薄く微笑んだホアンが、引き締まった顔つきに変化してアルノールに向き合う。


「領主代行。モルター領が抱えている問題を、我々が解決できたら、褒賞にこちらの条件を上乗せして下さいますか? 」


「……なんだと? 」


 書板に白紙を乗せ、要求内容を書き連ねたホアンが、沈黙のまま、できあがった書面を提示する。

 渋々受け取って目を通したアルノールが、呆けた顔を上げた。


「こんな事が……できると? いや、たとえそうできたとして、本気で、を呑めと言うのか! 」


 激昂し始めたアルノールを静かに見返し、ホアンは頷く。


「モルター子爵が受け持つモルター領が、この条件で正常に戻るなら。安いものではありませんか? 領主代行」


 赤くなったり白くなったり忙しいアルノールと、余裕綽々で見返すホアン。

 指示があれば言われる通りに動こうと、退屈気味な小真希は、ぼんやり意識を彷徨わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る