第86話 ご相談を。。

 さっきから頭を抱えているのは、領主代行アルノール

 ホアンから提示された報奨要求の内容に、悶々としている。


「現状を解決した後でと、くださるなら、こちらとしては充分です。いかがですか? 」


 目線を上げたアルノールが、胡乱げにホアンを見た。

 散々騙されてきたアルノールにとって、これが新たな罠に思えるのだろう。


「ねぇ、おじさん。今のままでも終わりなんでしょ? だったら試したところで、これ以上悪くなる事なんて無いと思うよ」


「グッ……それは、そうだが」


 容赦なく心を抉られて、アルノールは胸元を掴んだ。小首を傾げる小真希以外も、微妙な顔をしている。

「えげつなぁ」と漏らしたリムに、何人かが頷いた。


「なんという悪魔の囁き。ぁ、いや違うか。私にはもう、選ぶ資格もなかったな」


 弱々しい微笑みは儚いが、美少女でも美少年でもないおじさんでは、マイナス効果が大きい。

 元気ならイケオジなのに勿体ないとは、小真希の内なる感想だ。


「ホアン殿。この条件が誠なら、私の地位を投げ打ってでも領主に奏上しよう。なので、どうか領主を助けて頂きたい。この通りだ」


 深く頭を下げてからペンを取ったアルノールは、証人の空欄に署名して、切った指先で印を捺した。

 

「承った。では、盗賊どもに気取られる前に、お帰りください」


 ホアンに目を向けられた小真希は、一瞬ドギマギと視線を彷徨わせた。

 頭の中で、ため息も聞こえたような。。


『マスター……認識阻害をかけて、アルノールさんを送って欲しいのではないですか? 』


「ああ、わかった。任せて、オマケさ 」


『マスター? これからは、取扱説明係トリセツとでも、お呼びください。オマケよりはマシかと思いますので』


「ぁ はい」


 微妙な名前に、それで良いのかと思いながらも、アルノールに頷いてみせる。


「いつも通りの態度で過ごして頂ければ、あとはこちらで対処します」


 見送るように立ち上がったホアンが言葉を送り、送られたアルノールは曖昧な様子で頷き返した。

 廊下に出た所で認識阻害をかけ、小真希は階段まで見送った。

 階段を降りるアルノールの姿が、ふるりと歪んで消える。


「おぉー、あんな風になるんだぁ」


 初めて見る現象に感動して、部屋へ帰った。


「コマキィは、ソファーに座って下さい」


 ベッド近くに寄せたソファーには、ミズリィが腰かけている。

 ベッドにはウェドとリム。椅子にはホアンだ。


「先程、領主代行に出した報奨の内容ですが、現在開拓している地所の自治権を要求しました。村長に一任されているとは言え、独断で事を大きくした責任は、わたしにあります」


 皆が腰を据えたのを機に、ホアンは責任の所在を自分とした。

 成り行きで「鉄槌」の助力を受けたのも、小真希がアルノールを連れてきたのも、ひっくるめて背負い込むつもりだ。


 領主街への出発時、ホアンに判断を委ねると、村長は言っていた。

 こんな風に大事おおごとな、など、想定外だろうが。。

 

 ちょっと申し訳ないと、小真希は思う。本当のところは、ちょっとどころでは無いのだが、自覚は薄い。

 スタン冒険者ギルマス家族妻娘を救出して帰るはずが、領地乗っ取りのゴタゴタに巻き込まれるとは、運の女神に一言言いたと、不満に思ったり、思っていなかったり? 。


「わたしたちの為す事は、六つです。ひとつ目は、領主代行アルノールの村を、盗賊団から取り返す事。ふたつ目。最初の目的だった、スタンの家族を取り返す事。三つ目。領主の救出。これについてはコマキィに確認ですが、四十階層に降りた時、完全回復薬神酒ソーマを手に入れているなら、わたしたちにして貰いたいのですが? 」


 確認と言いながら確信しているホアンに、小真希はそっと王冠スライムの完全回復薬神酒ソーマを、五本差し出した。

 最下層で手に入れた黄金スライムの完全回復薬神酒ソーマに比べ、一本分の分量は半分くらいだ。


「……やっぱり、魔物狩りをしたのですね。はぁ〜」


「え! 素直に出したのに、ひどっ」


 ホアンの反応に憤慨する小真希を、幾本もの視線が突き刺した。


「コマキィは無茶をし過ぎです。皆の心配も理解して下さい。であっても、あなたは女の子なのですよ」


 何気に弄られた気もするが、真剣なホアンにドギマギする。


「お前に何かあっても、自分らは四十層まで行けないからな」


 ミズリィの正論に、ごもっともと思う。


「なんか  ごめん」


 素直なところは褒めて欲しいと、上目遣いしたのだが。。


「四つ目。領主の安全を確保し、領兵と執行官に紛れた盗賊の捕縛を行います。これは領主代理のノルトを制圧した後に、領主自らが実行する予定です」


 効果無しだった上目遣いを、どこに持って行けと。。

 挙動不審の小真希の頭は、ミズリィのゴツい手でわしゃわしゃされた。


「五つ目。盗賊と繋がっている金融業者の、悪事の証拠品を押さえる事。これは領法に照らして、復帰した領主に裁いてもらう為です」


盗賊金融業者アジトに、泥棒に入るのか」


 皮肉ったリムに、小真希は失笑した。皆も口元が緩んでいる。


「六つ目。それらが終わったら、ミトナイ村を奪還しましょう」



 夕方。

 ジーン鉄槌魔導士を除いた三人が宿に帰ってきた。

 個室に集まって、食事をしながらの報告会が始まる。


「毛嫌いされている領兵の一部隊を、突き止めたぞ」


 領民に言い掛かりをつけて、金を巻き上げる。

 屋台に、みかじめ用心棒料を強要する。気分次第で、たまたま目に付いた者に暴力を振るう等、正規兵とは思えない行動だ。

 探りを入れてきたトロン魔法剣士は、渋い表情を浮かべた。


「訴えや争い事を仲裁する執行官の中で、金の過多で不当な判決を下す者二名を確定した」


 領主街の様子を見回ったミグリーダーの報告に続けて、カート斥候が話を継いだ。


「噂の両替商に関わって、奴隷落ちした者を見つけた。不当な判決を下す執行官と、懇意にしている店主両替商の屋敷を探ったが、門番の中に低額の賞金首らしき者を確認したよ」


 アルノールの話を裏付けるものばかりで、皆は「鉄槌」の優秀さに舌を巻く。


「それ、紛れ込んだ盗賊らしい」


「は? 」


 リムの発言に、「鉄槌」のメンバーは食事の手を止めた。


「実は、領主代行と知り合う機会があって、色々と内情が分かりました」


「お前ら、外に出たのかよ」


 呆れ返る「鉄槌」メンバーに、ホアン以下メンバーは深々と頭を下げる。それを見て慌てた小真希も、頭を下げた。

 一見して誰が外へ出たのか、明白だ。


「説明してもらおうか」


 低くなったミグリーダーの声に、ひとり飛び上がったのは、小真希だった。

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