第87話 噂を流そう

 領主代行が明かした街の現状を聞いて、「鉄槌」のメンバーがしばし黙り込む。

 モルター子爵領が、とうの昔に理不尽な集団の手に落ちていたと知って、苦々しい表情だ。


「どうするんだ? リーダー」


 トロン魔法剣士の問いかけに、考え込んでいたミグリーダーが顔を上げた。


「仕方ねぇな。ある程度状況が掴めた時点で、あんたらには母娘を連れて、先に逃げてもらうつもりだった。そのためにジーン魔導士を、ふたり母娘に張り付かせていたんだ」


 追放刑にしたホアンたちを見て、領兵が騒ぎ出したり警戒を強めたりすれば、「鉄槌」の受けた依頼がこなせなくなる。

 ミグは恩返し半分、依頼遂行の妨げにならないよう、ホアンたちを利用する下心半分で、母娘の逃亡を手伝う気でいたと言う。


「実はな。母娘を監視している女は、領主館に出入りしている。後を着けて分かったが、噂の両替商の屋敷にもな 」


 一段と低くなった声で、ミグは身を乗り出した。


「自分から飛び込んできたんだ。あんたらには、とことん付き合ってもらおう。腹は括っていそうだし、ミトナイ村にもあんたらにも、メリットのある話だしな」


 ミグの雰囲気が変わった。

 気ままで豪快な冒険者の内側から、統率する指導者の風貌が現れる。


「我々「鉄槌」は、王都の冒険者ギルドから、モルター領に関する指名依頼を受けている。依頼者は公表できない。秘匿事項だ。ただ、あなたたちとの協力関係は、お互いの利害が一致したと、理解して良いんだな」


 指名依頼は、高位の冒険者にしか依頼されない。それを受けたとしたら、「鉄槌」のランクは相当なものだ。 


「私たちの当初の目的は、レオン母娘の奪還と彼女らの安全です。今は、モルター子爵から頂けるも、目的に加わりましたが。奪還した後の母娘の安全を保障して頂けるなら、協力も吝かではありません」


 暗に母娘の身の安全を要求するホアンは、最初から領主の事情に頭を突っ込むつもりだったのを、協力と言い換えた。

 本来なら救出して掻っ攫って、開拓地に逃げ込む腹づもりだったのを、報奨のために気が変わり、協力しても良いと提案した体だ。


「母娘の安全は保障する。保護する場所も提供しよう」


 太々しくも見える笑みが、ミグの満面に広がった。


「実はな。領主街の聖教会にいる司教が、依頼者の代理として、融通を利かせてくれている。お堅い聖騎士もいるし、司教に預けるなら安心だろ」


 ミグリーダーが、熱酒ホットワインでため息ごと飲み下す。痛み出した胃を温めているようにも見えた。


「食えないジジイだが、信頼はできるからな」


 諦め半分で呟くミグに、司教は変わり者かもしれないと、皆は思う。


 疲れた目をするミグに、小真希は中間管理職の上司を思い出していた。

 部長と部下に挟まれて、いつもミグのような顔をしていたと。。


「お言葉に甘えます。両替商の証拠集めとレオン親子の救出は、わたしたちに任せて頂けますか? ノルト村奪還は「鉄槌」の皆様に協力して、一気に制圧できればと思います。最後のミトナイ村制圧は、領主様の指揮下に入らせて頂ければ、最良なのですが 」


 アルノールのノルトを奪還するのは、領主に好印象を持たれたい下心だ。

 精霊と小真希のに加えて「鉄槌」との連携があれば、村に蔓延る盗賊など物の数ではないはず。。

 レオンの妻娘さいしを救出するのは、ホアンたちで充分だ。 


 領主街と繋がりを切られたミトナイ村の盗賊も、正規の領軍と連携して作戦を立てれば、制圧は可能と思われる。


「なら俺たちは、領主の救出と領に潜り込んだ盗賊が逃走しないように見張る事。あんたらが集めた証拠で、両替商を摘発した実績は、領主の采配だったと。そう言う事にしても、良いんだな? 」


「そうですね。できれば両替商の摘発は、にして頂ければ、わたしたちの願い要求も、通りやすいと思うのですが 」


 しれっと言うホアンは、テーブルに王冠スライムの完全回復薬神酒ソーマを並べる。

 手回しの良さに、ミグリーダーが苦笑した。


「なら俺たちも、特大なを貰えるよう、掛け合うとするか」


 見交わすホアンとミグが、悪代官と悪両替商に見えた小真希は、椅子に座ったまま、ほんの少し後退りした。


「早速動く。人質レオン母娘の救出は、あんたらの裁量で行うとして、決行の日時と互いの役割を詰めよう。その前に、これを渡しておく」


 ミグがテーブルに滑らせて渡したのは、紋章が刻まれた金の指輪だ。


「聖教会に、話は通しておく。救出したら、真っ直ぐ逃げ込んでくれ」


 満腹でウトウトし出した小真希を、慣れた様子のウェドが手を引いた。

 思えば肉体エリンの年齢は、まだ十三才。お子ちゃまだ。

 眠くてフラフラしながら、自分の幼さに気が付く小真希。


(うん ねむぅ。余計眠くなった)


 小真希が部屋に帰った後、綿密な計画が練られて行く。そんな翌朝は、曇天の上に雪がチラついていた。

 朝食はいつもの個室で、小真希は昨夜決まった計画を聞く。


「まずは多くの賊を、人質の隠れ屋へ集める手段ですが。人質を奪還しに来た者がいると、噂をばら撒きます。そちらに目を逸らさせて、手薄になった屋敷に、コマキィとリムが侵入してください。ただし、危険な状態なら、必ず退去する事。約束ですよ。ウェドは遠隔から、私たちを支援してください」


 レオンの妻娘を派手に救出したホアンとミズリィは、できるだけ多くの賊を引きつけて、聖教会へ逃げ込む予定だ。その道中を監視し、賊の妨害工作をするのがウェドだ。


「ん〜。証拠品を、根こそぎすれば良いのね? 」


 ざっくりとした小真希の言いように、皆が呆れるのはお約束。。


「まずは今日一日で、あやふやな噂を流しましょう。くれぐれも、気をつけて」

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