第142話 入学式で。。

「うん、そうよねぇ。手抜きかぁ。思いつかなかったわ」


 次席から聞こえた「手抜き」と言う呟きに石化し、ふと舞い戻った小真希は、素直に同意した。


 すっかり油断して言葉にしたが、まずいと慌てて口を押さえても、もう遅い。

 仰向いた黒瞳と目が合って、ヘラリと、いつもの愛想笑いをする。


 間近でじっくり見れば、この世界の人のように彫りの深い顔立ちではない。整ってはいても、平たい東洋人。近所の小学生か中学生だ。


「座ったら? 目立ってるし」


 とても冷静な指摘を貰い、内心でムッとするも、そこら中から集中する視線を思い出して、猫を被り直す。

 きっと義理両親サザンテイル夫妻も見ている筈と、実に優雅な所作で着席した。


「わたくしはコマキィ・サザンテイルです。あなたは? 」


 チラと見た男子の制服は、最低ラインの素材だ。


「ぼく? のリノ。父さんは聖教会の修道士だよ」


 日本人的な名前ではないが、キラキラネームの可能性もあるか。。


 毎年、貴族籍の無い学生も入学すると聞いている。シンプソン伯爵家のミンツも、そのひとりだ。

 大抵は貴族家に仕える使用人貴族の嫡男以外の子供で、入学した子息息女の従者か、親の仕事執事、侍女を受け継ぐための入学だ。


「そう。よろしくお願いしますね。クラスも成績順と聞いています。机の位置も、隣同士かも知れません」


「うん。よろしく」


 小声で会話するふたりの前を、金と黒と茶と赤銅の男子生徒が横切った。

 黙ったままリノの隣りに座ったのは、きんきら金髪の王太子殿下。真っ直ぐ上げた横顔に、薄っい微笑みを貼り付けている。


 金と黒と茶と赤銅の次は、王太子殿下に似たキラキラ金髪の可愛い女子。

 何人か行き過ごしたところで、ルイーゼが前を横切った。


「不埒者」


 お約束なのか、訳のわからん捨て台詞を吐いて行った。


(う〜ん。同じクラスになるのかな? 面倒くさいなぁ、もう)


 式次第に則って、賓客やら理事長やらの挨拶が続く。


(おぉっと、ド派手美人は……ん? 居ないよ。王太子殿下と似た人は、陛下の隣りに居るけど)


 義理父の依頼を果たした後は、襲いくる睡魔との戦いが始まった。

 どこの世界でも、これは避けて通れない試練か。。


「……であるからして、生徒の皆は、身分に関係なく、平等に知識を求める権利がある。幅広い教養を積むべく、精進するよう願う次第である。皆、入学おめでとう。今後の成果を期待している」


 学院長の挨拶が終わり、先導する先輩がクラスごとの新入生を誘導し始めた。

 小真希たちのクラスを受け持った先輩男子は、ずいぶん不機嫌な様子で、小真希に眉を顰め、リノに舌打ちし、王太子殿下と黒・茶・赤銅に、満面の笑みを見せる。

 

「お足元にお気をつけて、いらして下さい。王太子殿下、こちらでございます」


 はい、アウトー。と、小真希は思う。身分に尻尾を振る超小物だ。


「行きましょ、リノ。気にしなくて良いわ」


 先導役の先輩と王太子殿下の間に立ち上がり、特上の微笑みに威圧を混ぜ込む。ターゲットは先導役の先輩だ。


「案内、ありがとうございます。先輩? 」


 ニコリと笑いかければ、蒼白な顔で細かく頷く。

 小真希を先頭に、一列十名の生徒が歩き出した。観覧席を見上げると、義理両親サザンテイル夫妻は満面の笑みで頷いた。


(よし、間違ってなかった〜)


 案内されたクラスは最優秀のアジーン。前列四名、後列六名の座席だ。

 大手企業の社長が座っていそうな執務机が、余裕を持って配置されている。


 当然、小真希とリノは窓側の前列で隣り同士。リノの隣りが王太子殿下と黒髪男子だ。リノの黒髪と違い、黒みがかった濃い碧だった。

 小真希の後ろ左右に、茶と赤銅の男子が座る。


(後ろからの目力が、圧力がすっごぃ。どうしてやろうか。プチって)


『やめて下さい、マスター。冗談になりません』


(ぃや  ごめん)


 後列を見渡しても、ルイーゼの姿はない。


あの子ルイーゼ、終わったね)


 成績順に三クラスあるが、果たしてどのクラスに振り分けられたのか。ちょっと気になる。


 小真希の居るアジーンは最優秀クラスで、人数は十人。

 次の優秀クラスはドヴァー。二十人編成。

 最下位の普通クラスがサゥリ。四十人の編成だ。

 年末試験の成績によって、学年を上がる時、クラス分けは変動する。


(席順が下がるの、癪だな。よーし、卒業までトップを独走しよう)


『了解です、マスター。お任せ下さい』


 とっても頼もしい返事が返ってきた。も実力だーい。


 全員が着席するのを待っていたように、男性教員が入ってきた。

 豊かな銀髪と薄い水色の瞳に、既視感デジャ・ビゥ〜

 教壇に立ってひとりづつ生徒を見回す仕草も、凄く既視感デジャ・ビゥ〜


「君たちが卒業するまで、アジーンクラスを担当するフレバリー・エバンズだ。年々クラスの顔ぶれは変わるかも知れないが、極力このままの成績で、卒業できるよう期待する」


 名前を聞いて、小真希はギョッとなる。

 話し方も、ちょっとした仕草も、どっかのお宅で出会った貴婦人に、そっくり。

 家庭教師のミセス・エバンズが、頭の中で微笑んだ。


「わたしは皆を把握している。君たちは、可愛いわたしの生徒だ。互いに認め合う自己紹介は、後ほど個人的にして、親交を深めてくれ。まずは、詳細な魔力と属性を計測する。首席から順に、前へ来なさい」


 立ち上がったものの、個人情報ステータスを読み取る魔道具なら、正体がバレそうで腰が引ける。


『大丈夫です。マスター』


 よし。無限の猫被り発動ーおー。。


 微妙に恐る恐る、教壇脇に置かれた魔道具に近寄る。

 測定器は小振りの金属製の箱で、透き通ったタブレットが乗っていた。


「怖がらずに両手を乗せて、よしと言うまで魔力を流しなさい」


「はい、ミスター・エバンズ」


 小真希の返事に、エバンズの口角が上がった。


「学院では、教授と呼ぶのが正しい」


「失礼いたしました。エバンズ教授」


 そっと両手を乗せて魔力を放つと、一定の速度で吸い上げられた。

 放出する魔力量は多いが、枯渇したことのない小真希は、鼻歌を歌えるくらい余裕だ。


「ほぅ、なるほど…… よし」


 魔道具の横から、手のひら大のカード二枚が吐き出された。

 一枚をエバンズ教授のファイルに収め、もう一枚を小真希に差し出す。


「学院生用のギルドカードだ。実習の時に必要となる。実習は二学期に始まる。それまで、大切に保管しなさい。皆も、無くさないように」


 リノの計測にも驚きの顔をした教授に、王太子殿下の笑みが引き攣った。


 ひとりの計測時間は三分程度。

 金の王太子、黒あらため濃碧、茶、赤銅の次、七番目は王太子殿下と同じ、磨いた金貨みたいな金髪の女子だ。


「充分な魔力量です。王女殿下」


「まぁ、嬉しいです」


 ほんのちょっと、教授エバンズは王女殿下に甘いようだ。


(それでも可愛いから、許せる! )


 可愛いが大好きな小真希の琴線を、ビュンビュンかき鳴らした王女殿下だった。


「本日はこれまで。各自親交を深めるなり、学院内の見学をするなり、自由時間とする。できるだけ余裕を持って、明日に備え、速やかに寮へ戻るように。では、解散」


 教授が退出して、肩から力が抜けた。気づかなかったが、ずいぶん緊張していたようだ。


「サザンテイル様と呼ぶのが、正解? 」


 隣りからリノが聞いてくる。


「いいえ、お友達だから、コマキィで良いわ」


「じゃぁ、コマキィさま」


 もの凄い違和感に、背中が痒い。コマキィさまって、なに!


「うーん。呼び捨ては? 」


「いや、無理無理。やばいよ」


 さすがに平民が、貴族の令嬢を呼び捨てるのは不敬だ。


「なら、さん付けかな」


「コマキィさん? で、いい? 」


 素直に言い直すリノは、朗らかに笑んだ。


「コマキィ嬢と呼ぶのが、正しいよ。リノ君」


 ふたりの会話に入ってきた王太子殿下が、軽い調子で訂正した。


「あー、はい。ではコマキィ嬢 どう? 」


「そうね。初対面だし、それでお願い」


 話したそうにする王太子殿下を見れば、満面の笑みになった。


「割り込んで失礼した。改めて、私はレナルド・バードック。これからよろしく頼む。その、同じクラスだから、友人で良いだろうか」


 思っていたより気さくな言い様に、小真希の好感度がちょっと上がる。


「あの、わたくしも宜しいでしょうか。ナスタシア・バードックと申します。クラスの女子はふたりきりですし、お友達に加えて頂ければと」


 王女殿下のはにかみ具合が、極天使っ‼︎ 。小真希にはドストライクだ。


「光栄でございます、王太子殿下、王女殿下。 よろしくお願い致します」


「ああ、良かったわ。リノさんも、よろしくお願いしますね」


 小リス天使王女殿下の笑顔が眩しい。


「ああ。いや、はい。王太子殿下、王女殿下。平民ですが、よろしくお願いします」


 緊張もなく受け答えするリノに、不満轟々の三色濃碧・茶・赤銅が唇を噛んでいる。


「王太子殿下。王女殿下。発言をお許し下さい」


 薄い金髪の男子が、胸に手を当てて略式の礼をした。

 ギョッとして、不満轟々の三色濃碧・茶・赤銅が後退る。


「良いともサーシス。今日からは同じクラスの生徒だ。畏まらず、普通に話してくれ。ナスタシア王女も良いか? 」


「はい。殿下のおっしゃる通りですわ」


 王太子殿下の問いかけに、王女殿下もにこやかに頷く。


「私はサーシス・グランズです。これから一年。必ず順位を上げて見せます。でも、良きライバルとして、付き合ってもらいたいと思います」


 にこやかな雰囲気の中、不満轟々の三色濃碧・茶・赤銅は、口を噤んだままだった。

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