第141話 どうしてこうなった⁈
王立学院は王城の端の端にある。
実際には何重もの城壁で、王の住まいとは隔てられているが、王城の敷地内には違いない。
正確には第三騎士団の練兵場と、魔術師師団の魔塔に挟まれた、森の入り口に近い場所だ。
この森には、王家直轄の小ダンジョンがある。
王都近郊で唯一の山裾にあるそれは、一般人の入場を許していない。
ちなみに一般公開されている近郊のダンジョンは三箇所。
歩いて一時間ほどの距離にある、初心者向けの草原ダンジョン。
北西にある港の海底ダンジョン。馬車で一日の距離にある沼地のダンジョンだ。
王家直轄の小ダンジョンは、騎士団や魔術師師団の訓練に使われるほか、王立学院の騎士科と魔術師科の、実習授業にも利用されている。
王立学院の入学式が行われる本日、滅多に開かない大門が開く。
ダンジョンの氾濫を危惧し、数代前の王が建造した城砦門は、二重構造で、ダンジョンの入り口を封鎖する城砦門と、今日開かれる大門の間には広大な敷地がある。
練兵場、魔塔、王立学院を抱える空間だ。
首都に隣接し、一度も氾濫を起こしていないダンジョンは珍しい。
いずれあるかも知れないけれど、今まで被害を起こした事のないダンジョンの城砦は、遠くから見上げるだけで観光の名所になっていた。
普段使用される正門とは違い、式に詰めかける保護者を、速やかに受け入れるための処置として開かれた大門。それを潜り抜け、辺境伯家の馬車が高位貴族の区画に止まる。
降り立った一家をルイーゼが待っていた。
傍には、同じ制服ながらキラキラしい男子生徒が四名。
(おぉー、あれが噂に聞く、なんちゃら小説か乙女のゲームの定番。ゲームなら攻略対象と呼ばれるイケメンを取り巻きにした、悪役令嬢ぉー だよね? )
幼いながら、どの男子生徒も整った顔立ちで、独特のオーラに包まれて見える。
見た目無表情、ノーリアクション。
うるうるムフフの脳内で、ひとり大騒ぎの小真希だ。
素早く正式な礼をとる辺境伯夫妻の後ろで、小真希も綺麗な礼をした。
「久しいね、辺境伯。奥方も息災のようで、何よりだ」
「王太子殿下に、臣下サザンテイルがご挨拶申し上げます」
「頭を上げてくれ。今日から私も、ルイーゼと同じ学院生だ」
姿勢を整える両親に倣い、小真希も頭を上げた。
四人の中でただひとり。きんきらな金貨を思わせる髪の男子が、王太子殿下らしい。
あとは、黒に茶色に赤銅色。見分けが付きやすくて、良かった良かった。面倒くさがりの小真希は、にんまりした。
「ルイーゼの新しい伯母上が、入学すると聞いた。とても元気な令嬢らしいな。紹介してほしい」
挙手して「わたしでーす」と言いたいのを堪える。
本物の王子様にやったらダメなやつだと弁えて、小真希はもう一度、浅く頭を下げた。
「こちらに居りますのが、六女のコマキィでございます。なにぶん辺境の生まれゆえ、礼儀に足りぬ所もございましょうが、慣れるまでお目溢しいただければ幸いです。 これ、殿下にご挨拶を」
よそ行きの辺境伯父に紹介され、小真希はさらに腰を折った。
「これから同学年になる。公式の場ではないから、畏まらなくて良い」
「はい、ありがとうございます。サザンテイル辺境伯の六女、コマキィでございます。お目に掛かれて光栄でございます」
足に負担の掛かる淑女の礼で、ピリとも体幹が揺れない小真希に、王太子は意外そうな顔をした。
こう言う挨拶をさせようと図ったのは、ルイーゼで間違いない。
思った展開にはならない事に、どんどんと扇子の裏で表情が歪んでいる。
「それでは殿下。式に間に合うよう、失礼を致します」
辺境伯の発言で、小真希は姿勢を正した。そのまま両親の後を追いかける。
「ルイーゼ。まだまだ幼くて、可愛らしい事。
ルイーゼの横をすり抜ける時、にこやかに笑んだ
ぞくりと肩を揺らしたルイーゼの視線の先を、麗しく微笑む
(へぇぇ。お義母さまが怖い? だったら、怒らせないように気をつければいいのに〜 ふふっ)
両親の後を小走って、小真希もすれ違うルイーゼへ、貼り付けた笑顔を向けておく。
ビビるくらいなら、初めから宣戦布告などしなければ良い。
子供ね、と思う小真希は、ルイーゼよりも幼く見える自分に、まったく気づいていなかった。
「さて、どんな成績で合格したのか、楽しみだわ」
茶化すような
「はい、お義母さま。怖いくらい楽しみですわぁ ふふふぅ」
会場の入り口で係員から告げられるのは、合格の点数で決まった席順だ。
ここで合格の順位と席の位置を確認して、保護者と生徒はそれぞれの場所に別れる。
(え? 先輩 なの? )
受付にいる親子三人を見て、小真希は立ち止まりそうになった。
新入生を間に挟んでいるのは、忘れられない先輩、と彼女。
一瞬、逃げ出しかけた小真希だが、驚いて鼓動は早くなったものの、失恋の痛みはあまり湧いてこなかった。
(誰だろう。あの子)
ほんの少し切ないが、意外と平常心な自分に安堵して、緊張が緩む。
先輩夫婦の間にいる男の子は後ろ姿で、短く刈った黒髪が艶めいていた。
親子三人が黒髪で。そう、まるで前の世界の親子をみる感覚。。
(みんな黒髪 ん? なんだっけ。ダンジョンで …… ‼︎ )
先輩を見かけたダンジョンで、ポンコツ兵士が言っていた。
新しい勇者が来た。とか、なんとか。。
(まさか二度目召喚の勇者。子供? はぁっ⁈ )
心の中でひっくり返るほど驚いているのに、なんとか表情は取り繕う。
先に会場へ入る黒髪の背中を見送り、小真希も列に並んだ。
順番が来て係員に氏名を告げ、首席合格した事実にも、感動は薄い。
今は見かけた先輩夫婦と子供の事で、頭が満杯になっていた。
「よくがんばりました。誇りに思いますよ。コマキィ」
「うむ、
急速に冷えてゆく感情を、猫被りな笑顔でやり過ごす。
「ありがとうございます、お義母さま。お義父さま」
両親と別れて、首席の席へ行く。
後列はほとんどの席が埋まり、歩くたびに絡みつく視線を感じる。
最前列の一つ目の背もたれに手をかけた時、大きなざわめきが湧いた。
「嘘でしょ⁉︎ なぜ、見た事もない者が首席に座るの」
「殿下ではなかったの? 不敬だわ」
「信じられない。次席まで埋まるなんて。誰なの? 」
好き勝手な言葉が後頭部に直撃して、頭が痛い。
「はぁ。手抜きするべきだったかな」
隣りでため息を吐いた黒髪の男子に、小真希の目がひっくり返った。
(なんで隣り⁈ てか、その手があったよっ)
化石化したまま、小真希は天井へ顔を上げた。
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