第94話 またまた追跡!

 抵抗することなく、呪いまじない師はアルノールの配下に連行されて行った。

 領役場に併設された裁定所で、厳しい事情聴取が行われる。


「領主夫人シンシア様に、今回の事態を報告いたします」


 寝台に寄り添って座った領主夫人シンシアに、アルノールは跪いた。そうして、ゆっくりと領主の指輪を差し出す。


「わたしは、己の失態を隠すため、数々の窃盗を行いました。これは、わたしだけの罪科つみとがです。どうか、関与していない家族や使用人は、お目溢しいただきたく、お願い申し上げます」


義叔父おじさま? 」


 理解できないと、領主夫人シンシアの顔に書いてある。


 込み入ったアルノールの話しが長くなる前に、ミグは完全回復薬神酒ソーマを五本取り出した。


「領主代行。罪は罪として、まずはご領主様の治療が先だと思います。は、後ほどでよろしいのでは? こちら、ミトナイ村の冒険者から預かってまいりました」


 初めて目にする物に、アルノールと領主夫人シンシアが顔を見合わせる。


「ギルドに依頼を出されていた完全回復薬、神酒ソーマです」


「これがっ? では、夫は助かるのですね」


 ミグの説明に、訝しげだったシンシアが感嘆の声を上げた。


「感謝します」


 すぐに枕元の呼び鈴を鳴らし、入ってきた侍女に指示を出す。


「主治医に、往診するよう連絡を」


 待ち侘びた品であっても、確証もなく領主に投与はできない。

 医者への手配をして、長男を別室へ連れてゆくよう侍女に預けた。


神酒ソーマが本物で、夫の容態が好転した暁には、約束通りの報酬を用意しましょう」


「お言葉、ありがたく頂戴します。ただ、神酒ソーマを提供しますのは、ミトナイ村の冒険者パーティーです。」は代理でお届けしたまで。後日、彼らとお目通りをお願いします」


 ほんの少し怪訝な表情になった領主夫人だが、すぐさま穏やかに微笑みを浮かべる。


「あなたは、誠実な方なのね。分かりました。後日、ミトナイ村の者たちと同様の報酬を、「鉄槌」の皆にも用意しましょう」


「ありがたきお言葉です。お礼申し上げます」


 ミグの返答が終わったところで呼ばれた主治医が訪れ、神酒ソーマが本物か鑑定すると告げて、一本を持って行った。

 ミグ以外を人払いして、領主夫人シンシアはアルノールに向き合う。


「では、義叔父おじさま。何があったのか、聞かせてくださいますか? 」


 腹を括り、一切の言い訳をせず、アルノールは事の発端から告白した。

 現在ノルト村が、盗賊団の手下に占拠されていると聞き、感情を露わにしたシンシアだが、奪還に向け「鉄槌」とミトナイ村の冒険者パーティーが動いたと聞いて、胸を撫で下ろした。


「皆には感謝します。神酒ソーマの報酬とは別に、ノルト村奪還と賊の討伐を、内密に依頼します。受けてもらえますね」


「了承いたしました。お任せください」


 ミグの答えに安堵して、シンシアはアルノールに向き合った。


義叔父おじさまがエドウィン領主に代わり、モルター領を支えてくださった恩を、わたくしは忘れてはおりません。必ずわたくしが、助命を願い出ると約束いたします」


「ありがたきお言葉。感謝します」


 何年にも渡ってのしかかっていた重荷が取れ、アルノールのくたびれた顔に、情けない笑みが帰ってきた。


「では、これでお暇します。ノルト村は、お任せください」


 確約して領主館を出たミグの目の前で光が回転し、紙片を吐き出す。

 歩きながら目を通して、ニヤリと口角を上げた。


「想定通りか」

 

******

 閉まりかけの領門から、コソコソと出てゆく者が二人いた。

 門の外で物陰に隠れていた小真希たちミトナイ組と「鉄槌」は、充分な距離を空けて尾行を開始する。


『良い! 良いなぁっ。面白そうじゃっ! 』


 今にも飛んでいきそうな精霊に、小真希は呆れる。


「なんなら付いて行けば? 監視して、捕まってる人を守ってくれても良いわよ。あ、陰から守ってくれる精霊って、格好良いかも」


 小真希のを胡乱な目で見た精霊が、自己完結して頷いた。


『かかっ。まぁ良いわ。格好良いなら、手をかしてやるのも、吝かではない。くふふふ』


 気色の悪い含み笑いを残して、精霊は、いまだにコソコソ逃げるふたりを追いかけて行った。


「あたま、大丈夫? 」


 察してるのに揶揄ってきたリムが、面白半分に小真希の顔を覗き込む。


「ほっといてっ」 


 むくれて顔を背けた小真希に、物言いたげなホアンが、やっぱり覗き込んで片眉を上げた。


「もぅ……精霊がに付いて行ったわ」


 顎で前方を示した小真希に、分かっていると、ホアンは笑顔になる。

 面白いと言って人間に構う精霊は、時に無邪気な残酷さで人間を玩具にする。

 エリンのように。。


「今度は、お手柔らかに、して欲しいかな 」


 無邪気さが残酷へと傾かないよう、小真希は願った。

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