第93話 領主街を取り戻そう

 膝を立てて浴槽バスタブに浸かり、小真希は目を瞑る。

 たいして運動はしていない。それでもかじかんだ手足の強張りが解けて、大変に心地よい。


「夜中に出発かぁ、もぅ〜。寝不足はお肌の大敵だよ」


 一日中走り回ってホアンとミズリィ。ついでにウェドが、小真希も疲れているのに、酷いったらない。。心の声がダダ漏れだ。


『をぃ。さっさと支度しろ。おもちゃ ゲフン。標的が勘づいたぞ』


 浴室の天井から半身を出した精霊が、楽しそうに口角を上げる。

 一瞬固まっていた小真希は、溺れそうになって胸を抱えた。


「ぎゃっ! 痴漢! 覗き! ば ばっ バカァぁぁぁ! 」


 涙目以上、大泣き以下で取り乱す小真希に、精霊の機嫌は急降下した。


『お前のツルペタでちんまい小さな胸など、誰が見たがると言うんじゃっ。バカバカしいわい』


「つ つる ぺた  」


 ズンッと、


『混乱による魔力暴走の兆候を感知。サバイバル逆境を生き抜く処世術を発動します』


『感情爆発に至る指数を算出。天元突破による甚大な被害の回避に、最大値での結界を展開。本体小真希と周辺の安全を確保』


『暴発までのカウントダウンを開始します。 三  二  一』


 音も無く。一瞬。辺りが揺れた。。


『……マスター? 意識がありませんね』


 目を回してプカリと湯船に浮かんだ小真希に、天井からぶら下がる体勢の精霊が大笑いしている。


『仕方がありません。マリオネット肉体操作発動。服を着ましょうね、マスター』


 風魔法で身体を乾かし、小真希はテキパキと服を身につけてゆく。


『いい加減に覚醒もしましょう。ほれ、【心身回復】』


「ぬわぁっ! ……はっ、あれ? 」


 周りを見回し、きちんと服を着ている自分を見下ろして、小真希はコテンと首を傾けた。


「  白昼夢 ん? 」


 そんな頃。

 前例のない地震に、悲鳴やら雄叫びやらが飛び交うも、続いて起こるかもしれない変動の兆しは無く、息を潜めて固まっていた人々が、そろそろと立ち上がった。


「何だったんだ? 」


「収まったのでしょうか」


 ウェドを庇って覆い被さったホアンとミズリィが身体を起こし、テーブルの下に避難していたリムが顔を上げる。


「気のせいかな。ものすごい魔力を感じた……ような、気がするけど」


 曖昧な表情で首を傾げたリム。


 一瞬の揺れは大きかったのだが、棚の飾り物も食器も、コップに注いだ飲み物ですら溢れていない。

 地震で平常心を飛ばしている皆は、を疑問にも思わなかった。


 「ああ、驚いた。大地の精霊が、寝返りを打ったのか? あんたらは、大丈夫みたいだな」


 食堂の入り口から、ひょっこり顔を出したトロン魔法剣士が、片手をあげて挨拶してくる。

 後ろに「鉄槌」のメンバーはいない。


が動きそうだ。急いでくれ」


 真剣な顔のトロンに、ミトナイ組ウェド・リム・ホアン・ミズリィが立ち上がる。


「リム。コマキィを呼んできて下さい。出発しましょう」


 ホアンの指示に、思考を巡らせていたリムは、二階へ小走った。

 もう少しで、違和感の原因が掴めそうだった。けれど散ってしまった想いは、綺麗に霧散する。


(コマキィ、まだ風呂かな )


******

 とっぷりと暮れた夜道を、大量の押収物を積んだ幌馬車が、領主館の倉庫へ横付けされる。悪事の証拠品だけで、三台分はあった。


「やっと、終われる」


 押収品の収納を部下に任せ、アルノールは領主館へ足を向けた。


「油断は禁物です、領主代行。呪いまじない師が訪れたら引き留めるよう、領主夫人にお願いして来ました。ですから、きっちりと捕縛して、領主殿を救出しなければ。これからが正念場です」


 後ろに続くミグ鉄槌リーダーの囁きで、アルノールは緩みかけた気持ちを引き締める。


「そうですね。最後まで、頑張らねば」


 慌ただしく過ぎた一日を思い返し、身体が震える。


 乱闘を覚悟して踏み込んだ館は、ひっそりと静まり返っていた。

 屋敷中を捜索して、メイド数人と料理人ひとりを捕縛した以外、見知った荒くれ者はどこにも居なかった。


 現場の執務室に雪崩れ込んだ時も、椅子に座ったまま気絶している両替商会頭ロイル・カヌパスを発見しただけだ。


 様々な品で満載の飾り棚を整理し、慎重に運び出す兵と、中庭を回ってテラスから踏み込む兵とに別れ、押収を開始する。

 ミグの進言通り、地下の隠し部屋から大量の証拠物件を手に入れた。


 叩き起こした両替商会頭ロイル・カヌパスは、散乱して壊れた飾りを見た途端、悲鳴をあげて再び気絶した。

 次に覚醒させた時は、虚ろな顔で訳の分からない言葉を呟く廃人? になっていた。


 配下に指示を出しながら、表面上は落ち着いて、内心では大汗を流しながら家宅捜索領主の指輪を探すするアルノールに、ミグ鉄槌リーダーからこっそりと、領主の指輪が渡された。

 

「人目につくと、領主の名に傷が付きます。黙って、仕舞って下さい」


 細かな配慮に、アルノールは感銘を受けた。

 なんて気が利く、良い人なんだ。と。。


「領主代行? 」


 かけられたミグの声に、半分以上夢心地だった意識が、飛び上がった。すでに目の前は、領主の寝室の扉だ。


「大丈夫です。頑張れます」


 軽くノックして押し開けた部屋に、回復魔法をかける呪いまじない師と、幼い長男を抱いた領主夫人がいた。


 一歩踏み込んだアルノールの甲冑姿を見て、呪い師が顔を強張らせる。

  

「呪い師殿、そこまでだ。我々を謀る盗賊団に関与する疑いで、事情聴取に応じていただこう」


 暴れるか、逃走するか。。

 治癒の手を止めた呪い師が、長く細く息を吐いた。


「ロイル・カヌパスは、捕まったのですね。奥さんと娘さんは、無事でしょうか。どうか、保護してあげて下さい」


 疲れ果てた顔に不安を浮かべた呪い師が、それだけを口にのぼせた。

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