第92話 大活躍ぅ〜!

 普段なら閑静な住宅街を、領兵の二部隊が駆けていた。目指しているのは、洗礼された街並みの中で、唯一悪目立ちしているド派手な邸宅だ。

 押収物を回収する幌付きの馬車数台を引き連れ、領兵の部隊がけたたましく石畳を踏んで走って行く。


「おい、どうするよ。これって、絶対だよな」


 先頭で馬を駆る領主代行アルノールに従って、列を保ったまま走る警備隊。その内の後続部隊がコソコソと囁き、浮き足立ってペースを乱し始めた。


「ヤベェよ。このままに突っ込んだら、口封じで殺されちまう」


「ずらかるなら今のうちだ。ミトナイ村……は、ヤバ過ぎる。首領の機嫌次第で、首が飛ぶ。いや、絶対に荒れる。八つ当たりでられる。どうするよ」


「いったんノルト村へ逃げて、トンズラしよう」


 アルノールが裏切らないよう監視して、領主街を支配下に置く。それが、偽領兵に命じられた仕事だ。

 自分たちの首領と手を組んで、裏からモルター領を支配し、好き勝手していた両替商が摘発されれば、芋蔓式に悪事がバレる。


「ノルト村で金をパクったら、バラバラに逃げるぞ」


 側から見ても挙動不審な集団が、逃亡経路を見極めるように、手頃な路地を物色し始めた。

 距離をとった最後尾に、監視する「鉄槌」がいる事など、全く感知していない。


「もうダメだっ、俺は行く! 」


 我慢できなくなったが離脱し、動揺した者が次々と駆け去って行く。

 バラバラに散ったと見せかけて、目指すのは一番近い門ノルト村へのルートだ。


 目の前の兵士が走り去るのを見て、先頭の馬車で手綱を握るミグは、うっそりとした黒い笑みを浮かべる。

 身体強化でよく聞こえる耳は、偽領兵の会話を余す所なく拾っていた。


「逃すと思うか。バカめ」


 指示を書き込んだ紙片を丸め、ミグは道端へ放り投げる。そうして何食わぬ顔で、両替商の敷地内へ馬車を乗り入れた。


 先行する正規兵の一隊は、すでに屋内への侵入を果たしている。

 ミグも続こうとして、前庭の隅で手を振る小真希に目が行った。他の御者は、アルノールの指示待ちで各々の馬車の側から離れない。


「何をしているのかな? 」


 こめかみを引き攣らせながら接近するミグに、相変わらず満面の笑みを放つ小真希。一切、空気を読まない。読めない? 。。


「あのね、拾得物の提出ですっ」


 片手を突き出して元気の良い反応をする小真希に、いささか疲れを感じたミグは、惰性で片手を受けた。


「アルノールさんの、落とし物、でぇっす。はい」


 自分ミグの手の平で煌めく指輪を、思わず握りしめる。


「おまぇ これなぁっ! 」


「では、よろしくぅ〜」


 可愛らしく見えるように手を振って、誤魔化す気満々の小真希が、スキップしながら走り去った。


「可愛くねぇぇぇ。俺に、どうしろと? 」


 場合によっては、窃盗犯の冤罪だ。

 ゴツい肩を丸めて、ミグは肺の空気を吐き切った。 


******

 ミグリーダーの操る馬車が通り過ぎたあと、さりげなく路地から横切ったカート鉄槌斥候は、広げた紙片に目を通すなり走り出した。


「狙い通りか」


 カートと合流して、何だか嬉しそうに呟くトロン魔法剣士に、ジーンも企んだ笑いを漏らす。


 後方で監視していた「鉄槌」のメンバートロン・カート・ジーンが、互いに見交わして速度を上げた。

 偽領兵が領門から逃げ出すタイミングで襲撃し、意識を刈り取って警備隊詰所に放り込めば、今回の任務は完了する。


「先に行く」


 嬉々として走り出すジーン魔導士カート斥候を見送って、トロン魔法剣士も走る速度を上げた。


******

「確かに、お約束致しましょう。指輪これを提出した者の保護を、わたしは頼まれていますからな」


 清貧を尊む聖教会の司教に案内されたのは、質素に見せかけた贅沢な接客室だった。

 母娘スタンの妻子は治癒室へ運ばれ、治療を受けている。


「さて。何やら色々と、不可解な報告が上がっています。が、気のせいでしょう。賞金が掛かった盗賊の、世迷言。譫言うわごとでしょうな」

 

 対面に座るホアンとミズリィに、白髪を撫でながら司教が宣う。


 聖教会の門前で倒れ、抜刀した聖騎士に、自分から縋り付いてむせび泣く破落戸ごろつき集団。

 あり得ない様子に、流石の聖騎士も面食らった。


「大罪を犯した罪悪感に耐えきれず、神の許しを求めたのでしょう。さすがは、聖騎士様のご威光です。神のご加護に、感謝いたします」


 ケロリと返答するホアンは、善良な信者の表情を崩さない。


「なるほどなるほど、神のご慈悲に感謝いたしましょう」


 食えない聖職者の顔で、感謝の仕草をする司教。微笑み返すホアン。

 どっちも食えない。とは、ミズリィの心の声だ。


「ミトナイ村が落ち着くまで、母娘の事。よろしくお願いします」


 殊勝な態度で頭を下げるホアンに次いで、ミズリィも頭を下げた。


「はい。お任せください。心安らかに過ごして頂けるよう、ご配慮いたします」


 にこやかな雰囲気で話し合いを終えたふたりホアンとミズリィは、必ず迎えに来ると約束して聖教会を後にした。


「明日はノルト村か」


「気を引き締めましょう、ミズリィ。わたしたちの未来を拓くためにも」


 行手の路地から現れたウェドが、そっとホアンの横で足並みを揃える。

 見交わして頷きあう間に、宿が見えてきた。

 

「どうやら、向こうも無事のようだな」


 宿の入り口で手を振るリムと小真希に、ミズリィがボソリと呟いた。

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