第95話 殲滅ぅ。の、前に。

 領主街モルターからノルト村へは、徒歩で峠を越えて二、三時間の距離。けれど、足首まで埋まる雪を踏み締め、凍える夜中に峠を越えるなど、本来ならば自殺行為で、吹雪かなくて幸いだった。


 眼下に村を見下ろしたのが、翌日の昼過ぎ。雲に覆われた日差しは暗い。

 夏であればまだまだ明るいが、このままでは夕暮れを迎えそうな気配だ。


「ぁぁもぅ……眠ぃ。ねむぅ」


「ォイ、歩きながら寝るなってば。ねぇ、コマキィ? 」


 リムに小突かれて躓いた小真希を、ミズリィが受け止める。

 一瞬で寝落ちした身体小真希し、平然と歩く姿に「鉄槌」のメンバーが吹き出した。


「見てて飽きねぇな」


 などと揶揄うのは、大男のトロン魔法剣士


「こんな面白いもん、初めて見た。ははっ」


 とかなんとか言って笑うのは、チャラいカート斥候


「うるさいねですぇ。真面目に追跡してる? 」


 嗜める言葉とは裏腹に、人を煽る気満々のジーン魔導士

 隠密技能スキルを展開し、追跡の気配を遮断している。


「お前らって、もっと真面目だと思っていたぞ」


 肩からズレた小真希を担ぎ直したミズリィが、煽りに乗っかった。


 ホアンは、疲れて黙々と歩くウェドへの気遣いで、手一杯。

 小真希を小突けなくなったリムは、あくびを噛み殺しながら、凍り始めた足元に視線を落とした。


 日が翳った山道は、凍えた爪先に厳しい。気を抜くと滑りそうになる。

 遥か前を行く標的が滑って転びそうになるたび、自分の事を棚に上げたリムが舌打ちをした。


「さっさと行ってくれないかな。イライラする」


 魔導士のローブを掻き合わせたジーン魔導士も、荒れ始めた風にため息を落とした。


「あいつら全員、鍛え直せ。 弛んどる」


 いつもの如く、敵に筋肉論をのたまうミズリィ。

 それから一時間後。遅れていたミグリーダーが合流し、ようやっと、ノルト村への尾行が終了した。


 ノルト村には、領主街のような街壁が無い。

 四角く村を囲った堀に、河から水が引かれている。堀の外側を耕して、野菜やら少しばかりの穀物を育てているようだ。

 一応、しっかりした造りの橋が、村の門に相応する正面に架かっている。


 村と外の畑を行き来する為か、あちこちに丸木橋が渡されていた。

 いちいち正門を通って畑まで行くより、よほど時間が短縮される。


 もっとも外は、雪に埋もれた畑の輪郭が、所々に盛り上がる雪原だ。そんな場所に、土属性で雪壕を掘ったジーン魔導士

 天井部分の氷の板は、氷属性のトロン魔法剣士作だ。

 都合よく降り始めた雪が、うまい具合に氷の天井を隠してゆく。


 簡易に釜戸を掘り、効率よく燃える燃料に火をつけて深鍋を置く。しばらく待つと、雪壕内は暖かくなってきた。

 揺すり起こした小真希に毛布と撥水加工したマットを出させ、きっちり包んで寝かせる。

 

「まずは代官屋敷領主代行屋敷の現状だが。カート、出れるか? 」


 ミグの問いに、カートはニマリと頷いた。


「なら、作戦会議だ」


 雪壕の中で、ノルト村攻略の打ち合わせが始まった。


******

 コロコロと転げていきそうな逃亡者を追いかけて、精霊は、やっと賊のアジト領主代行宅へ行き着いた。


『むぅぅ、濁っておる。嫌な臭いがプンプンするわ』


 精霊は人が発する悪感情を、嫌な臭いと感じて嫌う。

 争いで流れる血や、何かの生贄の断末魔は特に嫌悪した。

 この村には、それらの気配が漂っていて気分が悪い。


 ノルト村は大きめの田舎家が、堀に沿って立ち並んでいた。

 それぞれの裏庭からは、掘りに架けた丸木橋がある。

 村の中央は広場で、正門側に大きな屋敷が建っていて、は這いずるように、その屋敷へ入って行った。

 

『いちばん嫌な臭いの場所へ入るのか? むぅぅ 嫌じゃけど のう』


 ぶちぶち言いながら、いつものように壁抜けして室内に入った精霊は、剣呑な眼差しと目が合って、思わず仰け反った。

 居間のソファーに腰掛けた美麗な男が、真っ直ぐに視線を合わせてくる。


「なん だ」


 男が口を開くと同時に、一瞬で屋根の上まで突き昇ったあと、急降下で地面にダイブする精霊。

 深く潜って下から透かし見た地表に、扉を開けて飛び出してきた男が、辺りを見回す姿があった。


『なんでこんな人族の住処に、が居るんじゃ! それも、血の臭いをプンプンさせてっ』


 いまだ地表で精霊を探す男から、ドス黒い気配が吹き出している。


『あれだけ汚れているんじゃ、追放されておるな。気色の悪い。誰がとりこか知らんが、から助けてやらねば』


 何かに遮られたら精霊が見えない様子の男を、忌々しげに睨んでから、地中を移動する。


『なんだかこっちに、気配がするのぅ。どれどれ、から守ってやるか。こっそりとなぁ。くくくっ、クカカカッカカ! 』

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