第132話 執事 バートン・クルウの場合

 シンプソン伯爵家は、豊かな財に恵まれた貴族家だ。

 数多の貴金属や、希少鉱石を産出するダンジョンを、領地内に抱えている。爵位は中流といえど、王家の覚えめでたい古い家系だ。


 先祖代々執事を務める我がクルウ一族は、シンプソン伯爵家の分家に過ぎなかったが、重要な地位をいただいて奉公に励んで来た。


 私、バートン・クルウは、心からの忠誠と誇りを持って、主家に仕える忠臣と自負している。


 ことが起こったのは、エラルド様の一粒種。王太子妃と目されるルイーゼお嬢様が、学院の入学を控えた春だ。


 奥様の実家、サザンテイル辺境伯様からの要望で、平民の少女をシンプソン伯爵家に、養子縁組でお迎えする運びとなった。


 詳しい事は知らされなかったが、家にとって重要な案件であるとだけ、奉公人には告知された。

 決断されたエラルド様からは、不満の気配が窺えた。


 さりとて、執事である私にできるのは、お越しいただいたお嬢様に、恙無く教育を促すだけだ。

 お嬢様が私に対して、どのような感情をお持ちになろうと、成長していただくには自立が肝要。自ら踏み出さなければ、何も得られまい。


 シンプソン邸に到着した瞬間から、理解できないとは思うものの、お嬢様の持たれる資質が試される。

 平民の少女に酷な仕打ちだが、奉公人を使う立場であると、自覚できなければ、伯爵家にとってはただの駒。自ら働きかけるかどうかの試験だ。


「ちょ、ちょっと。それだけ? ですか」


 部屋に案内し、そのまま放置しようとした私に、お嬢様は声をかけた。


 これ見よがしに優雅な所作で振り返り、できるだけ冷たく見えるよう片手を胸に当て、煽る意味で小首を傾げる。


「他に、何か? 」


 挑発されていると、分かるだろうか。。

 お嬢様は精一杯胸を張り、仁王立ちして幼い声を張り上げた。


「施設の案内。食事の用意。身支度の準備。お世話をしてくれる人。なんの説明も無いのだけど。これが伯爵家の方針なの? バートン」


 少々乱暴な所作と言葉遣いに、思わず微笑みそうになる。


「失礼いたしました。すぐに手配いたします。お部屋でお待ちください」


 はは! なんと、逞しい。

 少々荒削りでも、大人の男性である私に堂々と指図できるとは。

 貴族に求められる高貴な片鱗を、わずかに感じてしまう。


 これからが、たいへんに楽しみです。お嬢様。


 座学一日目。

 まっさらであろう魔法の才能が、どれほどのものか確認をする。

 昨夜は灯りの魔法を、いとも容易く操ったお嬢様だが、基礎理論はどこまで理解しているのだろうか。


 筆記試験を行ったが、魔法学は得意ではなさそうだ。学院の初等科の問題は、残念な事に白紙で時間切れを迎えた。


 しっかりと万物のことわりを理解できないとなると、ルイーゼお嬢様の護衛はもちろん、入学も望めそうにない。困ったことだ。


 それでも、淑女教育で試された座学の一部は、完璧に近いほど習得したと、ミセス・エバンズから報告を受けた。

 淑女としての知識、礼儀作法に秀でるなら、良しとしよう。


 様子見で、座学を終えた日。


 我が娘のミンツが、大変な事をしでかしていると、家庭教師ミセス・エバンズから報告を受けた。

 あろう事か、専属の主人コマキィ嬢に対し、不敬も甚だしい行いをなしていたのだ。

 にもかかわらず、己の非を認めないとは、どういう事だろう。


 母であっても、職務中は家政婦長であるシシィに、仕える主人の変更を、直接に求めたと聞く。

 田舎者の平民に仕えるのは嫌だと、主人を罵るとは。どうなってしまったのだ。


 初日からの悪対応を、家庭教師ミセス・エバンズからは指摘されていた。家政婦長シシィも苦慮に、頭を抱えていたというのに。。

 専属の同僚侍女に対する指導の方法も、目に余ると報告された。


 仕える主人コマキィ嬢を巻き込んで無駄に時間を取り、あまつさえ、授業を遅滞させる行為に及ぶなど、専属侍女としてあり得ない。


 自分の成した事が自分の首を絞め、モンゴメリの名を汚す罪を犯し、伝統ある伯爵家の家政婦長の座を、失うというのに。。


 なんて馬鹿な子に育ってしまったのか。いいや、誰のせいでもない。子育てに失敗した私は、どうしようもないクズの大馬鹿者だ。


 お仕えする主家に申し訳なく、信頼を裏切った我が身を許せない。

 愛する妻にも、顔向けができないではないか。。


 こうなったら、無事にルイーゼお嬢様が王太子妃となった暁に、職を辞して田舎で蟄居する以外にない。

 妻には苦労をかけるが、己の非は許されるものではない。

 子の犯した罪は、親の罪。来たるべき日には、粛々と裁きを受けよう。


 覚悟を決めて、ようやく落ち着いた心持ちがする。

 切り替えて、優秀なお嬢様コマキィ嬢を育てるべく、次の段階へ進もう。


 今日から初級の攻撃魔法と、防御魔法の実戦に入る。

 地下に建設された実践の訓練場は、七重の防御結界で固められている。

 初級の魔法であれば、暴発しても崩落の恐れはない。


 魔法の才能はあると、旦那様が辺境伯様から知らされたようだ。あとは実践でどこまで付いて来られるのか、限界を見極めよう。


「お嬢様。今日の実技を始める前に、お嬢様の内包魔力の量を測ります。思い切って、魔力の放出をなさってください」


 台座に置いたからの魔石は、大人の拳大。

 お嬢様の年齢的に、三分の一量を魔石内へ満たせれば優秀の部類だ。


「えっと、込め過ぎたら、爆発します? 」


 魔石の性質を知らないようで、微笑んでしまう。無邪気な事だ。


 この大きさの魔石を満タンにするには、宮廷魔術師数人が必要だ。特に戦時ではない今、緊急に必要とはされないものだが。。


「大丈夫ですよ、お嬢様。満タンにするには、大人の魔術師が最低五人は必要です。お気になさらず、全力で、魔力を込めてください」


「分かりました」


 両手で持ち上げ、真剣に魔石を見つめるお嬢様を、愛らしいと思ってしまった。妻や娘には、内緒。。。。。


 は? なんだ、これは⁉︎ 悪夢なのか⁇ まさか⁉︎


 お嬢様は、両手で水を掬ったように、液体化した魔石を持っている。

 液体化だと? 魔石が? 液体⁇ いやいやいやいや、いやいや。。

 どうなっている⁈


 え? は? な なに……??????


 お嬢様の両手のひらで揺蕩っているが、キラキラと気化して、少なく? は、はは はははは……無くなった。。。


「そんな ば かな  」


 あり得ない。見たこともない。こんなこと、学院でも、習っていない。

 許容量を遥かに越して魔石を蒸発させた? 暴発もさせずに? 


 あり得ない‼︎ あの大きさの魔石が崩壊したら、王都を飲み込む程の破壊を引き起こす筈。。。


「あー。えっとぉ……ごめん なさい」


 ヘラりと愛想笑いするお嬢様に、私の頭は停止した。


 ・・・・・・・・・・・・・・ は?  


 ふと、視界が戻った先に、上目遣いする愛らしいお嬢様が映る。

 ふるりと背筋が冷え、忘れていた呼吸で喉が鳴る。


 こんな事は、筆頭宮廷魔術師以上でもできない。できるわけがない。


 この力が王家に知られたら……いや、待て。

 これほどの魔力を使いこなせると王家が知ったら、ましてや、王太子妃候補の義理とはいえ、妹だと知られたら……ルイーゼお嬢様の立場が。。


 いやいやいやいや。そんな事は、許されない。

 ルイーゼお嬢様の今までのご苦労が、努力が、水の泡になってしまう。


 万が一、妃でなくとも、王宮魔術師として取り込まれたら、まずい。


 ただでさえ、ルイーゼお嬢様の輿入れで強大な力を手に入れる王家が、コマキィお嬢様まで囲ったら、危険だ。

 過去の歴史でも、力を持ち過ぎた国は、必ず自らの行いで滅びる。


 何をバカなと言われようが、妄想だと笑われようが、この力コマキィ嬢は、在ってはならない。世に知らしめてはならない。


 シンプソン家が引き受けるには、過ぎたる力。国の滅びを招く力だ。

 これは是非とも、辺境伯家に引き取ってもらわねば。。


 コマキィお嬢様。

 あなたが優秀なのか、人外の怪物なのか。はたまた英傑なのか。

 凡人の私には、計り知れません。。。。。

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