第64話 コマキィは 見た

 一気に駆け下った階段の先は崩落していて、覗いた先には四角い小部屋がある。

 最近発見した転移の小部屋に、そっくりだ。

 鼻を摘みたくなる臭いまで、そっくり同じに充満している。


 正面の壁に浮いている転移陣へ、躊躇いもなく小真希は飛び込んだ。

 転移した先の密閉された小部屋の隅に、見えにくい突起を探し出し、大急ぎで押す。


(スぅイッチぃ  ぅぅぅぅぅぅ くーさーいー)


 じんわりと中心から広がる出入り口の前で、小刻みに高速足踏みだ。 

 扉が広がると同時に飛び出しかけ、精霊に遮られて止まる。


『お前 死に戻りたいんだな』


「はへ? 」


 鼻を摘んで立ち止まった足元から、土が崩れて転がり落ちて行く。

 恐る恐る視線を下げた先に、底も見えない大穴が開いていた。


「ぅぉおおおお。あっぶなぁ」


『分かったら、もらった情報を思い出して、落ち着け』


 足元の断崖は、どんなに目を凝らしても真っ暗で、そろりと左を見れば、二歩くらい先で細い道が途切れている。

 期待を込めた右側の足元に、手のひらの幅で出っ張る坂道? が続く。


 絶対に道じゃない。獣道でもない。


「……」


『楽しいなぁ ぁははははは! 』


 ご満悦な精霊だ。


「もぉう、行けばいいんでしょ。行けば! 」


 涙目ながら逆境を生き抜く処世術サバイバルを発動。ため息ひとつ溢した後、に足をかけた。

 先導する黒竜猫オプトは、フヨフヨと空を歩く。精霊は腕枕状態のくつろぎ遊泳。


「飛べない? ねぇ、オマケさま。わたしは飛べないの? 」


『楽を覚えすぎると、身を滅ぼします』


 意外に、いや本当に冷たい塩対応が帰ってくる。

 恐怖耐性も平衡感覚もきっちり効いて、爪先で踊りながら行けそうだが、パラパラと崩れる出っ張りに、心の深いところが悲鳴をあげているような。。

 下に着いたら、冷や汗と動悸が割り増しするかもしれない。


 声を掛けても、ウンともスンとも答えなくなったは、文句を垂れ続ける小真希が安全な地面に着くまで、華麗に無視し続けた。


『可愛い子には旅をさせよと、言います』


「旅 違うもんっ。いけず意地悪


 逆境を生き抜く処世術サバイバルの反動で座り込んだ小真希に、見下ろした精霊は肩を竦め、黒竜猫オプトは早く来いとばかりに歩き出している。


「だれか 褒めてくれても いいんじゃないの? 頑張ったのにぃ」


『行きますよ』


『とっとと行くぞ。油断するな』


「……つべたい」


 ブツブツ文句を言いながら【探索・鑑定】で辺りを把握し、後を追いかけた。


 冒険者パーティー「鉄槌」の情報通り、四十階層は遺跡エリアだった。

 薄暗い中、黒々と浮き上がる瓦礫の山が遺跡群だ。


「雰囲気あるわぁ」


 感じ的に、真夜中のマ○ュピチ○? みたいな? 生あったかい風も、おどろおどろしい。

 間違ってゾンビとかが出てきたら、真っ青だ。


 足元に広がるマップには、赤い点が群れで移動している。方向から言って、小真希のいる方へにじり寄って来る。


「ん、王冠スライムに、別方向から王冠蟻? 挟み撃ちですか? 」


 二群れと別の方向からも、王冠スライムが。。

 小真希の現在地近くに、赤三角数個と、黄色三角がふたつある。

 どうやら、目当ての一行みたいだ。


「完璧、狙われてますよ。これ」


 気配遮断が自動発動している小真希に、魔獣が気づいた気配はない。

 目標は、御一行さまだ。きっと。


 そっと崩れた壁を伝い、赤三角の集団を目指す。

 壁の切れ目を三つ越えた向こうに、焚き火を囲む人影が窺えた。


「やめてくれっ。話が違うだろ! 」


 うずくまって頭を抱えるを、先輩が盾になって庇っている。

 啜り泣くは、パニックを起こしそうに見えた。


「役立たずは始末しろと、王女殿下の御命令だ。戦力にならぬ女は、いらんだろ。我らの役に立つなら、延命してやってもいいが なぁ? 」


 焚き火を囲み、皆がくつろぐ形で座っている中、立ち上がって先輩たちを睥睨する騎士が剣を抜いた。


「待ってくれっ。このダンジョンで戦闘に慣れたら、必ず王女殿下の命令は成し遂げる。だから」


「お前らの後に召喚したが優秀でな。お前らに手間を掛ける費用が、もったいないと仰せだった。もっとも、若返り薬アムリタを献上できれば、生かしてやっても良いと、仰せだったが」


 せせら笑う声が複数。

 小真希は口をへの字にした。騎士って、山賊か破落戸ごろつきの事だったのだろうか。。 


『何をやってるんだ? あ奴らは』


 フラリと漂った精霊が、揉めている集団の頭上まで流れていった。

 誰にも見えていないから良いものの、好奇心で死んでも知らないぞ、と言いたい。


 抜き身の剣をチラつかせ、馬鹿にして嬲っているのが丸わかりの騎士に、他の騎士も粘りついた笑い声をあげる。

 嗚咽を漏らすに向ける目が、身震いするほど嫌らしくて、小真希は速攻で苛ついた。


「何あれ。プチってしても、良いかな」


『ゥナァァ』


「オプトも、そう思うよね。よし、やろ う? 」


 腰を浮かせた状態で、小真希は固まった。

 目の前に気を取られている間に、周りを囲む赤点が真っ赤なドーナツ状に膨れ上がっていた。


「ま まずい かも 」


 目視できる後方で、小さな王冠を乗せたスライムが、群れになって、飛び跳ねた。

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