第65話 悪夢をどうぞ

 ぞわり。

 凍りつく気配で、焚き火を囲む騎士たちが立ち上がる。その時にはもう、直近まじかまで魔獣が迫っていた。


「て 撤退しろ! 」


 唯一、剣を抜いていた騎士が叫ぶ。だが、どこへも逃げられない状態で、動ける者はいない。


「や 役に立ってもらうぞっ」


 振り切った剣が先輩の肩を裂き、血飛沫が上がった。それが合図のように、右往左往と騎士が入り乱れる。


「圭一! いやっ、死なないで! 」


 倒れた先輩にしがみついた彼女が、狂ったように詠唱を叫び続ける。


『だめだな、こりゃ。精神を乱して詠唱しても、発動せんぞ』


 ふたりの頭上に浮かぶ精霊が、のんびりと欠伸あくびをした。


 めちゃくちゃに剣を振り回す騎士たちは、完全に詰んでいる。

 身体中にたかった王冠スライムに呑まれ、あちこちが溶けだす者。

 張り付いた王冠蟻に齧られ、血を垂れ流す者など、悲鳴が交錯する。


『  やかましいのぉ』


 眼下の阿鼻叫喚に耳をほじくる精霊だが、どうでも良い態度の割に、真下の先輩と彼女の周りは安全空間だ。

 オマケのように、先輩の裂けた服の下は完治している。

 結界を張って物陰から覗く小真希は、詰めていた息を吐き出した。


「助けてくれー、死にたくない! 」


 先輩を切り捨てた騎士が叫び、地面を転がり回る。


『ぁぁぁあ! やかましいっ。【意識遮断スリープ】!』


 精霊の怒声が響き、ズゥンと重くなる空気に音が途絶えた。

 静まり返った辺り一面で、全ての生き物が動きを止めている。

 獲物に食らいついた魔獣ですら、そのまま眠っていた。


『よしよし、コレでゆっくり相談できる。さぁコマキィ、どうしたい? 面白いお前に決めさせてやろう。だがなぁ、捨てられたよなぁお前。それでも、何とかしてやりたい顔をしとる。ほんっとうに、甘い奴め』


「あー。アリガト? 」


 折り重なって眠っている、先輩と彼女。見ているだけで、小真希の胸がしくしくする。

 どうしたいと言われて、どうしたいのか分からない。


『先に言っとくが、拠点で。ソアラがブチ切れるわ。お前もお荷物は、抱え込むな』


 拠点に先輩たちを連れて帰っても、その先の事に責任は持てない。

 分かっていたが、連れて帰りたかった。


『仕方ない。先に魔獣を始末してから、考えろ』


 転がっている王冠蟻と王冠スライムに、トドメを刺して回る。

 騎士の身体中に食いついている魔獣王冠蟻・王冠スライムも、全部丁寧に剥がしてトドメを刺した。

 ドロップ品は、軽く山になってゆく。


『ほとんどもらっておけ。熟練度ランクが低い者に余分な量を渡すと、後で奴らが苦労する』


 精霊の見る先には、眠っていても仲良さげなふたりが居て。。

 カクリと肩を落とした小真希の足に、黒竜猫オプトが頭突きした。


「は〜い……ねぇ、やっぱり助けてあげたい。なんか方法はないの? 」


『 自分で考えんか、面倒臭い』


「えぇぇ、もおぉ」


 冷たい精霊に自棄っぱちで走り回ったお陰か、ひとつ残らず集めるのに時間は掛からなかった。


『む? ぉお、生きておるな』


 精霊が突ついている地面に、崩れかけた王冠スライムがいる。

 裂けた表皮からゼリー状の中身が溢れて、プルプル震えながらも逃げようとしていた。


『実に面白い。生きようと足掻く様は、なかなかに見応えがある』


「やっぱり、根っからの S  悪趣味精霊や」


 ふわりと飛んできた精霊が、小真希の頭から髪の毛を引き抜き、悲鳴を上げさせる。

 一本とか二本でも、痛いものは痛い。

 精霊の指先にある髪は、もうちょっと多いかもしれない。


「のおぉぉぉ  乙女の髪を、勝手に抜くなぁ」


『良き良き』


 プリプリする小真希を放置して、彼女の髪も抜いた精霊は、手に丸めたに息を吹きかける。

 丸まってゆく髪は、魔石に似た黒いモノに変化した。それを瀕死のスライムに落とし込む。


『ほおぉ、上手くいったではないか』


 蠢くスライムが、ちょっとだけ気持ち悪い。

 パン種を捏ねるように中心へと流れ、内へ内へと丸まってゆく形が、漆黒に変化して小さくなる。

 最後にプルリと震え、まん丸い物体へ進化した。……進化。。


『よしよし、なかなかの出来ではないか。ぐふふふ』


 そこに居るのは、ころんとした曲線が可愛らしい、黒い球。頭と思える斜め上に、金色の小さな王冠が光る。


「手乗り  スライム ? 」


 大きさはテニスの硬球。黒いボディーにぱっちり見上げるのは、潤んだ金眼だ。

 まさに理想のスライム。


「かわいぃ〜」


 手のひらを出せば、弾んで飛び乗ってくる。


『闇精霊に仕上げてやったぞ。クフフ、襲い来る敵対者は全て消す。彼女とやらに付けてやれば、お前も安心だなぁ なはは。わし いい奴』


 得意満々な精霊に、小真希は冷や汗をかいた。

 そんなにホコホコ人が消えたら、彼女が疑われて危なくなる。


「いや、っちゃったらダメじゃない? 問題しか起きないよ。たぶん」


 笑いこける精霊が、むすっと顔を顰めた。


『注文の多い奴だな、まったく。なら裸に剥いて、直前の記憶を消して、大勢が居る場所……の近くに、転移させるかぁ ぁぁ? ぁは あははははは』


 とんでもない悪趣味。

 でも、襲ってくるのは、だと思う。そのくらいなら仕返ししても許されると、心の真ん中で、小真希は黒く笑った。

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