第66話 手乗りスライム

 眠っている先輩の側に、完全回復薬ソーマ若返り薬アムリタを十本づつ転がして置く。


「ふたりを護ってね。お願い」


 手のひらに乗せた闇精霊手乗りスライムを、そっと指先で撫でた。

 細めた金眼を笑みの形にして軽く飛び跳ね、そのままドロップ品の横に着地して、見上げてくる。


「ありがとう」


『手乗りスライムの王冠に、収納ストレージを付与しますか? オマケで精神安定と毒無効、ついでに状態異常無効の腕輪も、甘々さんな主人あるじに免じて、仕方なく、二人分を付けて差し上げます Y/N』


 ホワンと頭に響くの言いように、ほっこりする。

 なんだかんだ言いながらのサポートが、嬉しい。


「イエスで! お願いします」


 甘々はの方だろうに、素直じゃない。


 この先、何があるか分からないから、こっそりと闇精霊手乗りスライム収納ストレージに、黄金スライムの完全回復薬ソーマと月光兎の万能薬エリクサーを、一本づつ放り込んだ。


「万が一の時に、出してあげて。お願いね」


 軽くジャンプするのは、任せてと言っているのだろう。

 準備はこれくらいにして、後は成り行きに任せて見守る。

 自由にしてあげたいけど、思いつきのお節介が、余計なお世話になるのは嫌だ。


 そそくさと遺跡の崩れた壁に隠れ、意識の無い者たちを伺う。もちろん、怪我をした騎士隊員はそのままで放置。

 めちゃくちゃ腹立つ騎士ごろつきだし、死んではいないし、別に構わないのでは? 。

 もちろん。小真希が居た形跡を、残すわけにもいかないし。。

 この判断言い訳は、正しい。絶対。


『ちゃんと隠れたな? 放っておいてもすぐに覚醒するが、面白そうなので、余裕を持たせてやろう。 よし、ふたり限定で【解除ディスベル】』


 自然覚醒する前に精霊が目覚めさせたのは、先輩と彼女。まずは闇精霊手乗りスライムとのご対面だ。


 見守るうちに目覚めたふたり先輩と彼女は、周りの状態に絶句している。

 すぐ側に転がったドロップ品に気づき、座ったまま伸ばした手が止まった。


「スライム? 」


「触るな、雅美。危険だ」


 抱き寄せて庇われる彼女の名前が、那賀雅美だったと思い出す。経理課の美人社員。。

 物陰から見つめる小真希は、目を閉じてフルフルと頭を振った。


「おとなしそうだわ。きっと、大丈夫よ」


 上げた小真希の視線に、手を伸ばす彼女が映る。

 見た目に騙されてはダメと思うが、にとっては最強の味方だと、心の中で囁いた。


「ほら、可愛いわ」


 ヒョコンと、差し出した彼女の手に飛び乗る闇精霊手乗りスライム

 振動して王冠から振り出した腕輪が、彼女の膝に落ちた。

 

「スライムが、出したのか? 」


 困惑する先輩に、闇精霊手乗りスライムが上下に伸び縮みして、ゆっくりと左右に揺れる。


「そうみたい。せっかくだし、もらいましょうよ」


「 そう だね。魔物なのに、賢いスライムなのかな」 


 ソワソワぎくしゃくしながら、ふたりは腕輪を手に取った。


「魔導師長に鑑定してもらってから、身につけよう。危険なものだったら、怖いからな」


 先輩の慎重さに、小真希の心臓が跳ねる。


『大丈夫です。うっかりさんの主人あるじ。ふたりが身につけた時だけ、付与が発動する仕掛けです。他の者には、安物の従魔の腕輪と鑑定されるよう、隠蔽をかけています』


 完璧なオマケの解説に、ホッと肩の力が抜けた。


「重ね重ね、ありがと。オマケさま」


 ピリッとした感触に、オマケと言うのは止めようと、背筋が伸びる。


「  サポート ありがと です」


 周り騎士たちが気絶したままなのを確認して、ふたり先輩と彼女は逃亡するか残るか話し合いを始めた。もしも逃亡するなら、影から手助けしようと思う。


「ここから地上まで逃げている間に、捕まるだろうな。そうなったら、生きてはいられないし、ふたりだけで地上まで行くのは無理だ」


 先輩の言う通り、逃げ切るには物資も力も足りないだろう。


「酷い目に遭わされるのは、嫌よ」


「それは、そうだが 」


 話し合っているうちに、騎士の幾人かが身動きし始めた。

 手を取り合って固唾をのむふたり先輩と彼女の前で、先輩を切った騎士が寝返りを打つ。

 弱って濁った目が、ふたりを映して見開かれた。


「おまえ さっさと 癒せ 」


 ほとんど動けないくせに、掠れた声は傲慢だ。

 険しい表情の先輩が、騎士の側に膝をついた。


「仕事だから、全員の癒しは掛ける。だから、雅美に手を出さないと約束してくれ」


「くくっ 使い捨ての 道具が 生意気 な」


 自分の立場がわかっていないと、小真希は物陰で頭を振った。

 今すぐ出ていって、ボコってやりたい。


「そうか。なら死ぬ覚悟で、ここを離れる。あんたたちと一緒にいても危険がつき纏うなら、俺たちは何もしないで、ここから離れるよ。どうせ、見殺しにされるんだ。なら、死んでも足掻いてみせるさ」


 青白く、血だらけで傷だらけの騎士が目を剥いた。さらに血の気が引いて、白から土気色になる。


「待て 王国に逆らって 生きて いられると 思う のか」


「さっきも殺されかけたからな。死ぬ気で足掻くと言ったろ」


 ハクハクと言葉もない口が動く。

 このまま捨てていかれたら魔獣の餌だ。それくらいは理解したようだ。


「わかった 何もしない だから 俺を癒せ 」


 先輩に頷かれて、彼女が広範囲治癒エリアヒールを唱える。

 発光する粒子が宙を舞い、倒れ伏す騎士を包み込んだ。


「助かったぜ。礼をしなきゃなぁ」


 起き上がって身体のあちこちを確かめていた騎士たちが、互いに目で合図を交わす。


「きちんと、礼をしてやるよ」

 

 先輩目がけ、後ろから振り下ろした剣は、鍔際でスパッと切れて、刀身がくうを飛んで行った。

 唖然と動きを止めた騎士の眉間を、闇精霊手乗りスライムが体当たりで弾き、意識を刈り取る。


「どうした! 」


 駆け寄る騎士も、状況を掴めない騎士も、次々と闇精霊手乗りスライムの体当たりを額に受けて、呆気なく昏倒して行く。


「どうなっているんだ? 」


 オロオロと周りを見回す先輩。その背中に庇われる彼女の肩へ、緩いジャンプで飛び乗った闇精霊手乗りスライムが、スリスリと頬に懐く。


「あなたが助けてくれたの? 」


 伸び縮みしながら横揺れする金眼は、笑みの形に細まっていた。


「ありがとう。なんて、可愛くて頼もしいの」


 呻き声を上げながら起き上がった騎士たちが、何度も頭を振って立ち上がる。

 身構えるふたりを見ても、切り掛かる様子はなかった。

 刀身を失った剣に首を傾げる騎士も、頭を振っただけで何も言わない。


「おぉ、完全回復薬ソーマ若返り薬アムリタが手に入ったか。おまえら、良くやった。これで数が揃ったな。やっと帰れる」


 何事もなく帰還の準備をする騎士たちに、ふたり先輩と彼女の目が闇精霊手乗りスライムへ集中する。


「まさか、おまえが? 」


「あなたなの? 」


 彼女の肩の上で、伸び縮みと横揺れをする闇精霊手乗りスライムが、ホワリと金眼を笑ませた。

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