第63話 暗躍。。しよう

 上に向かう「鉄槌」を見送って、小真希たちは頭を突き合わせた。

 これから四十階層に行くのは無謀だと、初めから分かっている。


 実力は少し上がった程度で、一足飛びに四十階層まで飛べるほどには、強くなっていない。今の装備で下へ行くのも準備不足だ。


「撤退します。何もかも、分が悪い」


 ホアンの決定に仕方がないと思う反面、自分ひとりなら、こっそり様子を見に行けると、小真希は思う。


 何が何だか分からないうちに、こちらへやって来た。

 思い返せば、酷い失恋の最中に、巻き込まれたわけで。。

 ……くっきり思い出したら、ムカムカしてきた。


(仲良くダンジョンライフじゃないの! あぁぁ、帰ろ帰ろ)


 最後尾に着いて歩き出したが、に変わってゆく。


 二股か軽い浮気か。遊ばれかけたのは小真希だ。

 被害者だと息巻くかたわらで、どうしようもなく落ち着かない自分がいた。


(ちょっと見に行くくらいなら、どぉって事ない。 よね? )


 腹が立って、悲しくて悔しかったけど。。

 あの人たちに何かあったら、きっと後悔する。


 それよりも、こんな、わけも分からない世界に引っ張り込まれて、勝手に人生まで決められた事が、もの凄くムカついてきた。


 綺麗だけど冷たく、人を人とも思わないらしき女を思って、怒りの向かう矛先が変化する。


(なんか、すっごい、仕返ししたくなってきた)


 拠点高台住居に辿り着くまで、小真希は悶々と悩み続け、後半にはプリプリと怒りだしていた。


(ぁぁあもぉう! 落ち着かないぃぃ……やっぱり行こう かな)



 真夜中。

 お願いした通り精霊に起こしてもらい、小真希は階段を降りる。


 ダンジョンから帰ってみれば、屋根裏部屋は左右四部屋に分かれていた。

 ベッドと細い棚しかないが、狭いながらも落ち着く個室に様変わりしていた。

 階段を上がって左右を分ける廊下の先は、将来的に扉を付け、張り出しのベランダを増設すると、マリウスが張り切っている。


 木枠に張ったカゥルゥ中型無毛種・幌、敷物タイプのベッドはほど良い弾力で、シプレン羊型巻毛種・もこもこタイプの敷き布団と相性が抜群だ。

 レーンから買い取った羽布団と相まって、起きたくないと身体が拒否する。


「うううぅ、寝たぃ」


 あくびを噛み殺し、誰にも気付かれないように、ゆっくりと階段を降りる。

 台所の勝手口から出ようと扉に手をかけた小真希の肩を、がっしりと誰かが掴んだ。


「ふゲェ」


 乙女にあるまじき声が出た。


「夜遊びですカァ? 」


「ふぐぁ……そ ソアラ さん」


 一番見つかりたくない本人に、見つかってしまった。


「あんたねぇ、挙動不審すぎるのよ。絶対なんかやらかす前の顔で、意味もなくヘラヘラするから、みんな気づいてるわ」


「ほぁぁぁ、マジですか」


 ソアラの後ろ、狭い廊下の入り口には、全員の顔が縦に並んでいた。

 揃って呆れ顔なのは、なんで? 。


「四十階層に、どんな用事があるのかしら? 」


「え えぇっと。ちょっとした好奇心? 」


 へらぁっと笑う耳を、ソアラに引っ張られた。ちょっと痛い。


「まぁな、無敵だし? ふらふら何にでも首突っ込むし? 」


 ニマリと口だけは笑んでいるリムが、酷いことを言う。


「うん。後で考える性質だと思う。強いけどね」


 ウェドは心配してくれる様子だ。

 うんうんと頷くのは、レダにマリウスにケイロン。

 ため息を零すホアンに、苦笑する村長。ミズリィは横を向いて、欠伸を噛み殺した。


「止めても行くでしょ。でも、みんなが心配してるって分かってね。だから、必ず帰って来なさいよね」


 小真希の耳から手を離し、そのまま頭を撫でた。


「ひとつ言いたいのは。家で飼えないを、拾ってこない事。いい? 」


「うん。分かった」


 は、絶対に拾ってこないよう気をつけよう。ソアラ怖いし。。


「じゃぁ、よく寝て朝に出発しなさい。お弁当を作ってあげるから」


「はーい」


 これで解散。

 ワラワラと散って行くみんなに取り残され、すっかり眠気の醒めた小真希は、布団に潜り込んだ後も寝返りを繰り返した。


「ふぇ〜ん。眠れないよぉ」



******

 明けて早朝。眠れない一夜を過ごした小真希は、寝惚けた眼を擦りながら、ダンジョンを降りて行った。

 二十階層までいつもの面子と走破し、別れてからは【探索】で四十階層への転移陣を目指し、未知の区域へと踏み込む。


 収納に詰め込んだソアラのお弁当が気になる。早く昼にならないかと、ワクワクする小真希だ。


『お前を見捨てた奴らだろうに、気にするとは面白い。特別に着いて行ってやろう』


 勿体ぶった精霊が、空中に湧き出してきた。


『ナォォォン』


 いつの間にか、黒竜猫オプトも並走していた。


「だって、気になるから 」


『フシャ! シャァッ』


 突然、パラパラと木々の間から飛び出してきた槍兎を、黒竜猫オプトの閃光が貫いた。


『自動回収をしました』


「ぉぉう。ふたりとも、ありがとう」


 御多分に洩れず、空中でフヨフヨしている精霊は見学しかしない。


『難儀な奴だが、お前は面白い。見ていて飽きないぞ』


「満足シテイタダケテ、ナリヨリダヨ」


 身体強化をかけて走り抜ければ、転移陣までそう掛からなかった。

 地崩れして小高くなった崖の影。大岩に挟まれた隙間を潜り、身を捩って乗り越えた地面に、下へ降る階段を見つけた。


「じゃぁ、行きますか」


 黒竜猫オプトが肩に駆け上がり、精霊がくるりと旋回した。

 臆する事なく、小真希は階段を駆け降りた。

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