第62話 強奪騎士隊

 救助要請を受けて保護したのは、王都の冒険者ギルドに拠点を持つ、四人パーティーの「鉄槌」だった。

 こちらの出自は探索者ギルドのギルマスレオンに丸投げする予定で、詳しくは名乗らない。

 緊急時の対応をするべく、小真希がその場に【結界】を張り、傷の手当てを始めた。


「回復錬金薬液ポーションだけじゃなく、解毒錬金薬液ポーションも飲んだほうが良いよ」


 セレナ特製の錬金薬液ポーションを取り出しながら、小真希はこっそり【鑑定】する。


 切り傷や刺し傷の中に、掻き毟った跡のある青紫の爛れがあった。

 虫系の鱗粉が起こす症状だ。命の危険は少ないが、痛みや痺れの後遺症が残る。

 洗い流すのに水袋も渡した。


「助かる。恩は忘れないよ」


 傷の処置をしている横で、携帯コンロに銅製のマグカップを四つ乗せて、湯を沸かすホアン。

 リムとウェドは、予備の背負い袋に携帯食を詰めている。その側で、ミズリィは「鉄槌」の武器から泥や血糊を落としていた。


これ武器は使えねぇな。コマキィなら、何とかできるか? 」


 ミズリィは鍛治の事を言っているみたいだが、ここでチンタラしていたら魔獣の餌になる。かと言って、罅と欠けが無数にある長剣と短剣では、二十階層から地上まで踏破するのは無理っぽい。


「そうねぇ、【修復リペア】で良かったら、できるけど。魔鉄鉱スライムの核を使って良い? 」


 魔鉄鉱スライムの核を加えてこっそり【加工クラフト】すれば、かなり頑丈になるし、欠けた部分も補強できる。

 なんとなく【修復リペア】の上位【加工クラフト】を使うと、セレナに突っ込まれるような気がして、ごまかす小真希だ。


「かまいません。使ってください」


 ホアンの言質も取ったし、安心して技能スキルを使った。

 爪の先くらいの魔鉄鉱スライムの核を吸収して、濁った色の剣が鏡のように美しくなる。


 食事をしながら眺めていた「鉄槌」のメンバーが、小さく歓声を上げた。

 なんだか嬉しくなって、少々やらかした小真希だが、なんとかバレずに作業を続ける。


「酷い状態ですが、何があったか聞いても? 」


 野菜とシプレンの塩焼きを挟んだサンドパンで、人心地がついた「鉄槌」のひとりに、ホアンは白湯の入ったマグカップを布で包んで差し出した。


「ぁあ、話しておこう。ただし気軽に口外すれば、厄介な事になる。それだけは、覚えておいてくれ」


 「鉄槌」のリーダーと名乗ったミグは、眉間の皺を深くして話し出した。固く締まった体躯の男は脇の怪我が治って、ようやく真っ直ぐに座り直した。


「昨年。このミトナイダンジョンの四十階層を踏破したのは、俺たちだ。公にしていないが、その時に若返り薬アムリタを手に入れて、国に献上した」


 中堅で、王都でも頭角を現した「鉄槌」だが、希少なブツアムリタを持っていると知られたら、いくらなんでも無事ではいられない。

 欲しがる貴族や商人など、数え上げたらキリが無い。


「面倒な奴や危ない集団なんかに狙われたら……」


 現物アムリタを持っているのも、換金して金に替えるのも、厄介事しか呼び込まない。それなら手放すに限ると、王都の冒険者ギルドを通して王家へ献上した。


「それで事は治まったと、俺たちは思っていたんだ」


 つい先月の始め。王宮からの極秘の要請が無ければ、気楽な家業冒険者を続けていたのにと言う。


から、若返り薬アムリタの取れる階層へ、騎士隊を案内するよう指名依頼が来たんだ」


 後々面倒に巻き込まれないように、四十階層までの地図を若返り薬アムリタに添えて献上したのだが、案内役をせよとの指名依頼だ。


「あいつら、盗賊だ」


 ミグの隣りで噛み付くようにサンドパンを食べていたゴツい男が、ポツリと呟く。

 ミグは剣士で、この男は氷属性の魔法剣士だ。ふたりは状況に合わせて前衛を務める。


「トロン。滅多な事を言うな。不敬に取られたら、殺されるぞ」


 ミグに叱責されて、渋々口を閉じる魔法剣士トロン。不満が溜まった顔は、どこか子供染みて、厳つい見かけにそぐわない。


「まぁ、ドロップ品をぜんぶ取り上げるのは、契約違反だが……指名依頼では、若返り薬アムリタ以外のドロップ品は俺たちの取り分だった。それを、完全回復薬ソーマが出た途端に横取りしやがった」


 黙って話を聞いていた小真希は、四十階層で若返り薬アムリタ完全回復薬ソーマがドロップするなら、ミトナイダンジョンは階層が浅いのだと思った。


若返り薬アムリタは王冠蟻が、完全回復薬ソーマは王冠スライムがドロップ品を落とす」


( ん? )


 疑問が声になりそうで、小真希は唇を噛んだ。


『王冠蟻は、皇帝蟻の下位種。王冠スライムは、黄金スライムの下位種に相当します』


(そうなんだ。ありがと)


 相変わらず「おまけ」のアシストは的確だ。


「あんた達には四十階層への転移陣を開示するが、できるだけ秘匿してくれ。二十階層に潜るレベルで四十階層へ飛ぶのは、死にに行く様なもんだからな」


「わかった。約束する」


 ミグの合図で地図を取り出したのは、小柄な男で、斥候のカート。

 見た目からして軽そうな雰囲気だ。身軽で、性格も軽いと言うか。。


 ホアンもギルドで買った二十階層の地図を出し、カートが教える箇所にマークを入れ、聞き取った注意事項を記入する。


「騎士隊の奴らに、このルート転移陣は教えていない。魔獣を俺らに擦り付けて逃げるような奴らだが、若返り薬アムリタの数が揃っていないと言っていた。それに、四十階層から徒歩で上がってくるのは、難儀だと思う」


 小気味良く言うミグに、トロンもカートもザマァみろと零す。


「けど、アイツらは無事だろうか」


 食事を終えた後、汚れた長杖を磨いていた男が、ふと声を上げた。

 痩身で背の高い男は、革の部分鎧を着けたパーティーの魔道士だ。


「ジーンが気にしてるのは、男の魔導師じゃねぇよなぁ。白魔術師の女の方だろ? 」


 怪我が治り、腹も満たされて安心したのか、カートが少々おどけて魔道士ジーンをからかった。


「お前だって、目を付けてたろ」


 ジーンの返しに、カートも頷き返す。


「そりゃぁ、あれだけ神秘的な女なら、気にもなるさ」


「そだな。黒髪に黒曜石の目なんて、伝説の聖女かよって思うさ」


(は? 黒髪に黒曜石? ですとぉ)


 修理し終わった剣を落としそうになって、小真希は慌てた。危なく指を切るところだった。


 ドクドクする心臓を、深呼吸で沈めながら思う。もしかしてと。

 このダンジョンの四十階層に、同郷のふたりがいるのかも、と。。

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